第19話 迷推理

地下に足を踏み入れると、薄暗い部屋が一つあるだけだった。


足がふらついてるせいで、暗い階段で足を滑らせて転びそうになったが、親切なことに手摺がついていたおかげで無傷で降りることが出来た。階段を下りた所にランプがあったので、僕はそれで部屋の中を照らして様子を伺う。




特に変わった雰囲気はなく、大きな長テーブルがぽつんと、部屋の真ん中に置かれていて、その上に幾つかの紙袋が並んでいた。




「これは・・・なんでしょうか?」




コグレ警部補がその紙袋を手に取り、中身を確認すると、ハッと驚きの声をあげる。




「マーロさん、見て下さいこれをっ!」




そう言って、コグレ警部補は袋の中に入っていた物をとり出して僕に見せてきた。それは、ついさっき見た、青いキャンディーだった。




「こんどこそ、間違いなくアイスですよ! さっきのはダミーだったんだっ!」




興奮した顔で叫ぶコグレ警部補。


次々と別の袋も開けて「あった、あったここにもあるぞっ!! 大発見だ!」と喜んでいる。






その姿を見て僕はもう突っ込むのを諦めるしかなかった。




コグレ警部補とは今日出会ったばかりだが、共に時間を過ごし、会話をして、その人となりはある程度分かった気がする。そう、いうなれば・・・彼はアホの子なのだ。




非情に頑固な思考回路の持ち主で、一度こうだと決めたらテコでも動かない鋼鉄の意思を宿している。


僕が何度もキャンディーだと教えているのに、頑なにアイスと言い張るその姿勢に、もはや呆れを通り越して尊敬の念すら芽生えてきそうだ。普通の人ならアイスを手で直接触れば溶けてしまうことに気がつくのに、彼には分からない。疑う余地のない馬鹿だった。






前に、警察は選ばれた優秀なエリートだけが出世できるキャリア社会だと聞いたことがあるが、そんな彼が警部補という地位にいるのは違和感しかない。僕が面接官だったらこんな男書類審査で落とすよ。きっとコネかなにかで警察組織に潜りこんだに違いなかった。






その後も暫く興奮したおっさんを眺めさせられていると、階段の上から人の気配がしたので振り返えってみると、ガンテス君が警察官数人を連れて帰ってきた。






「おそいよギガンテュス君」




僕が疲れた顔で苦言をこぼすと、ギガンテス君は半眼でジトと睨みつけてきた。その手には水と白い錠剤を持っていた。






「ほら、これ飲みなよ」




「これは?」




「酔い覚まし」






「!?」




まさしく、僕が一番求めているものではないか!?


珍しく気の利いた事をしてくれる。僕は直ぐに受け取って、薬を水と飲み込む。すると、心地よい刺激が全身に流れて一瞬で頭が覚醒した。


「ふう、助かったよ」


僕の中でギガンテス君の評価が三段階くらい上がった気がする。害虫ニートからお手伝いニートへ昇格だ。


僕は残った薬を、へべれけのコグレ警部補にも渡して酔いを醒ませてあげる。


これで、少しはまともな思考を取り戻してくれるだろうと僕は願った。


「あ、ありがとうございます」


コグレ警部補は渡した酔い覚ましを一息に呑み込み素面にもどると、キリっとした目つきに早変わりし、出来る男の顔で僕に言った。


「それでマーロさんは、此処に本物のアイスがあることに気づいてたんですね?」


「・・・・・ソウダネ」


「やはり、名探偵はちがいますね」



・・・・駄目だった。

元が駄目な人は酔っても変わらないみたいだ。


コグレ警部補が関心し、僕が呆れていると、一人の警察官がコグレ警部補の敬礼をした。


「ご苦労さまですっ!」


「悪いなこんな時間に呼ぶんでしまって」


「いえ、これが本官の役目ですから。それでなにか分かったことはありますでしょうか?」


「ああ、これを見てくれ。アイスがでてきたんだ」


と、言ってコグレ警部補は発見したものを部下にみせ、見せられた部下は「こ、これがアイスですか」と驚いた様子で、お手柄ですねと褒めていた。



僕は二人のやり取りを聞いて、社会の大変さを思い知らされた。

明らかに違うのに、無理やりアイスと言わされている若い警察官が憐れすぎる。


僕は個人で探偵事務所をやっているから、誰かに気を遣わずとも好き勝手できるが、彼のように無能な上司がいると忖度して、黒い物を白と言わされるのが当たり前となるようだ。




その点、わが社は比較的自由だし、僕という頼れるハードボイルドな探偵がいるから部下も安心して仕事が出来る。僕は横に立つギガンテス君に、お前は幸せものだなと、アイコンタクトを送ってあげた。


相変わらず胡散臭そうな目で返してきたけど、四六時中けだるそうにしているのが彼の個性だし気にすることはないだろう。



「ところでマーロさん、前回と今回の事件で出てきたこのアイス、どうみても一人で消費する量じゃないと思いませんか?」



部下への説明が終わった様子のコグレ警部補は、テーブルに並んだ紙袋を指さして僕に質問をしてきた。


その言葉に僕は、ん? と首を捻る。


質問の意図が理解できなかった。前回とは昼間の殺人事件のことか? それとキャンディー?それが今回の事件と何か関係があるのか。そもそも、僕は昼間の殺人現場でキャンディーがでてきたことすら知らなかったよ。



僕は甘い物を口にしない主義だから人一人が消費するキャンディーの量なんて皆目見当もつかない。


とりあえず、目の前にある大量のキャンディーを全て舐尽くすのを想像してみたがそれだけで胸やけした。


「うん、これはちょっときついな」


「やはり・・・では被害者は売人だった可能性が高いですね」


「え?」


「上で見つかった偽のアイスは被害者がもしもの時に本物を隠すために用意した罠。そして犯人は殺して売人からアイスを奪おうとしたが、我々が急いで駆けつけたので間に合わず逃走。事件のながれはこんな所かもしれませんね。気になるのは売人の持つアイスを狙ったのは誰か、もしくはどこかの組織が介入して殺害したとみていいでしょうか?」


「う、うんそうなのかな?」


僕はもう酔いが覚めたというのに、コグレ警部補の言っている意味が、全く理解できなかった。なんだよ売人って。キャンディー売ってる人に謝れ。表現力がアウトローすぎるよ。


それに、コグレ警部補のキャンディーに対する評価が異常だ。キャンディーを欲しさに殺人する奴なんていないだろ。どんなヤンチャボーイだよ。キャンディー狙う裏組織とか、もう普通に買えばいいだろ。


しかし、僕の予想を裏切るように周りにいる警察官達が、そうです、その通りですと同調して頷く。


てっきり、上司に適当にはなしを合わせているだけかなと、最初は思っていたが、彼等の目は嘘を言っているようには見えなかった。しかも具体的な裏組織名の候補をいくつもあげて、真剣に犯人探しを始めた。


え、本気で言っている?


キャンディー欲しさに殺人犯す奴がいるのって当たり前なの!?


マジかよ・・・・ヤバすぎるだろ異世界。

非常識なのは知っていたけどここまでとは想像していなかった。



前の世界だったら飴をめぐり殺人事件に発展なんて言ってもふざけるなと一蹴されるだけだが、ここでは記事の一面をかざる大ニュースらしい。欲しい物は殺して奪うが当たりって前弱肉強食にも限度があるよ。なぜお金を払い買うという選択肢が一番に出てこないのだろうか。飴くらい僕が買ってあげるのに・・・


それとも、この飴が人を殺してでも手に入れたいレアなものなのかもしれない。


僕的には食べた感じ、至って普通の飴だったが、見た目はとても美しいし、美食家には喉から手が出るほどの一品の可能性も捨てきれない。


コグレ警部補たちが、ああでもない、こうでもないと話し合っていると、警察の一人が発言した。


その人は良く見ると、昼間に僕を殺人現場から追い払おうとしてきた若い男だった。


「しかし、現状証拠だけでは憶測にすぎませんし、犯人を絞るには厳しいのでは?」


「むう、たしかにその通りだ。なにか犯人を絞る良い手がかりがあれば・・・」


コグレ警部補が頭を悩ます。

すると、コグレ警部補が不意に頭をあげると、僕と目があった。


「マーロさん、あなたなら既になにか気がついているのではないですか?」


「え、いや僕はなにも・・・」


なにも無い、と言おうとしたところで、ギガンテス君が頼りなさそうな者を見る目で僕を見ていることに気がついた。


もし、ここで僕が無能にも何も知らないと言えば、どんな反応をするだろう。

ぼくはこれまで一生懸命、頼れるハードボイルドな探偵の背中を彼に見せてきたつもりだ。


それは彼が更生して自ら探偵の道を歩むように導くためだ。なのに、ここで僕が何も知らないと言ってしまえば、幻滅されてしまい、やっと事務所からひきづり出したのにまた引きこもりニートに逆戻りする恐れがある。


これまでの僕の努力がパアだ。それだけは避けたい。

だからとりあず、コグレ警部補の言葉に、適当に頭を振っておくことにした。


「ま、まあね」


「やはり!? では次なる一手はもう考えておられるので!?」


「・・・モ。モチロンさ」


「教えていただいてもよろしいですか?」


僕は自分の笑顔が固まっていくのを感じた。

よせっ、冷静になるんだ僕っ!

なにか、この状況を打開する方法があるはずだっ!


ハードボイルドな探偵なら、どんな事件も解決するできると信じてる!!!!


僕は額から流れる汗を拭い華麗なる推理を開始した。

まずは集まった情報を分析する。今回の殺人は甘いキャンディーを狙った犯人の仕業だ。キーワードは殺人、強盗未遂、大量のキャンディー・・・つまりここから導き出される答えは・・・・・・・・・・



犯人は相当な甘党!!!!

それもキャンディーが大好きだっ!! 間違いない!


そしてまだ手がかりは残されている。お菓子欲しさに人を殺すヤバイ奴だ。


もし僕が犯人なら、家に押し入って強盗なんて手段はとらない。それは僕がとても弱いからだ。逆に返り討ちになる。しかし、犯人はやった。それの意味するところは犯人は自分の戦闘能力に自信を持っているということだ。


これで大分候補は絞れてきたハズ・・・・あとは犯人を特定する方法だけだ。

そして、僕は世紀の奇策を思いついてしまった。天才すぎる。自分の才能が恐ろしい。


僕はパチンと指を鳴らして言った。



「コグレ君、急いで腕利きのパティシエを招集したまえ。そして、帝都中に宣伝するがいい、この名探偵マーロが甘党の皆さんに最高のショーをお届けすると」


「・・・・どどど、どういうことですか!? いったい何を始めるつもりです!?」


慌てるコグレ警部補に、僕はふっと笑いチッチッチとハードボイルドに指ふった。


「何って決まってるじゃないか?」


「そ、その未熟なので出来れば教えていただけると・・」


「仕方ないな。なら教えてあげよう」


僕は息を深く吸い、大声で宣言した。




「『第一回帝国キャンディー王選手権』を開催する!!!!!!!!!!!!」


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!???」



もちろん、景品は世界一のキャンディーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る