第30話 マーロ探偵団

「わ、私には無理ですぅーー、助けて下さいマーロのあにきぃ!!!」


命の危険にさらされている瞬間に、そういって飛び込んできたミミィは僕のお腹に顔をうずめて、イヤ、イヤと首を振っている。


何故彼女がここにいて、何に困っているかなんて全然分からなかったけど、可愛い僕の弟子だ。できることなら、助けてあげたい気持ちはもちろんある──が、ミミィは究極的に選択を間違っていることに気が付いていない。

それは、ピンチの人が、ピンチの人に助けを求めたところで、よりピンチになるということだ。


なんなら早く僕を助けて欲しい。

それが出来ないならせめて、僕のお腹からどいてくれないだろうか。

いまにもギガンテス君がこん棒を、僕の脳天に振り下ろそうとしているのだが?


「き、君本当になにしにきたの?」


「うわーー、マーロのあにきぃを助けにきました、助けてください!」


支離滅裂すぎて会話にならない。

と、とりあえず一つだけ分かったことは、僕がミミィを頼ると、ミミィが首を横に振り、ミミィが僕を頼ると僕が絶望するという悪循環が形成されていることだ。

これでは、なにも生み出さないままギガンテス君のこん棒の錆になるだろう。

うん、なるほど、死んだな。


馬鹿なことを考えている内に、邪悪な笑みを浮かべているギガンテス君のこん棒が、スローモーションで僕の顔に近づいてくる。


それを見て、今度こそ人生に終止符をうつ覚悟を決めていると、真っ黒いスーツを着たいぶし銀なおっさんが割り込んできて、ギガンテス君のこん棒を両手で受け止めた・・・・・へ?


「ボス、大丈夫だったかい?」


「え?」


「おいミミィ、お前があにきぃ、あにきぃ、言うから一番槍として体ごと地下にぶん投げてやったのに、役にたってねえじゃねかよ」


「だって無理ですっ、暴走状態のギガンテスさんに勝てるわけありませんっ、無理でっすっ!」


「ちっ、まったく、よっと!」


いぶし銀な男は呆れたような表情でギガンテス君をこん棒ごと蹴り飛ばして押し込んだ。かなりの威力で蹴ったみたいで、ギガンテス君は壁に埋まり、暫く身動きがとれなそうだった。


なんだろ、今日は死ぬ覚悟をするたびに奇跡的なことがおこるのだけれども。

もしかして、最強かな、僕?


「スティング君、どうしてここに?」


僕は突然の事態に困惑していて、これっぽっちも頭が回らなかったけど、とりあえず助けに来てくれた男に声をかけた。彼の名前は、スティング、我が探偵事務所に所属している敏腕探偵だ。

これまた僕が魔大陸でスカウトしてきた。

その証拠に、彼のお尻からは、先端に針がついた尻尾が一本生えている。彼が人間でななく、魔族であることの証だった。


「はっはっはっ、ボスには言ってなかったからな。実は俺も今回、アイスの事件を追っていたんだ」


「えっ?」


僕は陽気に笑って言う彼に驚いてしまう。

誰にも話してないのに、どうして今回の事件のことを知っているのだろうか?

このことは、事務所内では僕とギガンテス君しか知らないはずなのに・・・・・・・


「数日前に事務所にいたらヤニスがうちに駆け込んできてな、なんでもボスに忠告されたからここで匿ってほしいとお願いしてきたのよ」


「ヤニスが事務所に?」


「ああ、ボスがそういったんだろ?」


あれ?

記憶にないな。

たしか、ヤニスに最後に会ったのは、古びた民家で女性が殺されていた事件の前だったよな。


んー、ヤニスになにか忠告するようなことを言っただろうか?

一応、ヤニスの見た目がいつ見ても犯罪者風で、ヤバイ薬でもやってるんじゃないかと疑ってしまうような雰囲気だったから、もし冤罪で捕まるようなことがあれば我が探偵事務が力になろう的なアドバイスをしたけど、誰も命の危機が迫ってるぜとは言っていない。


「まあ、それで俺はヤニスを俺の家に隠したあと、事情を聞いて今回の事件を知ったってわけさ」


「へー、良く分からんけどヤニスは凄いな」


彼の行動についてはよく理解できないけど、その情報収集能力は間違いなく一級だな。名探偵の僕ですら、殺人事件に珍妙なキャンディーが関わっているのを知ったのは二回目の殺人事件からだとというのに、彼は最初の殺人から見抜いていたわけか。

やるじゃないか。

あんな見た目でも、やはり彼は有能だ。


「ヤニスから聞いて、俺の心に火がついてね、ボスより早く犯人を捕まえて驚かせようとしたんだが・・・・・・先に敵の本拠地に乗り込んでしまわれるとはな。俺もまだまだだ」


「はっはっは、このハードボイルドな名探偵、まだまだ誰にも抜かれるつもりはないさ」


「流石だぜ、ボス」


そう胸を張って言い張ると、彼はふっ、敵わねえなと、達観した眼差しで見つめてきた。でも僕は、少しも誇らしい気持ちになれなかった。

むしろ馬鹿にされているようで、落ち込みそうだ。


僕からしたら、探偵として、どう考えてもスティング君の方が、色んな事件解決してる。僕が一生懸命、路地裏の犬猫を追いかけている間に、スティング君は表舞台で数々の難事件を解決して、称賛を浴びて、実績の面では圧倒的に負けている。


我が探偵事務所の稼ぎ頭の筆頭で二位の僕とダブルスコアどころではない大差をつけて圧勝だ。彼が稼いだ報酬から僅かばかり、手数料、もといピンハネをして、事務所の経営は成り立っている。


もう、マーロ探偵事務からスティング探偵事務所に変更したほうがいいくらいには、彼は僕の上をいっている。心から勝っているといえるのは、探偵としての志だけだ。


そんな彼に、遠くを見つめるような目でふっ敵わねえな、と言われた所で嬉しくもないし、逆に傷つく、やめて。


「犯人はもう捕まえたのか」


「うん、一人は逮捕して、残りの二人はこの近くのどこかで、死んでいるかのびているかしてると思うよ」


僕的には全力で生きている方に賭けておきたい。

いかに凶悪な犯人とはいえ、罪を裁くのは探偵の仕事でないからな。

僕等の仕事は事件の真実を見抜き、弱者を助けることにある。


「本当に全部上をいかれちまったな」


「流石です、マーロのあにきぃ!」


「ま、まあね」


やめてくれ、そんな目で見つめないでくれよ。

君達が褒めるほどに僕の心はダークサイドに沈んでいきそうだ。


「と、ところでスティング君、ギガンテス君はどうにかなりそうかい?」


「んああ、あの睡眠不足野郎なら任せてくれ。ちょっと疲れさせればまた寝るだろ」


そういってスティング君は渋い顔でふん、と飛び切りの笑顔を見せてくれた。

おお、やはり頼りになる男はちがう。あわよくばミミィにどうにかしてもらおうと思ってた僕とは雲泥の差だ。


「ギガンテスの野郎が、愛用の棍棒をもっていたらヤバかったが、その辺の木の棒を振り回している程度ならどうにかなる。ちょっと時間はかかるが、適当にその辺で待っていてくれ」


スティング君はそれだけ言い残して、壁にうずくまっているギガンテス君に向かってダッシュした。勢いよく加速して飛び上がりると、空中で姿勢をかけてドロップキックをかました。


バコーンと壁ごと崩落して、隣の部屋に貫通する。


「ヒャッハーーッ! こうして戦うのも久しぶりじゃねえかギガンテス!」


「ああ? 誰だおめえ、ぶっ殺すぞ!」


そしてこの世のものとはおもえない、壮絶な殴り合いが始まった。

ちなみにいっておくと、スティング君は生粋のバトルジャンキーである。

魔大陸時代のギガンテス君とは死ぬほど相性が悪い。

連続で鈍く響きわたる音は、とても人を殴ってでるような音じゃない。


ミミィは青ざめた表情でプルプルと震えて、僕の背中に隠れて離れない。


いや、君の方が強いのだから、ポディション代わってよ、と二人の殴り合いをみながら、僕はそう思うのだった。

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