大阪天満宮②


「ごちそうさまでした」


 屋台のお姉さんにお礼を言って、私たちは賑わいの中に戻っていく。


「おみくじ行く?」

「その前に摂社参拝しなきゃ、失礼じゃない?」


 菜乃花の発言に摂社の存在を知った私たちは、二人して「そうなんだ」と頷き、菜乃花のあとをついていく。屋台の通りを過ぎると人混みは減ったのだが、小さな社殿が並んでいた。


「多いね」

「住吉神社とか八幡宮とかあるんだよ」


 感嘆するゆいに、私は笑みがこぼれた。

 私も知らなかったけど、今日初めてゆいの楽しそうな顔を見た気がする。   

 摂社の多さに、どこから参拝するのか分からず、とりあえず端に向かって歩く。

 本殿の裏手あたりだろうか、一段と立派な石の鳥居があった。


「ここは?」

「白米神社って、書いてあるけど。稲荷神社みたいだね」


 その大きさから先に参拝すべきと判断した私たちは、誰からともなく鳥居を潜ると、お賽銭を納めた。

 参拝してゆいを待っている間に、建物の両端に妙な空間を見つける。菜乃花と思案していると、ゆいが参拝を終え小走りでやってきた。


「回れるみたいだよ」

「行く?」

「どっちから入るんでしょう?」


 答えが出ないまま、私たちは目の前の道を進むことにする。

 まるで実家の廊下でも歩いているみたいな感覚だ。通路は狭く、壁につけられた棚には、小さな鳥居が隙間なく並べられていた。

 突き当たりには縦長の石が祀られている。


「爪研ぎ石だって」

「触って良いのかな?」

「お守りで触れるのは良いみたいですよ」


 私は触りたい衝動をおさえ、先に行こうと促した。外に出るまでの間、お守りを買おうか悩んでいたが、先月の散財を思いだして諦めた。

 私たちは奥に向かって進み、一社ずつ参拝をすると、屋台まで戻ってきた。

 そのまま、社務所に向かう。

 1番に引いたためにできた待ち時間で、上に飾られたお守りを見やる。

 おみくじ所は何ヵ所かに分散されていたおかげでそんなに込み合っていなかったが、お守りがおいている窓口には人だかりができていた。

 額縁に飾られているお守りの中に鳥形のお守りを見つけて、思い出す。


「私、おじいちゃんにお土産にお守り買うんだった!」


 思わず声にしてしまった心の内に、二人は驚いた。

 良かった。

 二人が居なかったら、私はとんだ変わり者になっていた。


「向こうで待ってるよ」


 菜乃花の笑い声に、ゆいはついていく。

 私は人混みに近づくと、意を決して一歩踏み込んだ。揉まれながら先頭にたどり着くと、念願のおじいちゃんおばあちゃん守を受ける。そしてすぐに、吐き出されるように人混みから追い出された。

 端に避難していた二人は、おみくじを広げて一盛り上がりしているようだった。


「なんて書いてたの?」

「その前に、自分の開きなよ」


 話に割って入り、言われるがまま、おみくじを広げる。 


「なんだって?」


 読み終わる前に、菜乃花が覗きこんでくる。


「友を頼れ、だって」

「頼られても困るわ」

「なにを頼れば良いか分かんないから、頼もうにも頼めないわ」


 なんて言って、菜乃花と笑い合う。

 一笑いしたところで、私と菜乃花はおみくじをお財布にしまった。それをゆいは首を傾げて見ていた。


「結ばないんですか?」

「私は大丈夫」

「右に同じく」


 どうやら始めて見た光景らしい。

 ゆいは先輩に合わせるべきか、自身のやり方を貫くべきか、私たちとおみくじ結び所を交互に見て、迷っているようだった。


「悪くないんだし、持ってれば良いじゃん」

「結び行く? 待ってるよ?」


 投げやりな言い方をする菜乃花の言葉を宥めるように、私は笑って提案する。「良いんだよ」と念押しすると、ゆいは私の目をじっと見たあと、勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 叫ぶように言って、ゆいは結び所に駆けていく。


「悪いから良くしてってお願いするときだけ、結ぶんでしょ?」

「まあ、良いじゃん。気分が晴れることの方が大事だし」


 ゆいは思ったよりも早く戻ってきた。多分、気を使って急いだのだろう。ついていけば良かっただろうか。なんて思いながら、笑顔で迎える。

 私たちは菜乃花を先頭に、来た道を戻る。

 すれ違う人たちの手に破魔矢を見つけながら、なんとか話を膨らませた。道すがら露店を見つけて、ゆいを振り返る。


「クロワッサンたい焼き、どこの買う?」

「あ、空いてるところで良いです」


 苦笑で頷いて、また菜乃花と話始める。

 気を使わせてばかりだと思うと、だんだんと話を振れなくなっていった。


「あ、あそこ空いてるよ」


 クロワッサンたい焼きを焼きながら呼び込みをしている露店を見つけて、ゆいに話しかける。ゆいは「そこにします」というと、菜乃花はすぐに「待ってるわ」と返した。私は菜乃花につられるかたちで、露店と露店の隙間に避難する。

 ゆいが戻ってきても三人の距離は変わらず、相変わらず菜乃花とだけ話していた。

 それをはじめて、「あの」というゆいの声が遮る。


「私、こっちの方が近いので」


 そう言って大阪天満宮駅を指すゆいに、ここから天満駅までの距離を思った。


「ごめんね、朝、遠回りさせたね」

「いえ! 私も一人じゃ分からないなと思ったんで」


 とんでもないと首を振るゆいに、私は苦笑しか返せなかった。

 なんだか気まずいまま、別れてしまった。

 菜乃花はすぐに背を向け、天満駅まで歩き出す。出遅れて、ついていく。


「なんか、ついてきただけってなっちゃったね。良かったのかな」

「女三人じゃ、そうなるでしょ」


 私の不安も一蹴して、菜乃花は「クレープ食べたい」と言い、私たちは近くの露店に向かった。


「もっと話しかけてあげればよかったのかな」

「しょうがないよ、当然の結果なんだから」


 待っている間も悩む私を、菜乃花はまた一蹴する。

 それでも、私はやっぱり三人で盛り上がりたかったな、なんて思う。

 きっと、これは人生勉強なんだ。

 なら、お願いすれば良かった。


 だって天満宮は、勉強の神様なんだから。


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