伏見稲荷大社①


 本堂の参拝を終えて、なぜか時間をもて余していた私たちは、不意に目に入った千本鳥居に立ちすくむ。


「登ってみる?」

「え? でも、途中で除夜の鐘なっちゃうんじゃないの?」


 スマホで時間を確認して、確かにと頷いた。だけど


「それってダメなの?」


 友達のこだわりは分からない。


「登りながら迎えるの?」

「途中で止まれば良いんじゃないの?」


 お互いに首を傾げる。


「そんなとこある?」

「でも、ここで迎えるのもどうなの?」


 周りは人、人、人。人混みどころではない、人の檻に押し込められているような状況だ。

 友達は辺りを見渡したあと、少し考えていた。

 私は最後の一押しを探した。近場にあった千本鳥居の地図を見つけて、道の途中に広場があることを知らせる。


「行こうか」


 階段を登りながらではなく広場で迎えれば良いという提案を、友達は渋々ではあったが受け入れてくれた。

 千本鳥居に登る流れに合流して、檻から抜け出し、階段を一段上った。どうやら、こんな時分に千本鳥居に登ろうと思う人は少ないらしい。そうか、友達の方が一般的だったか。嘘みたいに階段をどんどん進んでいく友達の背中を見ながら、心のなかでごめんと呟いた。それにしても、登山のように登っていくなと思う。もしや、怒っているのか。なんて、疑ってしまう。

 そう思って眉根を寄せて眺めていた背中が、速度をゆるめて近づいてきた。


「すごくない? あの高いヒールで階段上る?」


 疑問なのか、吐露なのか分からない声音で、友達は言った。

 視線の先には、ヒールのせいで転けそうになり、カレシの腕に掴まるカノジョがいた。

 幸せそうでなによりだ。


「頑張ってるね~」


 いろんな意味で。と内心で付け足して、目を細めて微笑んだ。

 女二人。嫉妬するには十分だ。

 早足になった友達の背中を追って、カップルを追い越す。


「登山みたいに登るね」


 カップルを追い越しても止まらない早足に、思わず声が出た。


「そういうもんでしょ! こういうのは!」


 しまったと思った呟きに、友達は声を張り上げた。私に聞かせているのか、後ろのカップルに聞かせているのか分からなくて、思わず苦笑した。

 どんどん離れていく背中を見上げながら、私は視界の端で過ぎていく鳥居に目を向ける。朱の隙間から覗く夜景に、思わず息を呑んだ。

 声を漏らす代わりに友達に声をかけようと振り返る。

 だけどその背中は何段も上にあった。声をかけられる距離じゃない。感動を真一文字で閉じ込めて、黙って血気盛んな背中を追った。


「良かった~! 休憩ポイント着いた~!」

「あはは。お疲れ」


 盛大なため息とともに喜びを露にした背中に、やっと追いついた。笑い声とともに漏れたのは、友達への賛辞のようで自分への称賛だった。人のペースに合わせるのは、ずいぶんとしんどい。年末にこんな形で、体力の衰えを感じるなんて思わなかった。

 私たちは休憩も含めて、どこか休める場所を探した。

 別の登山道と合流する地点にしては、広場は思ったよりも狭かった。それでも広場の角にはお店があり、休憩できるようになっていた。

 私たちは脇道に進む暗がりに、腰かけられる縁を見つけると、足を休めることにした。


「そろそろ年越すね」


 スマホで時間を確認した友達が、浮き足立つ。


「ここで待つ?」

「待つ! てか、ソフトクリーム食べたい! 紅白って、めでたくない?」

「お~」


 さっきの疲れはどこへやら。友達はテンションをあげて、お店に貼られたポスターを指した。


「え? 食べたくない?」

「私は良いや。今食べると、腹下しそう」


 夏だったら、私も同じテンションで返したんだろうなと思う。運動して体が暖まったと言っても、この寒さだ。汗による冷えと、外気の冷たさを、甘くみてはいけない。お腹が弱い私にとってはなおさらだ。

 ホット飲料があることを確認しながら、お店の列に並ぶ。ここに来てソフトクリームを食ベたくなるのは、必然だったようだ。

 それぞれソフトクリームとお茶を片手に、さっきの暗がりに腰かける。広場にはそれなりの人だかりがあったのに、小道は閑散としていた。

 街灯の周りに集まった陽キャの集団を遠目に眺めながら、お茶で体を暖める。


「どう?」


 友達が紅白のソフトクリームを一口食べたのを見て、間髪入れずに問うてみる。


「めちゃうま。食べる?」

「ううん。大丈夫」


 油断は禁物。ここでお腹を下してしまっては、どうしようもない。


「そろそろ来るぞーー!!」


 陽気な学生の一団が、声を張り上げ始めた。周りを巻き込む大声で、カウントダウンが始まった。

 元気だねーなんて言いながら、友達と二人、その様子を見守った。

 その温度差にあてられながら、カウントダウンとともに、陽気な一団が遠ざかっていくように感じた。


「3! 2! 1!」


 嗚呼、とうとう今年が終わる。

 陽気な声で締め括られる一年は、どんな年だっただろうか。


「明けましておめでとうございまーーす!」


 締め括りと変わらず陽気な声で迎えられた一年は、どんな一年になるだろうか。

 他人の年越しさえも明るく彩った一団の向こうには、薄暗い藍色の夜空が広がっている。

 隣に座り、めでたい色彩を頬張る友達と向かい合う。


「今年もよろしくお願いします」


 どちらからともなくそう言って、微笑み合い、頭を垂れる。

 そんな新年の幕開け。

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