第29話 パーフェクトゲーム

「野球ってなにをやるんだ?」


 「ああ、そんな難しく考えなくていいよ。適当だから」


 僕は戸惑う二人に適当にしておけばいいと伝える。

彼女達が野球を知らないのも無理はない。異世界に野球なんて存在しないからね。


 でも安心するがいい。正直いって、僕も詳しいルールなんて知らない。

ギガンテス君が、野球と思っているのは、ただピッチャーから投げられたボールを打ち返して、どこまで飛距離がでるか楽しむホームラン競争みたいなものだ。

単純にボールを投げて、打ち返す、それだけ。


ギガンテス君が、この遊びのどこに心引かれたかは分からないけど、魔大陸で会った時は楽しそうにボールを打っていた。

なら今回も満足するまで付き合ってあげたら落ち着くだろう。


 僕は、一旦ミアちゃんを安全そうな場所に避難させて、一生懸命に手頃な丸い瓦礫を探しているギガンテス君にフレンドリーに声をかける。


 「やぁ、元気かい、調子どう??」


 「うん? 誰だお前、それに後ろの女も・・・・あっ、俺様の眠りを邪魔した奴かっ! 殺す!」


 ワンラリーの会話ですぐさま殺害予告なんて物騒な真似をするのはまさに、魔大陸時代のギガンテス君のそのものだ。言葉のキャッチボールというものを知らないらしい。僕は懐かしく思い、うんうんと頷いてあげる。


「まあまあ、落ち着きなよ。どうだい一緒に野球でもしないかい?」


「野球だと!? お前野球しってのかっ!?」

 知ってるも何も、僕が教えてあげたわけだが、この際そんな些細な事は気にしな

い。

いま彼の頭の中は野生児として魔大陸を闊歩していた頃の、非文化人の人格に戻っている。


細かい事を気にしていたら全く話が進まないのは、僕が一番知っている。


「もちろんさ、僕はこう見えても、少年時代には野球部の試合で助っ人として活躍した事があるんだぜ?」


「へーそりゃすげぇや。なら俺様よりもうめぇのか?」


「ふっ、実績の上ではそうなるかな?」


 まぁ、僕の役目は臨時マネージャーとして、スコアボードに点数つけていただけだが。僕が渾身のどや顔でギガンテス君を挑発してやると、面白くなってきたぜぇと、やる気満々で燃え上がっている。その表情を見れば、既に僕らが眠りを妨げた事実が頭からすっぽ抜けているのはまるわかりだった。


ふっ、チョロすぎるぜ。今では何か言う度に屁理屈をこねる癖に、この頃の彼はなんと扱いやすい事か。


「メンバーは、僕と後ろの彼女達チームと、ギガンテス君チームの勝負でいいかい?」


「ああ、俺様は一人で百人力だ!」


もはやチームの概念すら理解していないギガンテス君は純真な笑顔で快く快諾してくれる。その無垢な姿に、やはり、彼に文明の味を覚えさせるべきではなかったのかもしれないと僕はちょっぴり後悔をした。もしかしたら僕は真っ新のキャンパスを汚していたのかもしれない。


 「ほら、君達もおいでよ!」


後ろのほうで怯えて身を寄せあっている二人を呼び寄せる。

とても嫌そうな顔をしていたが、渋々といった感じでこっちまで歩いてきた。


「おい、本当に大丈夫なのかよ?」


「まあ大丈夫じゃない? 投げて打ち返すだけだし」


「ちっ・・・俺達はお前等みたいな化け物じゃないんだ。一緒にされては困るんだよ!」


フローラが切羽詰まった雰囲気で詰め寄ってくるが、そのセリフをそのまま返してやりたい気持ちだ。僕の方こそ、誰よりも弱い弱者なんだから、もう少し気を使ってくれと言いたい。そもそもギガンテス君を覚醒させたのは僕じゃない。それでも被害を最小限に抑えようと頑張っているのだから、褒められることはあっても、責められる謂れはないつもりだ。せめてここで彼女達に活躍してもらわないと、割にあわない。


「でも私、棒なんて振り回した事ないですわ」


エミリアは僕が渡した棒をぎこちないフォームで振って、心配する。


たしかに、いかにも淑女な彼女がバットを振ってホームランを打つ姿が想像できない。どちらかといえば、男っぽい雰囲気のフローラの方が似合っている。


「うーん、じゃあエミリアがピッチャーで、フローラがバッターで決まりだな」


「え、それはなにをすればいいのかしら??」


「えっと、ボールを・・・」



「おい、俺様をいつまで待たせる気だ、殺すぞ! 早くマウンドに立て」


 二人に説明してあげようとすると、待ちきれなくなったギガンテス君がバッターボックスで構えて、早くしろと不機嫌そうに言ってきたので、僕は詳しい説明は諦めた。



「エミリアは取りあえず、アソコらへんからギガンテス君に向かって瓦礫を投げればいいだけだから、よろしく」


「え、ちょっとまってそれだけ!?」



「ほらいそがないと、また暴れ出すよ」


そういうと、イラついているギガンテス君の顔をみて、エミリアは溜息をはいて仕方なさそうにマウンドにたった。

僕は両者の準備が整った所で、試合開始の合図をする。


「プレイボーーール!!!!」


 ふんふんと鼻息を荒らしてギガンテス君がバットを構える。

エミリアはその様子に怯えながら、近くにあった瓦礫を拾い、おおきく振りかぶって────一球目、投げたっ。


流石は一流冒険者、といった感じで、僕にはその玉が速すぎて殆ど目に見えなかった。前の世界なら確実に世界を獲れるピッチングだ。

しかし、ここは異世界・・・・ギガンテス君はその目にもとまらぬ玉を、高速のフルスイングで打ち返した!


 弾き返された玉は、ピッチャーライナーとなり、エミリアの顔面スレスレを通過して壁にぶち当たり、小隕石でも落ちたのかと見間違うクレーターが出来上がってしまった。


 エミリアは震えながら後ろを振り返り、自分を掠めて通過した玉の着弾点を見ると、死んだような表情で膝から崩れ落ちて、大粒の涙をこぼした。


「無理、無理、無理!! あんなの当たったら死んじゃうっ!」


「た、タイムっ!」


僕は、僅か一投で心が折れたガラスハートのエミリアに駆け足で近づき、慰めてあげる。


「あ、諦めるにははやいって!」


「無理、あんなのかわすことも出来ないわっ!」


もしこんなところで終わってしまったら、ギガンテス君が不完全燃焼でまた暴れてしまう。悪いけど、ここは彼女に頑張ってもらわないといけない。


「諦めるな、まだ出来るって! 僕からもギガンテス君にはピッチャー返しはするなと注意するからさ!」


「で、でも・・・」



落ち込むエミリアの気持ちを無視して、さらに追い討ちをかけるようにギガンテス君が高笑いをして煽りをいれてくる。



「ガッハッハ、俺様のスイングは世界一だ。落ち込むことはないぞ、『夢にときめけ、明日にきらめけ』だっけな? ハッハッハッー」




明らかに名言の使い方を間違えているけど、ギガンテス君は機嫌良さそうにしている。このままいけば確実に、満たされて目を覚ましてくれるはずた。

僕はエミリアを懸命に励まし、なんとか立ち直らせようとする。


「どんな手段を使ってもいいから、投げきるんだ」


「ぐすっ、もう無理よ。なんで私がこんなことしなきゃいけないの?」


涙を浮かべて、理不尽に虐げられたヒロインのような顔で、エミリアが訴えかけてくるが、そんな事、僕に聞かれても困る。


元を辿れば、君達がキャンディー狂いのレズショタのせいだ。

そんな厄介なフェチを拗らせなければこんなことに成らなかったし、僕が巻き込まれて大変な思いをする必要もなかった。


 文句を言う側は僕の方だというのに、どうやら彼女達の考えでは違うらしい。


虎視眈々と様子を伺っていたのか、フローラが勢いよく走ってきてエミリアを捕まえると、脱兎のごとく逃げ出そうとした。


「走れエミリアっ、こんなのに付き合ってられるかっ!」


「で、でもミアは??」


「諦めろ! もう俺らだけでも逃げるしかねぇ」


リスクと報酬を天秤にかけたレズショタの彼女達の気持ちは前者に傾いたようだ。

短い呪文の詠唱をして、どういった原理か分からないけど、勢いよく地面を蹴ると、ポッカリ穴があいた天井に向かって、風に舞う羽みたく軽やかにジャンプした。


「うそ・・だろ、まじか」



 僕は捨てられた子犬のように彼女達を見上げて、その後ろ姿を黙って見送る。

待ってくれと、叫ぼうとした僕だったが、僕の声よりも先に野太いギガンテス君の声が聞こえた。


「ゲームセット、コールド勝ち。お前らの人生に延長戦は、いらねぇな?」



バキューン、とマグナム銃を撃ったような音で、ギガンテス君の打球が彼女達の着地点に、一直線に放たれた。

衝撃波を伴うそれは、見事に狙いどおり、絶妙なタイミングで衝突し、粉塵をあげて全てを凪払った。


 ここからでは、どうなったか詳しく分からない。

彼女達は粉々に砕け散ったのか、はたまた遠くまで吹き飛ばされてしまったのか。

ただ分かることは一つだけ。


試合放棄されて、メチャクチャに機嫌が悪いギガンテス君が僕をギラついた目で睨みつけて、いつでも振り下ろせるように棒を構えていることだ。


 「おおお落ち着け、話せばわかるっ!」


「野球を侮辱したお前らは許さん、ぶっ殺してやるっ!!」


僕は今日何度目になるか覚えていない、死の匂いを感じとり、恐怖で目を瞑った。

しかし、今回もまた僕が、死ぬことはなかった。

ギガンテス君の木の棒が振り落とされるより先に、僕の体に衝突してきたのは別のものだった。


一瞬前まで立っていた場所に、ギガンテス君の攻撃が当たり小さなクレーターが出来る。


もし、そこにいたら確実にミンチにされていたが、何者かにタックルされたお陰で奇跡的に回避したらしい。

僕は、冷や汗をかきながら、僕にしがみついている者を眺める。

そこには何故か、可愛いホビット族の女の子、ミミィが泣きじゃくりながら、震えていた。


「わ、私には無理ですぅーー、助けて下さいマーロのあにきぃ!!!」


「いや、助けて欲しいの僕なんだけど、君何しに来たの??」

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