大神神社②


 二つの柱にしめ縄が吊るされた仕切りを抜けて、一度境内からでた。これが“他人に連れられて”なら不安で仕方がないような道中も、鼻唄でも歌いだしそうな美優が先陣をきっていたせいで呆れが勝った。「駐車場かと思うくらい車が多い」と会話するのも憚られるほど、陽気な雰囲気に当てられる。

 ちょっとした坂道を登ったところで、美優は足を止めた。稲荷神社にたどり着いたのだ。


「鳥居の間に曲がり角がある」

「結構離れたところにあったんだね」

「お稲荷さま~」


 朱色の鳥居を前に、美優は大きな体を広げた。実に嬉しそうだ。

 美優は私たちを振りかえることなく、一礼して鳥居を潜る。私たちは呆然とそれを見送った。


「本当、お稲荷さま好きだよね」

「なんで?」

「なんか、並んでる朱色の鳥居が好きなんだって」

「お稲荷さまじゃなくて!?」


 こじんまりとした稲荷神社に満足した美優が、戻ってくる。

 美優は立ち尽くす私たちを、首をかしげて見下ろした。


「行かないの?」

「行くよ!」


 吠えるように答えて、私は鳥居を潜った。後ろから「私もー」なんて言いながら朋子がついてきた。鳥居を抜けて、二人並ぶ。それで空間がいっぱいいっぱいだった。参拝を終えて、朱の鳥居を抜ける。お辞儀して心を切り替えると、私は朋子と向き直った。


「御朱印!」

「おみくじ!」

「狭井神社!」


 横から降って沸いた声。首がもげる勢いで、声の主を見やった。


「さっき勝ったじゃん!」

「ちょっとは遠慮してよ」

「いやだよ」


 舌をだしてまでアッカンベーをする美優に、悔しさで歯が軋んだ。朋子は責めるというより、仕方ないと子供のわがままを聞くような声音だ。軽く笑っているし。美優は絶対引き下がらない。もう分かっている。

 大人な自分を胸の奥から引き出して、私はしょうがなく拳を突きだす。


「じゃーんけーん」


 チョキの形で、振り下ろす。案の定、私と朋子は負けて、美優の一人勝ちだった。魂が抜ける思いだ。朋子は空笑いをして、チョキの形を保ったままの手を眺めていた。


「じゃ、戻るべ」


 頭の後ろに手を回して、美優は背伸びした。その背中を、朋子は見上げる。


「ほんと、強いね」

「なんで勝てないの~」


 私は小さい背をより小さくして、美優の後に続いた。

 来た道を戻り、本堂を横切る。こっちにも道があったのかと驚く私をよそに、美優は馴れた足取りで先に進む。足をとられそうになりながらも坂を下って、右に曲がる。また広い空間にでた。いや、本堂よりも視界が明るい気がする。感動している私をおいていく二人に気づいて、慌てて駆けよる。二人は右手にある社殿に向かっていた。


「狭井神社ってここ?」

「ちがーう」

「どうせなら、参拝していかない?」


 美優は難しい顔をした。きっと五円玉の心配をしてるんだろうな。気づいていながら、私と朋子は返答を待たずに、賽銭箱に向かって進んだ。唸る声と小銭がかき回される音を聞きながら、目を瞑った。

 美優を待っている間、朋子がなにかを見つけたらしい。


「なでうさぎだって」

「なにそれ?」

「なでる、なでる」


 いつのまに参拝を終えたのか、美優が一番に朋子の指した方へ向かっていいく。さっきの苦悶はなんだったのか、とても機嫌が良さそうだ。

 うさぎの像にたどり着くと、まるで本物のうさぎを可愛がるように美優は頭を撫でた。


「頭良くなーれ、頭良くなーれ」


 唱え始めた美優に、朋子はのった。


「腱鞘炎なおれー、腱鞘炎なおれー」


 小さな手を、朋子は撫でる。私は真剣に考えた。そして、うさぎの顔を撫でた。


「かわいくなーれ、かわいくなーれ」

「いや、それは無理だわ」

「治してほしいところだよ? さっちゃん」


 撫でる手を止めた二人と、目が合う。


「治してほしいよ! 顔面!」

「いや、治癒だから」

「頭よくなれも、治癒じゃないけどね」


 冷静に突っ込まれて恥ずかしくなって、うさぎの顔をこれでもかと撫で回した。

 飽きるまで撫で回したあと、美優に連れられて先に進む。砂利道を進み、社殿を横切り、脇にある階段まで進む。くすり道という石標を過ぎる。階段を上って、平地を進んで、また階段を上って。狭井神社に着いた頃には、私と朋子はゼェハァと息を荒げていた。


「階段多いね」

「文科部の体力のなさ、なめんなよ」

「先いくよ~」


 なのに美優は余裕そうで腹立たしい。美優は言葉通り、私たち二人を置いて、一人拝殿に向かう。私たちが拝殿に着く頃には参拝も終えて、脇にあった巫女さんが振っている棒を振っていた。参拝を終えて近づくと、美優は白い紙がついた棒を、元の場所に立て掛けていた。


「なにそれ」

「大麻。厄よけだって」

「じゃあ、私もやろうかな」


 朋子は横にあった説明書きを見ながら、大麻という棒を右へ左へ振っていた。私は美優と一緒に社務所に向かう。


「ね、お水売ってる」

「ほんとだ」


 お守りの並んだ横には、他の神社ではなかなか見かけない、ペットボトルのお水が売られていた。青いパッケージには、御神水と書かれている。


「買うの?」

「いや、向こうで飲めるはず」

「飲めるみたいだよ」


 美優と相談していると、厄よけを終わらせた朋子が戻ってきた。私は気持ちが高揚するのを感じながら、朋子が指した方、拝殿の奥へ向かった。そこには大きく丸い石が祀られていた。いや、祀られている、ように見える。石にはしめ縄が巻かれているし、雰囲気が。なんだか神社の清廉さが閉じ込められているように感じる。

 先に居たおじいちゃんが、なにやら自分で持ってきたらしいペットボトルに水を注いでいる。岩の台座には三つの蛇口がついていた。その一つを使って、おじいちゃんは三本のペットボトルを御神水で満たしている。


「持って帰れるの?」

「自分で入れ物持ってきてたら、確か」

「買わなくても良いんだね」


 美優につられるように向かった先には、マグカップが吊るされている棚と、水場があった。朋子から渡されたカップを一度水洗いしてから、御神水に向かう。一つの蛇口を三人で囲う。美優が終わるのを待って、朋子に先を譲って、自らの分を注ぐ。私を待ってくれていた二人に合流して、はしっこで三人揃って静かに乾杯した。


「喉が潤う」

「冷たいね」

「染み入るね~」


 喉を通る清らかさに、頬が紅潮する。その清らかさが全身に満ちるまで沈黙を堪能する。一杯を飲み干して、コップをなおしにむかう。徹底的に水洗いして、引っかけ棒に取っ手を引っかけた。

 水を飲みに来た人たちとすれ違いながら、来た道を戻る。社務所前で美優が立ち止まったので、私たちも足を止めた。それを見て、美優がにかっと笑う。 


「じゃーんけーん」

「なんの!?」


 美優の掛け声に、肩が跳ねあがる。


「登拝」


 戸惑いの眼差しで美優を見ていた朋子の目が、怒りに歪んだ。私も同意見だ。


「勘弁して!」

「運動部め!」

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