平等院鳳凰堂③


「すみません。1枚ください」


 呼び込みにつられて、内部拝観のチケットを買った。境内を一周したあとだった。

 正直、他にもお寺があると言われ、そこでも御朱印を授与していると聞いて探してみたが、見当はついても合致はせずに見送ることになった。そうしてできたなんだか虚無感を埋めようとしたのかもしれない。

 内部拝観は元々、予定していなかったことだった。さっきは、呼び込みになびきすらしなかったくらいだ。

 私は入園してすぐに足を休めるために座った、藤棚のそばに再び腰を下ろして、拝観までの時間を待つことにした。

 ちらほらと人が集まりだした頃に立ち上がり、群れの中に紛れる。なるべく最後尾になるよう、目の前を通りすぎる人たちを見やる。途中で道を譲られて、作り笑顔で輪の中に足を踏み入れた。

 一人で来ている人も少なくなく、心細さは特に感じずにいれた。目のあった男性に笑いかけて、靴を脱ぐ。ぞろぞろとつれられる形で、廊下を進む。木造の、神社でよく見かけるような柱。極楽浄土の雰囲気は一変して、勝手知ったる社内の風景に変わった。社会見学の時のようなうきうきを感じながら、本道に入る。


「壁には触れないよう、お願いします」


 先行した案内のおばちゃんが、声を張り上げる。


「全員入りましたね?」


 確認の声に返事はなく、「では説明させていただきます」と、おばちゃんは続けた。


「ここ、中堂を中心に廊下が左右にございます。この後ろにも。左右の翼廊を翼に、背後の屋廊を尾に見立て、そしてこの中堂の屋根に鳳凰が飾られていることから、ここは鳳凰堂と呼ばれています」


 全員を見渡そうと一段高い場所に立ち、かつ背伸びをしたおばちゃんの顔を見やる。大声を張り上げて、必死に世界遺産の素晴らしさを伝えようとしている。


「この阿弥陀如来挫像は、平安時代の最高の仏師により掘られたもので、国宝に認定されています」


 おばちゃんの説明につられるように、阿弥陀如来座像を見上げる。私は扉の壁ギリギリの場所に立っていたけれど、その大きさに思わず口が開いてしまっていた。気づいてきゅっと口を結ぶと、後光に彫られた菩薩様を順に見やる。おばちゃんの説明で、それらが飛翔館にあった雲中供養菩薩像であるとを知った。

 瞬間、ひやっと背筋が凍った。

 見上げすぎて、思わずバランスを崩してしまった。その際、壁に手が触れそうになった。すんでの所で踏み留まった安堵感に顔をあげると、近くにいたおじちゃんと目があった。苦笑とお辞儀で視線をそらすと、私はまた上を見上げて、おばちゃんの説明に耳を澄ませた。

 だけどそのあとの説明は耳に入ってこず。ただじっと阿弥陀如来様と目を合わせていた。時に壁画に目をやったりしたけれど。

 目を開けたまま深呼吸をする。

 私たちの魂を、安らかにして極楽浄土に導いてくれるのです。というおばちゃんの説明を聞きながら。

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