第2話 星見の巫女

 幼いころ星見の丘で出会ったのは、自らを星海の旅人と名乗る少し変わった少女だった。

 まあ、少女と言ってもまだ幼稚園児だった私からするとお姉ちゃんって感じなのはあえてスルーするとしても(これはおやじギャグではない)その少女との出会いが私のそれからの人生を百八十度変えたといっても過言ではないだろう。


 それは私が四歳ぐらいの時だったと思う……多分。何分もう随分と昔のことではあるし詳しいことは正直あやふやなんだけど、まあそんなことは置いといて。

 その頃はちょっと色々あって私はおばあちゃんの家に引き取られることになっていた。

 まだ幼かったこともあり現状がなかなか受け入れられない状況が何日も続いていたし、おばあちゃんに引き取られるにあたってもちろん住む場所や、そもそも土地すら全くの別の環境に変わってしまったことも手伝って私はひどく動揺していたのを覚えている。

 今まで通っていた幼稚園からも大分離れたところだったため、そのまま通うわけにもいかず新しいところに入ることにもなってって感じで急激に変わる環境、仲の良かった友達との離別。

 そんな濁流のような毎日が無情にも幼い私を強引に押し流していき、やがて純粋だった心を粉々に壊した。

 まあでもそんな嫌なことだらけな中にも一つだけ、環境が変わってからもいいことはあるもので、私を捨てたあの人とは違っておばあちゃんはどんなことがあっても絶対に私の味方でいてくれるって約束してくれたのだった。


 幼いながらに精神が粉々になってしまい完全に塞ぎ込んでしまった私は、突然幼稚園に行きたくないと転校して初登校日の前日から引きこもってしまったことがあった。

 普通だったら面倒な奴だと殴られたもんだけど、そんな私におばあちゃんはどこまでも優しくて、温かいココアを入れてくれて行きたくなければ行かなくても良いんだよとココアと同じくらい温かい声色で怒るどころか優しく撫でてくれたのは今でもよく思い出す。

(なんだか思い出すだけでおばあちゃんに久しぶりに会いたくなってきた……)。

 とは言え、幼い私の心は複雑で、いつまでもおばあちゃんの優しさに甘え続けている私を自分自身許せない気持ちもあって、極端な話もう終わってもいいやっていう諦観の感情があったことは否定できなかったりする。

(今思えば相当に追い詰められている私が可哀想で仕方ないな。よく生き延びたな私、偉いぞ!)


 粉々になった精神的をまた更にすり減らして過ごす日々が続いていたある日、おばあちゃんが急にピクニックに行こうと誘ってくれたことがあった。

 多分私の暗い感情におばあちゃんは敏感に気付いてくれていたんだと思う。

 今思い返してみればそういったことが何度もあったような気がするし、きっと人の感情の変化などを汲み取るのが人一倍得意な人だったんだろう。


 そんなこんなでピクニックに行くことになったのだけれど、それがまた普通とは少し違ったもので幼い私をドキドキさせてくれるものだった。

 普段ピクニックといえば朝早くから出かけて、山なんかに上って山頂でお弁当を食べたりするのを想像するだろうが、なんと私たちが家を出たのはもう皆が眠っているような時間だったのだ。

 つまるところ夜のピクニックというやつだ。

 普通ならばもう寝なさいと怒られるような時間に出かけられるという優越感や、いつもとは違う表情を見せてくれる街並みに中てられて、私は酩酊状態のようにぽわぽわとしていたことを覚えている。

 まあ酔っぱらったことなんてお酒を飲めるようになった今だってないんだけどね(お酒は飲んでも飲まれるなってやつ!)

 その時だけは本当に何もかも忘れて夢中でおばあちゃんが引いてくれる手をしっかりと握っていた。


 家を出てから恐らく一時間ほど歩いたころだったろうか、周りの景色が建物がたくさん並ぶものから木々の生えたものに変わっていくのに気づく。

 どうやらいつもおばあちゃんが危ないから一人で入ってはいけないよと言っていた、街一番の教会の裏手にある星の降る山と呼ばれているところに向かっているようだった。


 山のほうは闇が深く、少し不安になった私は先ほどの酔いも忘れておばあちゃんの顔を恐る恐る見上げる。

 それに気づいたおばあちゃんは優しい顔で大丈夫だよと頭を一撫でしてからこの山について少しお話をしてくれた。


「このお山はね、確かに一人で入るのは危ない。けれどもその人が心から信頼していて、しっかりと守ってくれる人と一緒に入るととっても綺麗で優しい場所なんだよ。今から向かうところはその中でも一際美しいものが見られる丘でねぇ」


「うつくしいおか?」


「そうさ、綺麗なお星さまがたっくさん見守ってくれている素敵なところ。『星見の丘』だよ」


 それが私が星見の丘の存在を知った、初めての日だった。


「ほしみのおか、きれいな名前だねぇ」


「そうだろう? その丘には不思議な力があってね、そこにたどり着くまでにたとえどれだけ天候が悪かろうと、そこに着けば満点の星空が迎えてくれるのさ」


 おばあちゃんが話してくれる星見の丘の逸話は当時の私を非常にわくわくさせてくれるものだった。

 その星の下で思い人同士が永遠の愛を誓えば無事永劫添い遂げることができるとか、まあそんな感じのロマンチックな逸話なんかもあったと思う。

(夢見る普通の少女なんかだったら目をひん剥いてキラキラ輝かせながら食いつくような話題だったんだろうけど、残念ながら私にはピンとくるものがなかったので、さほどそこに興味はなかったりした)。

 むしろ数ある中で私が興味を持ったのは、その丘に選ばれた者は世界を飛び越えて旅に出ることができるという伝説だった。

 星見の丘に選ばれた人間、それを『星見の巫女』というらしいが、とにかくそれになればこのちっぽけな世界一つだけじゃなく、ほかの世界へと飛び出していけるというのはとても魅力的な話だったのだ。


「星見の巫女。ねえ、おばあちゃん。私、なれるかな」


 純粋な心が壊れていたと思っていた私、でもそれは違ったんだ。

 ただふさぎ込んでいただけ、これ以上何も望むな、今の自分は生きているだけで幸せなんだと。

 そんな私を星見の巫女という逸話が掬い上げてくれたように感じる。

 その言葉を聞くだけで胸の奥がドキドキと高鳴るのがわかる。

 そのまま破裂してしまうのではないかというほどに、大きい音は私の鼓膜を大きく震わせる。

 唇が渇き、はあはあと浅い呼吸を繰り返し、熱に浮かされたように頬が紅潮する。

 目の前に映るおばあちゃんの声が遠くなっていく。


 いつの間にか私は走り出していたのだ。多分この時おばあちゃんにはとても心配させたと思う。ごめんなさい。

 でも私、興奮を抑えられなかったの。

 小さな足でトテトテと必死にひた走り、さっきまで恐怖を感じていた山道を駆け上る。

 何度も根っこたちに足を取られかけては、こけそうになるけどこらえる。

 飛び出た枝に服をひっかけては破け、肌が引っかかっては切り傷をつける。幼いながらにおばあちゃんが見たら卒倒するだろうなと頭の隅で考えながらも、駆ける足は止まらない。


 何者かに操られているかのように道も知らないのにも関わらず、迷いなく木々のなかを進んでいく私。思えば、この時の私は本当に何者かに操られていたんだと思う。

 何にかって改めて聞かれても分からないとしか言いようがないけれど、たぶん大きなもの。神様とかそんな感じの人間の意志程度じゃどうにもならないくらいに大きなものだと思う。


 そんなことはその時の私にはどうでもよくて、ようやく目の前に映った木々の切れ間に目を輝かせていた。あそこが星見の丘だ!

 抑えきれない好奇心。もう辛抱がたまらないと立ち止まりかけていた足にムチ打ち、走り出すとそこには一際太いツタ、そうツタである。ローマ字で書くならTSUTA。

 言うまでもないだろうけれど、私はまだ幼稚園児で足は短い。そして長時間走り続けたことによる疲労。避けようとしてバランスを崩したところに追い打ちするかのように丘のほうから目も眩むほどの光。

 奇跡の要因がベストマッチしてズッコケる。それはもう盛大に。

 ツタに足を引っかけて目の前の開けた場所めがけてぶっ飛ぶ私。先ほどの光の正体を確認なんてする余裕などないままに広場の中央辺りに顔面から倒れこむ。


 ☆彡

「目を開けるとそこは開けた場所にある丘の上。

 情景だけを描写するならばなんらさっきと変わらない場所。

 でも私には分かる。

 ここはさっきとは違う場所。

 私が心から請い、願った夢の場所。

 私の旅はきっとここから始まる」


 うつ伏せで倒れていると、後頭部から何やら声が聞こえる。

 誰か、いる?

 恐る恐る、顔を上げてみればそこには少女が一人。


「あ、あなたは誰ですか?」

 若干声に怯えが混じってしまっただろうかと口に出してから思う。

 でも急に現れて、なんだかかっこつけたような独り言を話す人は例外なく怪しいだろう。

 目の前にいた人物は、私の声に気づいてゆっくりと振り返り、満面の笑顔でこう答えた。


「私? 私はね、星海の旅人さ!」


 完全に不審者である。


「あ、ありゃ? 怯えが増した!?」


「ええと、急に光の中から出てきて今の言葉を言われると怖いなと思います」


「光の中から現れたの私? なるほど、それは怖いわごめーん」


 全体的にお茶らけた雰囲気で鼻水を垂らしながら、手を合わせて謝ってくる。

 やはりどこからどう見ても変な人ではあるが、悪い人ではないことはよくわかった。


「ああと、急にで悪いんだけどさ」

 深刻そうな顔をして、私の前に顔を突き出してくる旅人さんに何事かと、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「ティッシュ持ってない? 色々事情があって鼻水が止まらんのよ……へっくち」


 呆れた、真剣に何事かあったのかと身構えた私の気持ちを返してほしい。

 仕方がないので懐からティッシュを取り出して彼女に渡そうとすると、もの凄い勢いでふんだくられた。よほど鼻が痒かったのだろう。


 それから暫くして彼女の鼻水が落ち着いたころ、改めて話を聞いてみると、どうやら彼女は元々別の世界の住人だったらしい。

 そこではこの丘のことを星見ヶ丘って呼んでいたらしいんだけど、世界は違えど似たような所があるというのは、幼心にも胸が熱くなる思いだった。


「旅人さんが言うには、私の世界とそこまで違いは無いように思うのですが、どうして違う世界だって断言できるんですか」


「うん? ああ、なんでだろ、確かなことはわからないけどね。でも確かに感じたんだよ、心で」

「心、ですか」

「そうそう。なんだかノスタルジックな気持ちになるというか、ホームシックになる感じ? 心の摩耗……って言っても分かんないよね。こんな言葉」


 あはは、と笑う旅人さんの声はどことなく寂しそうな色をふくんでいた。

 お調子者みたいな雰囲気を纏っているけれど、本当はガラス細工のように繊細な人なんだと理解するのはそう難しいことじゃなかった。


「まあ、それはいいとしても。こんな時間にこんなところで少女はなにをしていたのさ。私がここに来た時もなんだか慌てて走ってきてコケていたようだし。もしかして何かここに来る目的があったのかな?」


 その言葉をきいて星見の巫女について思い出す。


「あ、あの。実は、旅人さんの世界と同じように私の世界にもこの場所に逸話があるんです」

「どんな?」

 興味深そうに目をキラキラさせてずいと顔を近づけてくる。

 彼女の圧に押されながらも、おばあちゃんから聞いた話をつらつらと話す。


「なるほどなるほど、星見の丘に星見の巫女ね。私の不思議な話大好きメーターがギュルンギュルン言ってるわ!」

「その話をおばあちゃんから聞いて、私居ても立っても居られなくなって。そしてそのまま……」

「ここまで走ってきたと」

「はい」


 私の話を聞いてから少しの間何かを考えていた旅人さんが、何か閃いたように手をたたく。

「うーむ、まずはおばあちゃんのところへ行って安心させてあげるのが先決ね」

 至極ごもっともな意見である。


 ☆

「勝手に走って行ってしまってごめんなさい」

 あれから二人で一時間ほど山を下ったところでおばあちゃんと合流できた。

 私のことが心配で急いで登ってきたのか、息も絶え絶えになっている姿を見ると罪悪感と嬉しい気持ちが私の中に広がっていくのが分かった。

 私のことを心配して探してくれる人がいるという幸せをかみしめながら、精一杯の感謝の気持ちを込めておばあちゃんに謝る。


「ああ、えとその、私は時女詩織って言います。その、先ほど星見ヶ丘……じゃなくて星見の丘で彼女と会いまして……」

「ん? 旅人さん、どうしてそんなに恥ずかしそうなんですか」

「わ、私は人と話すのが苦手なんだよ! あなたみたいな小さな子となら大丈夫だけど、同級生とか大人は無理ね」


 なぜか胸を張って誇るように頼りないことを宣言する詩織さん。(何気にさっきまで自己紹介をしていなかったから名前を知らなかった)。


「ああ、ありがとうございます。詩織さん。佳奈と一緒にいてくださったんですね」

「ままま、まあそういう感じです」


 顔を赤らめながら答えて、私の後ろに隠れる。

 なんだろう、どっちが守ってあげているのかわからないや。


「佳奈。急に走って行ってしまうから驚いたよ。もうあんな心配をかけるようなことは辞めてくれるね」

「はい。おばあちゃん」


 心から安心した表情を浮かべたおばあちゃんは、少し涙を浮かべて私のことを抱きしめてくれる。


 その後、もはやピクニックどころではなくなったこともあり三人でお互いの話を交えながら家路を歩いていく(せっかくだから詩織さんには私の家で泊まって貰うことにしたのだ)。

 彼女がどんな世界から来たのかとか、この街の特産物にはこんなのがあるとか、そんな当たり前のこと。

 住んでいる世界が違うというだけで自分の感じる当たり前が当たり前じゃなくなる。

 そんな不思議な感覚は私の好奇心を大きく鷲掴みにした。

 例えば、離れたところにいる人とも自在に連絡を取ることができるけーたいという小さな石みたいなものは、こちらでは伝心オーブと呼ばれる水晶球だったりする。

 二つの世界には似たようなものはあるけれども、微妙に違っていると詩織さんは楽しそうに話してくれた。

 私たちの世界にある宝石は生活を便利にしてくれる、なくてはならない存在だから、広く普及しているんだという話をすると、とても汚い顔でこれを自分の世界で売り払えば億万長者とかなんとか言ってたけど、どういう意味なんだろう?


 ☆

 私の世界に詩織さんが来てから一か月ほどが経った。

 あの日から私はちゃんと幼稚園に行くようになり、それなりに新しい友達もできている。

 今日もまたいつも通り幼稚園に行って、友達とおしゃべりして、帰る時間がやってきたところ。

 でもなんだろうか、胸の奥がざわざわする。

 何の根拠もないただの勘だけど、今日詩織さんがどこかへと行ってしまうような気がしていつもより急いで家に帰った。


「ただいま!詩織さん!いる?」

 焦る気持ちが声のボリュームを上げる。

「おやおや、どうしたのさ佳奈ちゃん」

 台所でお皿を洗っていた詩織さんが手を泡だらけにしながらこちらを振り返る。

 その間抜けな姿に一度脱力して大きなため息を吐いてしまうが、やはり心のざわめきは止まらない。

「……ねえ、詩織さん」

 言葉がこれ以上出てこない。多分今のぐちゃぐちゃな感情で無理やり喋ってしまえば、彼女を困らせるだけになってしまう。


 どこにも行かないでほしい。


 でもそれは、世界という世界、星々の海を旅して廻りたいと考えている彼女の意見とは真っ向から反対することになる。

 それにきっと何を言っても彼女を止めることはできない。この一か月という短い時間でもそれを理解するのは容易かった。

 だったら彼女が旅立っていきやすいように飛び切りの笑顔で過ごしたほうがいい。それもここに残ったほうが良かったって後悔するくらいの最高のものを。

 長い沈黙を彼女は茶化さずに待っていてくれる。


「ううん、なんでもない。私も手伝うよ、食器洗うの苦手でしょ。詩織ちゃん」

「うげえ、ばれてーら」

 彼女と過ごす最後の時間をかみしめるように、過ごそう。


「ねえ、詩織ちゃん。これが終わったらさ、久しぶりに星見の丘に行かない?」

「ん? いいよ」


 最初に出会った場所、星見の丘。その日がどれだけ天気の悪い日だろうと絶対に満点の星空が迎えてくれる場所。そこにまつわる沢山の逸話。この一か月間に二人で検証し尽くした。

 丘で流れ星を見ることができると河童と会えるとか、山の中には神聖な湖があってそこにある祠には仲睦まじい二人の神様たちが住んでいるとかそれはもう色々。

 でもまだ一つだけ、図ったかのように手を付けていない逸話がある。


 星の降る山がその名前になった理由である。

 私たちが生まれるずっと昔、この街がある一帯も山の一部だったらしい。

 そこにある時大量の星が降ってきてそれを更地と化した。それが私たちの街の根源。

 その昔話に因んで付けられた名前が星降る山というわけだ。


 この話を聞いてただの昔話に検証なんてしようがないと思うかもしれないが、なんと星見の丘には毎年小さな星が降ってくる日があるらしいのだ。

 つまるところ、検証とは名ばかりの、二人で最後の思い出に隕石が降って来るのを見たいということである。


 早速洗い物を終わらせた二人は支度をして、おばあちゃんに星見の丘へと向かうことを告げる。

「じゃあ、行ってきます」

「……行ってきます」

 二人の微妙な空気に気づいたおばあちゃんは、それでも何も言わずににこりと笑って「行ってらっしゃい」とだけ告げて私たちを送り出した。


 いつの間にか日が落ちてきており、街並みが夕焼けに染まる。

 あの日の夜の闇に抗うかのような橙に輝く絢爛な街並みとはまた違った美しさを奏でている。

 二人の間に会話はない。

 ただ黙々と星の降る山へと向かう。


 入口にたどり着くころには、もう既に日が落ち切っていた。

 暗い山の入り口は、やはりちっぽけな人間である私を飲み込もうとせんばかりにぽっかりと口を開けている。

 自分でも気づかないうちに後退りをしてしまう。

 後ろからポンと背中をたたかれて我に返ると、右隣をゆっくりと見上げる。

 そこには満面の笑みを携えた星海の旅人、時女詩織が立っている。言葉は無くただ、進もうとジッとこちらに目を向けている。

 零れそうになる涙を必死にせき止め、赤く染まる瞳を隠すように前を向き歩き始めた。


 あの日は何かに操られて勝手に上ってしまった山道だが、今日は自分の意志で一歩一歩を踏みしめる。

 こんなに険しい道のりだったのかと、あの日以降も何度も登っているにもかかわらず痛感していた。


 いつもより倍ほどの時間をかけて星見の丘へと続く道へたどり着く。

 あの日足を引っかけてコケてしまったツタを用心深く探して避けて通ると、あとはもう数歩進むだけで広場だ。

 心臓が早鐘を打つ。煩いほどに鳴り響くそれは、私の気持ちを代弁しているかのように複雑さを極めている。

 ドクンドクンと一拍ごとに右足と左足を交互に入れ替える。

 木々の切れ間を抜ける。


 そこにあるのは満点の星空。澄み切った空気を感じさせ、凛とした風が頬を撫でていく。

 どこをどれだけ穿ってみてもやはり星、ホシ、ほし、★。見るものすべてを問答無用で魅了する悪魔のような輝きを放つ。

 この一つ一つに世界があって、そこにこれから詩織は旅立っていく。

 私はそれを知っているのに何もできない。

 止めることもできなければ、付いて行くこともできない。ただ、己の無力さだけを感じる。


 その時だった、空に浮かぶ星々が落ちてくる。

 それは比喩でもなんでもなく正真正銘星の落下。

 最初は米粒のような大きさだが、次第にそれは轟音を伴ってこの山のどこかへと落ちる。

 一つだけではない。何度も何度も、繰り返す星たちの死。

 そうか、そういうことだったのか。

 ここは星の終着点。輝きを失うことを受け入れた彼らが最後にたどり着く場所、それが星降る山の正体だったのだ。

 今日という日に周りには死が蔓延る。一人の少女の船出という華々しい時を墓場から送らせるわけにはいかない。

 だから、私は願う。心のままに真なる願いを。


『死にゆく星々よ聞き給え。星見の巫女が願う。この数多に広がる世界を廻る少女が今宵飛び立つ。今ばかりは嘆くのではなく祝いと幸いを分かたれよ。さすれば安らかな眠りを与えよう』


 ☆彡

 目が覚めたのは自宅のベッドだった。

 星見の丘での最後の記憶はもはや曖昧で、いまいち何があったのかは覚えていない。

 でも私には分かる。

 彼女は無事旅立った。

 私が心から乞い、願った幸せな未来。

 彼女の旅はきっともう始まっている。


 行ってらっしゃい。

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