清水寺



 今日は未久の誕生日祝いに、未久がずっと行きたいと言っていた、清水寺に来ていた。

 といっても、今はまだ、坂の途中。賑やかなお土産店に挟まれている。外国人の観光客や、中学生らしき集団に道を塞がれている状況だ。

 横で未久が歓声をあげる。また、お店の前で止まってる。

 さっきは扇子の店の前で止まっていた。言ってくれれば良いのに。ただ立ち止まるものだから、振り返って居なかったときに驚かされるのだ。


「入る?」

「入る!」


 二十才にあるまじき無邪気さで、未久は私を振り返った。

 未久は店先のお菓子に足を止めたまま、指を加えて唸り始める。


「京都のお土産って大阪でも買えるけどさ、やっぱり種類が違うよね。京都でしか見つけられないようなお菓子ないかなぁ」

「とりあえず、八つ橋は除外?」

「京都限定の味とかならセーフ」


 舞子さんが微笑むパッケージを、手に取る。二種類の味が楽しめる八つ橋なんて、昔はなかった。


「昔はチョコ味とかなかったよね」

「イチゴ味とかもね」


 私は八つ橋を戻すと、未久の後を追うように一歩進んだ。

 和菓子ゾーンを過ぎて、抹茶味のお菓子ゾーンに入る。未久はどのお菓子も手に取ることはなく、見本を眺めているだけだった。どこにどんなお土産を買っていくのかは知らないが、二人で来ているのに黙られると、置いてけぼりを感じる。


「中学のときは買って帰ったな」

「修学旅行?」

「そう」


 頷きに笑い声が混じった。

 呟きに返事が返ってきて、少し嬉しくなったのだ。


「私は露店でネックレス買って帰ったよ~。十字架のシルバーアクセサリーでね、名前彫れてね、笛になってるネックレス」


 未久はこちらを振り向くことなく、楽しげに話す。

 私は未久の言ったネックレスを思い描いた。


「それ、京都で買う意味ある?」

「ん? 記念に。もうないけど」


 サラッと言ってのける未久に、この日帰り旅行も忘れ去られるのではないかと思った。

 いや、物はなくても思い出は残っているのか。

 なんて気づいて、先日渡した誕生日プレゼントを思いだした。消耗品にすれば良かった。未久は物に執着しないようだし。ハーバリウムみたいに眺めるだけの物より、お腹を満たす物の方が良かったのかもしれない。

 未久は帰りに寄ることを誰にともなく宣言すると、やっと清水寺に向かう気になったらしい。

 多くの外国人を追い越し追い越されたりしながら、なんとか坂を上りきる。途中、観光客のカメラから逃げるために、道を右往左往した。動画を撮影した観光客からは逃げきれず、それだけが悔やまれた。


「あそこ、なんで人だかりができてるの?」

「さあ?」


 清水寺に続く階段の前に、人だかりがあった。人だかりでその先を伺うことができないほどだ。清水寺に続いているのは右の道なのに、人だかりは左側にできていた。

 私たちは人だかりを横目に、清水寺に向かう。

 拝観料を納めて境内に入ると、肌の黒い大黒様と目があった。赤い帽子と和服は、目に映える。


「このしおり、四季で絵柄違うんだね~。全部見たいなぁ」


 何て言いながら横に立った未久に、目を合わせる。未久は「どうしたの?」と言いたげに、首を傾げてみせた。


「参拝して良い?」

「どうぞ?」


 未久が先に進むのを背中で感じながら、手を合わせる。

 私は参拝のとき、いつもお礼を言って、住所と名前を唱える。最後はこれからもよろしくお願いしますと言って、終える。たまに願い事を言うときがあるけれど、それは閃いたときだけ。今日はなんでか、「お金が欲しい」と浮かんだので、付け加えて唱えておいた。

 大黒様に微笑んで、未久の後を追う。売店の誘惑に負けないよう、早足で向かった。未久は清水の舞台の手すりに身を寄せて、風景を楽しんでいるようだった。

 横に立つと、「おかえり」といって、迎えてくれる。


「ここ、写真撮ったなー!」

「見晴らし良いよねぇ」


 真っ青な空。奥にいくほど木々は繁り、冬なのに葉を纏った山に気持ちが高ぶる。雪景色じゃないのが少し残念だけど、目下の枯れ木に修学旅行を思い出して、なんだか楽しくなった。


「飛び降りる?」


 修学旅行当時、友達の間で流行っていた冗談を、出身地の違う未久に投げ掛けてみる。


「え? 何が悲しくて?」


 マジレスに思わず「ごめん」と返す。不謹慎な冗談も許される関係だと思っていたんだけど。いや、ツッコミじゃなくてマジレスだから、冗談ととられなかったのか。

 反省と考察を脳内で巡らせる。

 私の答えを求めるように向けられた視線が、すごく痛い。


「清水の舞台から飛び降りるってさ、そのぐらいの気持ちで物事を始めるって意味だったよね?」


 苦し紛れに、諺の話題で切り返す。


「舞子さんが飛び降りたんじゃなくて?」


 も、認識の違いに言葉を失った。「そうなの?」なんて言葉も浮かんだが、そう返すことで、本当に冗談が冗談じゃなくなってしまう気がして口を閉ざした。

 私は視線を巡らせ、大事なことを思いだす。


「参拝しなきゃ!」

「そうだった!」


 見晴らしの良い景色に背を向けて、本堂に向かう。横に流れるように列ができてしまって割り込むのに躊躇したが、「ごめんなさい」と口にしながら列に混ぜてもらい、参拝する。あとはそのまま流れに任せて、先に進んだ。


「そういや、清水寺のご利益ってなんだっけ?」

「お寺って、ご利益あるの?」

「確かに」

「ご本尊は観音様らしいよ」


 なんて会話をしていたら、列から放り出されるように、広い空間に辿り着いた。

 御朱印の看板を見つけて、今度はその列にならぶ。「お願いします」と言って御朱印をいただいて、端の方で落ち合って。私たちは辺りを伺った。

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