第20話 名探偵の華麗なるSHOWの準備
事件のあったあの夜の翌日、コグレ警部補に呼ばれて有名なスイーツ店の厨房へとやってきていた。
店内に入り、大きく息を吸い込むと、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。甘いのがそんなに好きじゃない僕は少し胸やけしそうな気持になった。
「マーロ、俺暇だから店に売っているケーキ食ってきていいか?」
昨夜に引き続き連れてきたギガンテス君は、どうやら甘い匂いに誘われてお腹が空いたらしい。
珍しい物でも見るような目で、近くに置かれているモンブランを眺めている。
「・・・・まあ、君の出番はいまないし好きにしたら?」
僕は適当にそう答えると、ギガンテス君は心なしか嬉しそうに厨房から出ていった。
本当は捜査に協力するのが彼の役目だが、魔界にはスイーツなんて殆どないし、帝都にきてからも僕が甘いのを食べないこともあり、こういった場所には連れてこなかった。
だから今回は大目にみて、必要な時がくるまで好きにさせることにした。
僕はギガンテス君がでていった厨房を眺める。
ここには帝国中から集められた大勢のパティシエが集結している。もちろん全員がコンテストで賞をとるほどの腕利きばかりだ。彼らは『第一回帝キャンディー王選手権』の景品をつくる為に試行錯誤を繰り返していた。
僕の指示に警察が急いで集めた・・・らしい。
らしいというのも、コグレ警部補たちは徹夜で段取りをつけて文字通り不眠不休で働いていたみたいで、僕はその間疲れていたので事務所でぐっすり寝ていた。
たしかに事件のあった夜に、コグレ警部補には急いでパティシエを集めたまえと言ったが、いくらなんでも早すぎる。
だから事務所に僕を迎えにきてくれた警察官を見た時、部下に無理やり社畜根性を押し付けるコグレ警部補のブラックさに呆れてしまった。モンスター上司にも程がある。人を巻き込んで茨の道を突き進むのも大概にしてほしい。
けれど、僕がこの規模の人を動員しようとすれば準備だけで数日はかかったハズ。
それを警察はたった一日で、いや半日でここまで出来るのだから感心しかない。
急遽呼び出されて来た職人たちがせっせと汗を流し働く姿をみていると、やはり国家組織には敵わないなと、つくづく思い知らされる気分だった。
だが僕にとって幸運なことに、今回は何故か僕が指揮官となってこの巨大組織を操ることが許されている。普通だったらありえないが、事件担当のコグレ警部補が僕に絶大な信用を抱いているのが功を奏した。
本当、人生どう転がるか分からないものだが、間違いなく流れはこちらにきていた。時代がついにハードボイルドな探偵に追いつこうとしているのは間違いない。
これは我が探偵事務所が抱える問題を一挙に解決できるチャンスだ。
理由はしらないが、何故か警察達は今回の事件に力を注いでいる。この危険な異世界なら殺人事件なんてしょっちゅう起きていそうなものだが、僕にはそんなの関係ない。
大切なのは警察組織がこの事件に注目しているという所にあるっ!
もしこの事件を華麗に解決することができれば我が名声はおおいに高まることだろう!
そしたら依頼がザックザク、お金もザックザクだっ!
だから、この大舞台は絶対に失敗が許されない。
僕は自分で考えた作戦第一回帝キャンディー王選手権を必ず成功させる必要がある!
優勝者の景品は世界一と銘打ったキャンディーだ。飴の為なら殺人もいとわないクレイジー奴だ、必ず飛びつくに決まっている。
そして大勢の参加者の中から犯人を炙りだす!
なーに、とても簡単なことさ、犯人の特徴は既に、この名探偵の手の中にあるっ。
しかも僕には誰にも喋っていない第2の作戦も用意してある。
それは大会の表彰式で犯人を壇上にあげて、観衆の面前で犯人の悪事を暴き劇的な逮捕を演出することだ。
さすれば人々は僕を絶賛し、その日の夕刊には僕の写真が一面トップに載る事だろう!!!
ふふふふふふ、完璧だ、恐ろしすぎる。ぼくは自分の才能に恐怖すら感じるよ・・・
僕が今後の予定を企てていると、パティシエの渋いおっさんがキャンディーを持って話かけてきた。
「マーロさん、とりあず試作品が完成しました。これでよろしいですか?」
「ほう、どれどれ味見を・・」
ぼくは世界一美味しいキャンディー(仮)を口に入れてもごもごと舐める。
何度も口のなかで転がして味を確かめていく。
「うーーーーーーん」
「ど、どうでしょうか」
「どうっていわれてもねぇ」
そもそもよく考えたら世界一美味しいキャンディーって何だ?
不味いキャンディーはともかく、美味しいキャンディーに差とかあるのだろうか?
もっと一口でこれは世界一だっ!!と言えるものが欲しい。
「もっとインパクトが欲しい」
「い、インパクトですか、具体的にはどのような?」
「そうだな・・・口の中に入れた瞬間に脳が飛び散るような衝撃的ななにかだ」
「そ・・・それはもう劇薬では?」
僕の要望にパティシエのオジサンは頭を抱えてしまう。やはり、世界一とは簡単に目指せるものではないらしい。
僕もどうしたものかと、考えていると脳の中に光るものを感じた。
そうだ、そうだよ、僕はもう知っているじゃないか!!!
口の中に入れた瞬間に脳が飛び散るような衝撃的なインパクトをもつ味を!!!!!
「コグレ氏ぃぃぃ!!!」
僕は厨房の片隅で会議をしていたコグレ警部補に大声で伝える!!!
「今すぐここに連れてきてほしい人がいるんだが頼めるかい!?」
「は、はいっ! どなたでしょうか!?」
「ふふふふ、決まっているだろ? 「CAFE・BAR スミル」のマスターさっ!」
◇
ふて腐れた顔で警察に連行されてきたスミルのオーナーを僕は歓迎した。
「やあ、マスター!! よく来てくれたっ、待っていたよ!」
「お、お客様、これはいったいどういう事で?」
「ぜひマスターがつくる最高のカクテルの味をこの人達に教えてあげて欲しいんだ!!」
僕がそういうとバッッチンっ、と自転車のチューブがちぎれたような音が聞えた気がした。何故かマスターが頭を抑えてしゃがんでいる。
「ど、どうしたのマスター?」
「い、いえ。ちょっと頭に血流が・・」
「高血圧なのか、健康には気をつけたほうがいいよ」
「くっ・・・き、気になさらずに」
腕のいいマスターが倒れてしまったら、帝都から素晴らしいBARが一件きえてしまう。僕は本気でマスターの健康を心配してしまう。
僕がマスターのスペシャルドリンクのことを褒めると、パティシエのオジサンもマスターに是非教えて下さいと頭を下げる。
「お願いします、教えてくれませんか?」
「とんでもない! あんな毒・・・」
「毒?」
「あっいや、あんな独特なものきっとお気にめしませんよ!!!」
マスターが謙遜して断ろうとしている。
だが僕は確信している。世界一のキャンディーをつくるのはマスターのスペシャルドリンクの味しかないとっ!!
僕の人生で口に入れた瞬間に脳が飛び散るような衝撃的を受けたのは、後にも先にもマスターのスペシャルドリンクだけだろう。ここはぜひとも協力してもらいたい。
首を決して縦にふろうとしないマスターにコグレ警部補も必死におねがいする。
「マスターさん、これには警察の威信もかかっているのです。どうかお願いします、この通り!!!」
「ちょ、頭をあげて下さい!! わ、分かりました、協力しますっ」
「本当ですかっ!? では早速レシピを教えていただきたい!!}
「承知しました・・でも・・」
そういってマスターは僕のことをちらりと見つめてオロオロと戸惑う。
どうしたんだ? と不思議に思ったが名探偵の僕にはすぐ理解できた。
ははーん、なるほど、どうやら、マスターは僕に手の内を見せたくなくて恥ずかしがっているのだな?
気持ちはよくわかるぞ。普段からマスターのドリンクに驚かされている常連の僕がレシピを知ってしまうのは、マジシャンがマジックの種を見破られるに等しい。
だから僕は気を使って言った。
「僕は離れた所で完成を待つからできたら教えてくれ」
一人だけ、席を外して部屋の端で待機をする。
するとマスターは安心した様子で皆にレシピを教えはじめたようだった。
「ポイズンスネークの肝!?」
「ブラッドベアーの睾丸だとっ!!」
「麻痺ネズミの腎臓まで・・・これはもう劇薬じゃないかっ!?」
全員がレシピを聞いて驚きの声をあげている。驚き過ぎて腰を抜かすものまでいた。
いったいどんなレシピか気になるが、僕の所までは何を言っているのか分からなかった。
だが僕は自信をもっていえる。
マスターのレシピを参考につくったキャンディーは間違いなく世界を制すると!!!!
◇
・・・・・・・・・・・・こうして職人たちの昼夜を問わない共同作業により、大会景品のキャンディーは完成された。そしてついに『第一回帝キャンディー王選手権』の幕があがる!!!!!!!!!!
えっ? 完成したキャンディーの味見? そんなのしてないよ、僕はマスターの腕を信じてるからねっ!
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