第31話 最終回 事件のその後と、ハードボイルド

 ブランル産の最高級コーヒーの香りを楽しみながら、座り心地の良いソファーに深く腰けた。


 やはり、この世界において、我がマーロ探偵事務所ほど落ち着く場所は他にない。

体を伸ばして窓の外を見あげると夏の容赦のない陽射しが今日も降り注いでいる。

ギガンテス君が地下で大暴れした日から、もう数日が過ぎていた。


あの後、ギガンテス君とスティング君は街のヤンキーみたいに体力の限界がくるまで互いの顔をボッコボッコに殴りつけ、めでたく二人とも病院送りとなり同じ部屋で仲良く入院している。


魔法もあるし回復の早い二人のことだ、どうせその内すぐ戻ってくるだろう。


「あの、マーロさんきいてます?」


「ああ、コグレ警部補、すまないぼうっとしていたよ」


僕は向かいの席に座るコグレ警部補にもいれたてのコーヒーをすすめる。

彼は今日、僕が捕まえた犯人の事情聴取がおわり、その結果をわざわざ伝えに来てくれたのだった。


「ああ、聞いているよ。さあ先を続けてくれ」


「分かりました、それで最初に逮捕したシカゴブーですが、いくら取り調べをしても、捜査をしても、殺人にかかわっている形跡は見当たりませんでした」


「ふーん」


「そのかわり、自宅からは大量のマリファナが発見されたので、恐らく裏で売買をしていたと思われます」


「そうか、そうか」


いやー、まさか、あのtheッ犯罪者のシカゴブーが、事件とは全くの無関係だったとは驚きだよ。完全にキャンディーの為に、人を平気で殺しそうな見た目をしていたから、誤って逮捕してしまった。

まあでも、犯罪者なことにかわりはなかったわけだし?

結果オーライということでいいんじゃない。

僕が良かった良かったと頷いていると、コグレ警部補が弱弱しい声をだす。


「まったく、マーロさんも人が悪いですよ。貴方は最初から全て知っていた。シカゴブーの逮捕も、キャンディー選手権も本当の真犯人を油断させ、おびき寄せるための罠だったのでしょう?」


「・・・・・うん? うーん、まあね」


「いやあ感服しました、まさかキャンディー選手権の景品にあらかじめ毒をまぜて犯人グループの一人を無効化させるなんて、最初から全てを理解してなければ不可能ですからね。全てはマーロさんの計算の内とは驚きました。まさか私達警察組織も丸ごと騙すなって思ってもみなかったです」


「うーん、うんそうそう、僕はハードボイルドな探偵だから」


相変わらずコグレ警部補の言っていることが一ミリも理解できないので、とりあえず頷いておく。どうやら、僕と彼は相性が悪いみたいだな。

最初はアルコールのせいだと思っていたが、どうも違うらしい。


こうしてフレッシュな頭で会話をしていても、全くといって意味が理解できない。

景品に毒だと?

僕がそんなことするわけないだろ。

あれはCAFE・BAR スミルの秘伝レシピと、帝国を代表するパティシエが集まって完成させた集大成だ。

毒なんか入っているわけないじゃいか。


ただ、こんな指摘をしたところで、どうせ僕とコグレ警部補の会話はかみ合わないし、話が明後日の方向にそれるだけなので、ここは静かにうんうんと、うなずくだけだ。


「そして、事件の主犯格である『死の宣告者』のメンバーですが、彼女らがアイスをばらまいていたのは、間違いないですね」



ギガンテス君が暴れたあの日、ぶっ飛ばされた彼女達は現場から数十メートル離れた場所から無事に発見されたらしい。

良かったと思うが、同時にA級冒険者はとても頑丈だなと恐ろしく感じるよ。

あれが僕だったら間違いなく死んでいた。

やはりこの世界は僕には厳しすぎると痛感させられる。


「彼女たちは、魔力適正が高い人達にアイスを使い、極度の依存症にさせて操っていたみたいです。禁断症状がでたものに、アイスを渡すのと引き換えに命令をして動かす。そうやって大きな組織をつくっていたみたいですね」


アイスクリーム如きで依存症とか狂っている。

なんだよ禁断症状って、馬鹿すぎだろ。

普通に別のアイス食って我慢するとか、そういう柔軟な思考能力は、異世界の甘党信者にはないのかよ。


「本当にとんでもないな」


「全くです」


珍しくコグレ警部補と意見があった。

嬉しような、嬉しくないような複雑な気持ちなる。


「彼女ら三人は一応隠れ蓑として、カルト宗教団体を名乗って活動していましたが、その実態は非道な人体実験を宗教信者に行っていたようです。それを知りもせずに、信者達はしたがっていたわけですから同情しますよ」


へーと頷いていたが、僕はコグレ警部補の言っている言葉に引っ掛かりを覚える。


僕が逮捕したのは女性二人だ。三人とはどういうことだろうか。

もしかして地下室の奥の部屋にまだ誰かいたのだろうか?


・・・・・・・あっ、もしかしてミアちゃんがぁ──なーんてね、アイドルみたいな彼女がそんなことする筈がないっ

きっと彼女はいまごろ病院のベッドでぬくぬくと安眠を貪っているはずさ。

事件のあとに駆けつけた警察に、丁重に扱うようにいって引き渡したからね。


恐らく、外にでて別行動中だった仲間とかを、コグレ警部補達、警察が捕まえて逮捕したのかな?


そうに違いない。

よく働くことだ。おそれいるよ。


「ただ、一つ重大な問題が明らかになってですね。じつは今回マーロさんの事務所を、お邪魔したのも、また捜査の協力をお願いしたくてやってきたのです」


コグレ警部補は急に態度をかえて、真剣な顔で、なんちゃってハードボイルド感を醸し出し始めた。

ふっ、だがそれでは真のハードボイルドとはいえないな。

本物は表情ではなく、自然と内側から溢れてくるものなのだよ、コグレ警部補。


僕はガンッ、と足をテーブルにあげて、チューバ産の葉巻に火をつけた。


「コグレ警部補、聞こうか、その話」


「は、はい実は・・・・・・」



僕の圧倒的なハードボイルド感にあてられて、コグレ警部補のなんちゃってハードボイルドは一瞬で霧散してあたふたと話はじめた。

本物の白鳥を前に佇むアヒルの子みたいなものだな。


「彼女達『死の宣告者』らは、アイスを配ってはいたが、製造はしていないと判明しました。どうやら彼女達にアイスを渡していた黒幕がいるみたいなのです」


「ほう、アイスを渡す黒幕とな?」


聞いた感じ普通に良い人そうだが?

なにか問題でもあるのか。


「はい、今回の事件はとても悲惨なものでしたが、まだ事件は終わってないようです。裏に控えてい奴を捕まえて、はじめて解決といえるでしょう。その為にどうかマーロさんのお力を貸していただけないでしょうか?」


「・・・・・・ふむ、そこまで言うならしかない。この名探偵マーロの頭脳を貸してやるのもやぶさかではない」


「ほ、本当ですか!?」


「しかしッ、・・・・・・そのぉ報酬の方は弾んでもらえるのかな?」


「もちろんですとも、今回の三倍はお支払いします」


「な・・・ん・・・だ・・・と?」



さ、三倍!?

まじかよ。

今回のだけでも過去に類をみない報酬だったのに三倍とかやばすぎる。

これは、僕がスティング君の稼ぎを抜く未来は確実ではないか!?


「ふふふ、遂に時代が僕に追いついてきたというわけだね?」


「えっ!?」


「いいだろう、コグレ警部補、この僕が、この僕こそが世界一の名探偵だと実証してみせるさ、偉大なる父っちゃんの名にかけてね」


僕はソファーから立ち上がり、ボケーと呆けているコグレ警部補に言った。


「さあいくぞコグレ警部補、事件がこの名探偵マーロを呼んでいる」


こうして、今日も僕はくそったれな異世界で、探偵として生きていくのだった。

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