圓徳院北庭園
歴史は、得意じゃない。
でも、ニュースで見た三面大黒天や寧々様には、少し興味を引かれた。あんまりよくは覚えてないけど。
三面大黒天にも寧々様にも縁のある、豊臣秀吉について勉強したことも、対して覚えていない私だ。その程度の記憶力とキャパシティしかない。
スマホ片手に、以前も歩いた石塀小路をあるく。人気はなく、静かな風情の中を歩く。いつもよりゆっくり歩いたはずなのに、出口はすぐにきた。
道幅が広くなっただけ人が行き交い、少し肩肘が張った。横断歩道を渡るように左右を見渡して、向かう場所を確認する。少し進んで、スマホを確認して、また少し歩いて、スマホを確認して。それをたった数メートルの間に何度も繰り返し、入り口とおぼしき場所にたどり着いた。
恐る恐る、けれども背筋を伸ばして、踏み込む。一礼はできなかった。それよりも中がどうなっているか気になった。入場料の有無も。だけどどこにも受付はなくて、右手には拝殿が、左手には喫茶店が並んでいた。店先にいたお兄さんと目が合う。軽くお辞儀して、一番奥の拝殿へ向かった。途中、お土産やさんを見つけて立ち寄りたくなったけど、お兄さんの視線ににへらと笑ってそそくさと通りすぎる。
拝殿にはおじさんがいた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
おじさんの笑顔につられて、頬が緩む。
ちょっと恥ずかしくなりながらも、参拝を済ませる。おじさんと再度笑顔を交わし、再び辺りをうかがった。
社務所のような分かりやすい場所はなく、ここはまるで参道の途中や観光地の道すがらのような雰囲気だ。
このまま帰っては目的が達成できないと、勇気を出しておじさんの元へ向かった。拝殿の脇にいたおじさんは優しい雰囲気で私を迎えてくれる。
「お姉ちゃん、それ、洋服か?」
「へ? は、はい」
「着物かと思ったわ。いいね、その服」
誉められて、思わず自分の服装を見下ろした。今日は黒のレースのトップスに、黒のスカート。一部、和柄の。ちょっと張り切った服装だ。朝の恥ずかしさと意気込みに揺れた鏡の中の自分を思い出す。急激に喜びが込み上げる。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしさも。
「御朱印って、どこで受けられますか?」
「ここだよ。三種類あるけど、どうしますか?」
おじさんの手元には、確かに三種類の御朱印が並べられていた。おじさんは一つづつ丁寧に説明してくれる。寧々様の御朱印、三面大黒天の御朱印。そして、食べる御朱印。
「食べる御朱印ってなんですか?」
「このお菓子を食べることで、ご利益を体内に取り込むんだよ」
おじさんが見せてくれたのは、手のひらより少し小さな丸い落雁だった。
「三種類ください」
「待ってな、日付書き込むから」
「お願いします」
すこし待って手にした御朱印に、心が弾む。
「ありがとうございます」
書き置きの御朱印は鞄にしまって、白い包みだけ手のひらに残した。
食べる御朱印には、六色の瓢箪が円を象るように描かれていた。ねねの道に戻って、また左右を確認して。すこしきた道を戻って。坂を上る石畳に一歩踏み込む。
少し、行儀が悪いだろうか。だけど居ても立ってもいられなくて、白い包みを開けた。
石畳を進む。なんだか、軽くなった足で。空を見上げた。
ご利益を口に含む。一口じゃ無理だから、半分に噛み砕く。その甘さに、また頬が緩んだ。
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