願う少女は星を駆ける

白と黒のパーカー

第1話 願い星、叶い星

「ねね、サリナちゃん。昨日発刊された月刊ロナリーもう読んだ?」

「あらミリ、おはよう」

「あ、おはよう……じゃなくって!都市伝説紹介コーナーでここ陶廉とうれん市が取り上げられてたんだよ」

「ふぅん。それは確かに少し気になる話ね。どういう内容だったの?」

「よしよし、その反応を期待していたのです。でね、その記事のタイトルは『願い星、叶い星』っていうんだけど、なんでもこの学校の裏にある大きな山が関係しているんだって」

「山、ね。まあ確かに山ってそれだけで何か不思議というか神秘的な力を感じるわよね。特に山頂付近にある崖とか」

「うんうん、そうでしょ!それでねその山を登って行った先に星見ヶ丘っていう見晴らしのいい開けた場所があるの知ってる?」

「ええ、確かそこで願い事をすると叶うとかっていう噂が一時期流行っていたわよね」

「おお!ホントに!? 私はそれ知らなかったや。じゃあこの記事はその噂話を基にして書かれたのかもしれないね。なんでも、大昔にここ陶廉市に住んでいた有名な一族の娘と駆け落ちを企んだ平民の男の人が居たんだけど、しつこく追手に追われ続けて最後に逃げ込んだのが星見ヶ丘だったって言われてるの。そこでもう逃げるのは無理だと悟った二人は最後にお互いに愛を誓い合ったんだって、するとあら不思議、とんとん拍子で二人の交際が認められるのは勿論、結婚の話まで進み幸せに暮らしましたとさって話」

「なるほど、そこから願いごとが叶うっていう噂話に発展したのね。でもその記事の題名って願い星、叶い星なのよね。今の話に星は関係なかったと思うけれど」

「そこなんだけど、その二人が逃げ込んだのが夜でお星さまに向けて愛を誓った説とかその場所の名前が昔から星見ヶ丘でそれにちなんで勝手に付けたっていう後付け説とか、まあその辺は都市伝説らしくあやふやだよね」

「なるほどねえ、まあ今日のミリのお話はなかなか興味深かったわ。明日は私の番ね、面白い話を探してくるのって意外と骨が折れるのよねぇ……」

「はいはい愚痴らない愚痴らない」

「分かってるわよ、ああ、それと少し気になったのだけどその有名な一族の娘ってなんていう家名だったの?」

「え? ええと、それはね……時女ときめ家だよ」

「!?それって」

「うん。多分このクラスにいる彼女のご先祖さま、かな」


 ☆

 机に突っ伏して寝たふりをして早三十分、おでこをダイレクトに触れさせている机が硬くて痛い。顔を起こせばすでに真っ赤な跡がついていることだろう。

 いきなりだが私の趣味は世間に蔓延るはびこる様々な噂話や都市伝説の情報を集め、それを調査することだ。

 そんな趣味と私の変わった人間性とも合わさり(自分で言うのもなんだが)友達がいない。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。寧ろ唾棄だきすべき話題だ。面白くもなんともない、ましてや都市伝説ですらない私自身の人間関係など私事ながらにまったくもって興味もない。何の検証性もないただの孤独についてその対策法を今から立てたところでコミュニケーション能力に著しい欠如がみられる私には今更何をしたってもう遅いのだ。

 そもそも人間というのは生まれてくるときは数多の人間の助力を受けるとはいえ、死ぬときは絶対的に一人なのだ。それを考えるならば孤独な状況は至極正しいことと言えるだろう。人間とは、つまり全くそれでよいのだ。

 私は普段学校に行くことはない。それは決して友達がいないことに一抹の寂しさを感じているわけではないことを明記しておく。

 そう、私は普段から都市伝説の収集に余念がないからである。

 奇妙な話というのは意識して探してみればそこかしこに転がっているものである。

 最早私ほどの不思議な話マイスターになれば向こうからやってくるほどだ。

 事実今日行われる(受けていないと単位が問答無用でなくなる)テストをこなすために渋々学校に来てみれば、さっそく隣に座る女生徒二人組が何やら都市伝説臭をぷんぷんさせた話をしているではないか。

 それを並外れた聴覚で耳聡く聞きつけた私は早速情報収集(寝たふり)を開始したというわけである。とはいえ、さすが今どきの女子高生である。なかなか話の本筋にたどり着かずなんだかもどかしくなってくる。

 確か、ろなりーとか言った雑誌を私は愚かしいことに見逃していたためにその情報はまだ入ってきていないのだ。無性に気になる、もうこちらから話しかけてみようかななどと考えているとやっと本題に入り始める。


 ふむ、なるほど。右隣からの視線を感じるがここはこのまま寝たふりでスルーを通させてもらう。

 都市伝説の内容としては、結局のところ私の先祖の話に繋がっていたという話である。

 時女詩織ときめしおりは確かに私の名前で、この苗字はおそらくありふれたものではないだろう。

 それに悔しいことに(いや、この場合は嬉しいことに)私は生粋のここ、陶廉市生まれの陶廉市育ちである。

 それを考慮し考えてみても、私が今日の放課後に裏山にある星見ヶ丘に行ってみる価値は十全にあると言えるだろう。

 そのためには先ず今日のテストを完璧に取らねばなるまい。

 こう見えて成績は学年で一番を取れるほどには頭がいいのだ、だから今回のテストも勉強するまでもなく余裕だろうが抜かりはなくすのが私の流儀。

 そこまで考えて、ニヤリと笑った私は突っ伏していた机から顔を勢いよく引き上げ、真っ赤な額をさすりながらテスト勉強を始める。


 ☆

 学校が終わり、私は裏山へと続く道を急いでいた。

 勿論テストは余裕で満点である。一問だけ普段学校に来ていない私には解けないであろうと先生が授業中にだけ話した内容の問題が混ざっていたが、意地の悪い人間の思考はそれだけに読みやすいものだ。私がこっそり自分の机に仕込んでおいたICレコーダーにまでは気づくまい。まあ、そんなこんなで満点である。

 ここまで私の脳内が饒舌なのには理由がある。最近は空振りが多かった都市伝説だが今回のものは久々に質量のともなった都市伝説なのだ、もしかしたら不思議に自身で立ち会えるかもしれない。

 そんな期待を胸に私は夕焼けに染まる山道を一心不乱に歩き続けているのだ。

 噂の説話として、一つに「夜」というキーワードがあった。この時間帯から行けばおそらく丁度日没あたりに星見ヶ丘にたどり着けることだろう。

 説話というのは侮ってはならないものである。火のないところに煙は立たないというが、それは都市伝説でも同じなのだ。少しでも可能性があるのならばそれに懸ける。

 不思議な話マイスターの心得としては初歩中の初歩である。

 あれこれと考えふけっているうちに、辺りが段々と暗くなってくる。こんなこともあろうかと少し前に駅前のコンビニで購入しておいた懐中電灯を鞄から取り出し足元を照らす。

 都市伝説を追いかけるときには何があるかわからない、だからこそ常に不測の事態に対応できるよう用意は周到にしておくべきなのだ(ちなみにこれは心得その二である)。

 

 暗くなってきた道をさらに深く進んでいくと、何やら少し先のほうから話し声が聞こえてくる。

 どうやら声の感じからして、今朝この都市伝説について話し合っていた情報提供者(勝手に聞き耳を立てていただけだが)たちのようである。

 これはマズった。この不測の事態は考慮していない。この状況から彼女たちより先に星見ヶ丘に向かう道はないし、そもそも先にたどり着けたとしてその後確定的にエンカウントしてしまう。私のコミュニケーション能力からしてそれだけは絶対に避けたい、いや、断固として避けなければいけない最大級の壁である。

 どうする? 今日は何かおなかが痛い気がするから後日改めてにするか。いや、それも悪くはないが私の好奇心はもう抑えきれないところまで来ている。このままでは何か色々と漏れてはいけないもの諸々が漏れ出てしまう。

 冬の冷たい風に煽られているのにも関わらず、私のあごには汗が伝う。急げ、決断しろ詩織、このままいけばすぐにでも接触してしまうぞ。私はここで屈するわけにはいかないのだ!

 一つ深呼吸をして、フル回転させた頭脳へと冷たい風を送り込むと気のせいか頭から湯気が立ち昇る。

 そんなことに今は気を取られている暇ではないとばかりに頭の上を手で仰ぎ、私は最終手段を行使することにした。


 ☆

 あれから二時間が経過していた。草むらに隠れる私は季節の風にやられ、へっくちと可愛らしいくしゃみをぶちかます。

 そう、最終手段とはすなわち彼女たちが帰るまで身を隠すことである。

 正直この二時間何度も実は自分は馬鹿なのではないかと何度も考えそうになったが、強い精神でそれを何とかこらえる。強い精神はそれだけで武器になるのだ。心得その三と言っても過言ではない。

 兎にも角にも私は何とか彼女たちから身を隠しおおせることが出来たのだ。時間帯的にも丁度良い。

 早速私は元の道へと戻り、星見ヶ丘への一歩を踏み出す。

 少しずつ周りの木々が減ってゆき、着々と目的地への距離が縮まってきていることを実感する。この都市伝説の内容を解明しようとするときに感じる緊張感、そして抑えきれない好奇心。もう辛抱たまらんとばかりに駆け出すとそこには一際太いツタ、そうツタである。

 言うまでもないが二時間同じところで隠れていたことによる弊害で凝り固まった足、そして寒さで思ったよりも体が上手に動かなかったこと、最後に私の運動神経の悪さがベストマッチしてズッコケる。

 数分間でもシリアスロマンチックな展開は持続しないものかと、一人ぼやきながら起き上がり顔を上げるとそこには満天の星空。

 一瞬の間私は何も考えることが出来ない、それほどまでに美しい景色だった。

 息をすることも忘れ、ただひたすらに頭上に広がる星々を眺め続ける。

 右を見ても左を見てもそこには星、ホシ、ほし、☆。見るものすべてを魅了する星だけがあった。

 この一つ一つに世界があって、それに伴うように物語も存在して、なんてそんな突拍子もないことを少し考えてしまった私は自然と体が震えていた。

 しばらくして息の苦しさを感じ、めまいに酔って再び地面に倒れ伏すと、そこでやっと自分が息を本当に止めていたことに気づく。

 人間というのは本当に自分の想像の限界を超えるほどの美しいものを目の当たりにすれば息をすることを忘れるのだということを学んだ。あれは比喩でも何でもないのだと。

 体の震えはまだ止まらない、でもこんなところで燻っているわけにもいかない。

 気付けのために両頬を強めに叩くと冷たい風に煽られてヒリヒリとそこが痛みを発する。

 涙目でやめときゃ良かったと後悔。でもおかげで震えは止まった。

 目的地にはたどり着いた、あとは都市伝説を検証するだけだ。

 私は少し緊張しながら丘の真ん中へと歩みを進める。右足と左足を交互に動かすその動作すらままならない。心臓は当たり前のように早鐘を打ち、耳朶じだにこれでもかと響き渡る。

 五分ほどかけてやっとたどり着いたこの場所で、私はもう一度空を見上げる。

 思えば自分の意志で空を見上げるなどいつぶりだろうか。そんなささやかな疑問が沸き上がるが今は抑える。

 目を覆いたくなるほどの圧倒的な美、それに再び囚われかけ気圧されながらも私は気丈に見上げ続ける。

 願いは生半可なものではいけない、それは本能に近いところでしっかりと理解している。

 私は願う、心のままに真の願いを。


『願い星、叶い星。私は願う。この頭上に広がる星々を、そこに広がる数多の世界を、終わりなき不思議を、めぐりまわる旅の力を。私は願います』


 ☆彡

 目を開けるとそこは開けた場所にある丘の上。

 情景だけを描写するならばなんらさっきと変わらない場所。

 でも私には分かる。

 ここはさっきとは違う場所。

 私が心から請い、願った夢の場所。

 私の旅はきっとここから始まる。

 

 そんなモノローグに浸っていると、後ろから誰かがこけたような音が聞こえる。

 ゆっくりと振り返り、下を向くとそこには小さな少女が恐る恐るこちらを見上げていた。


「あ、あなたは誰ですか?」


 怯えたように問いかけてくる少女に対し、私は出来るだけ明るくそして優しさと人懐っこさをない交ぜにした声で返事をする。


「私? 私はね、星海の旅人さ!」

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