第18話 名酔理2
悲鳴を聞いて駆けつけてみれば、女性が頭から血を垂れ流して死んでいた。
頭には銃弾が貫通したような跡があり、部屋の中を見渡たすと、壁に穴が開いている。
魔弾、もしくは拳銃で頭を撃ち抜かれて殺されたようだった。
女性の躰に触れてみればまだ暖かい。直前まで生きていた証拠だ。
楽しく酒を飲んで騒いでたら、まさかの展開すぎて驚く。
真の名探偵には事件が向こうから勝手にやって来ると言うが、なにもこんな時に来なくてもいいじゃないか。この世界に慈悲は無いのか?
僕は初めて自分が名探偵なのを憎んだ。
ハッキリ言って酔っ払い過ぎて、僕は立っているのもやっとだ。
それはコグレ警部補も同じで、尻もちをついた後、何度も立ちあがろうとしているが、いまだに尻もちをついている。
「ま、マーロしゃん、とりあえず急いで応援を呼ばないと」
呂律が回ってないコグレ警部補が、床に這いつくばったまま懇願する表情で僕に言ってくる。僕だって直ぐにでもそうしたい所だが、立っているだけでやっとだし、コグレ警部補は立ててすらいない。僕等の移動速度で警察を呼びに行ってたら何時になるか見当もつかない。僕はただ一人まともなギガンテス君に業務命令を下す。
「ギガントゥス君、急いで警察を呼びにいってくれたまえ」
「・・・別にいいけど、労働時間外だし俺はそのまま帰っていい?」
ギガンテス君の質問に、僕は呆れてヤレヤレと頭を振り、大きく息を吐いた。
「事件を解決しゅるまでは、探偵に休みなんてにゃいのだよ。分かったかい?」
キリっと、僕がどや顔で言うと、コグレ警部補が流石ですマーロしゃんと褒めてくれた。彼もハードボイルドな探偵についてだいぶ理解度を上げてきているようだ。やるじゃないか。
もし、警察を追い出されたら僕の探偵事務所で雇ってやらんこともない。
社畜の彼ならギガンテス君と違い一生懸命働いてくれるだろう。
それと、ギガンテス君の質問は大前提から間違えている。
もし君が先帰ったら、僕はどうやって家に帰るというんだい?
こんな危険な異世界で路上で寝ろと? 間違いなく死ぬよ。
「さあ、はやくいくんだ」
「はあ、いってくるよ」
ダルそうに外に出ていくギガンテス君を見送り、僕は満足して頷く。
これで、待っていればその内、応援が駆けつけてくるはず。
とりあえず、それまで捜査を進めておくかと、事件現場をながめる。
捜査をするときに大切なのは固定概念に囚われないことだ。
木を隠すなら森の中と言うように、普段なら見落とす所に、重要な情報が隠されている可能性がある。
どんな些細なことでも見逃さないように、常に状況を俯瞰して見るのが鉄則だ。
その鉄則通り、僕は現場を俯瞰で見て、あることに気がついていまった。
いま、ここにいるのは、立っているのもしんどいハードボイルドな探偵と、床を這いつくばっている警官・・・・・・そして、頭を撃ち抜かれた死体。
想像以上にカオスな状況だった。
まともな人が誰もいない。もしかすると、ギガンテス君を行かせてしまったのは間違いかもしれない。てか、100パー間違いだよ。
誰でもいいから、人を捕まえて警察を呼んでもらうべきだった。僕等二人では捜査どころじゃない。現場を匍匐前進するだけで終わってしまう。
善良な市民が偶然この光景をみたらなんと思うか。僕だった間違いなく通報する。
既に状況が詰んでいると悟り、僕は諦観の想いでふっ、と自嘲の笑みをこぼした。
すると、コグレ警部補がハッと驚いた表情で僕をみつめる。
「ま、マーロしゃん、何か分かったのですかっ! アナタにはどこまで見えているんです!?」
相も変わらず絶大な信頼を寄せてくるコグレ警部補の言葉に、僕は返事をしかねた。
どこまで見えているかと言われれば、一寸先も怪しいレベルだ。酔っ払いすぎて視界がグルグル回っている。
僕が何を言えばいいのか答えあぐねていると、沈黙が彼の琴線に触れたのか、自らの震える足を叱咤して立ちあがり、僕に飛びかかってきた。
「どうして何も教えてくれないのですっ!? 私が・・・私が頼りないからでしゅかっ!?」
「お、落ち着きなよ、誰もしょんなこと言ってないじゃないか」
僕は襟を掴まれて転びそうになる。
至近距離で熱く喋りかけられても、急な怒り上戸に意味不明だ。
とりあえず、揺さぶられ胃の中身がこみ上げてくるから離れて欲しい。
僕がハードボイルドじゃなければリバースしているところだ。
「私だって役にたってみしぇますっ!!! だから、教えて下さい。 この連続殺人の裏には誰がいるのか、被害者と麻薬の関係、あやしい宗教も、わたしにゃさっぱり分かりましぇん」
「は、
「
お互いに言葉をぶつけ合うが、全くかみ合わない。
僕は酔っ払いが、酔っ払いの言ってることを理解するのは不可能だと知った。
このままじゃ埒が明かないから、僕はしつこく突っかかってくるコグレ警部を振り払い、水を一杯飲んで落ち着こうと炊事場に逃げだした。
勝手に使うのは忍びなかったが、グラスを一つ頂戴して水を汲む。
「ぷはー、いきかえるよ」
水が全身に染みわたり清涼な気分になれる。
もちろん、誰よりも空気が読めて、気づかいの出来る僕はコグレ警部補にも飲ませてあげる。これで彼も少し落ち着いてくれるだろう。
そこで、僕はいいことを思いついた。
この家のどこかに、酔い覚ましの薬があるかもしれない。
僕はここが異世界なのを失念していた。
魔法やらドランゴンなどがいる世界なんだ。
飲めば体力が回復し傷が治るポーションあるし、酔いが一発で覚める薬だって普通に売っている。
僕は普段あまり使わないが、お酒飲みの家には常備されているくらいメジャーな薬だ。この家にあっても、おかしくない。
僕は水を飲んでいるコグレ警部補に教えてあげる。
「コギュレ氏、もしかしたら良い物が見つかるかもしれないよ?」
「良い物でしゅか?」
僕は薬が入ってそうな場所をさがす。
大きな棚があったので、引き出しを開けてみた。
「お、これはビンゴですね」
中には、薬らしき物が入っていた。
複数の紙袋が並べられている。
開けてみると、小さいザラメのような青い結晶が沢山入っていた。
これかなーと僕は首を傾げる。記憶ではもっと粉末状で色も白かった気がする。これは、なんていうか・・・砕いたキャンディーみたいだ。
けど、薬なんて見た目じゃわからない。
飲んでみるのが一番だ。酔い覚ましなら一発で覚めるはず。
僕は発見したものをコグレ警部補にも見せてあげる。
「ほら、あったよ!」
「っ! これは!?」
コグレ警部補もこれが欲しかったのだろう。
多分、酔い覚ましの薬ぽいやつをみて、物凄く驚いている
酔いを飛ばして早くまともな思考回路にもどさないとまずいことになる。
「では、いただきまふ」
僕が、薬を一気に飲もうとすると、慌てた様子でコグレ警部補が僕の腕を掴んで静止させる。
「マーロしゃん!? それは『アイス』ですよっ!?」
「ふぇ? これがアイスなわけないでしょ?」
100歩譲ってもキャンディーだ。
なんで真夏に棚からアイスクリームがでてくると思ってんだよ。溶けるにきまってんだろ。酔い過ぎにもほどがあるよコグレ警部補。本当にヤバイ薬でもキメてるのかもしれない。
「どこからどう見ても『アイス』じゃないですかっ! そんな量飲んだらマーロさんでも死んじゃいましゅよ!?」
必死に説得してくれようとしてるが、キャンディー飲んで死ぬとか馬鹿にしすぎだ。
いくら僕といえキャンディ―に殺されるほど、弱くないぞっ!?
そりゃ、時には街を歩く女よりひ弱な僕だが、子供が食べるお菓子にまで負けたつもりはない。もし本当ならこの世界のキャンディー化け物だよ。
「マーロしゃん、冗談でも『アイス』を飲むなんてやめて下さい!」
「だから、これは『アイス』じゃないってば」
「それを渡してくだしゃい!!」
もうダメだこの人。酔っ払い過ぎて馬鹿になってるよ。
キャンディーとアイスの区別もついてない。
コグレ警部補が僕から無理やり青い結晶を奪おうとしてきたが、もう面倒くさくなって素早く全部、自分の口に放り込んだ。
「ま・・・マーロしゃん?」
いまにも失神しそうな顔でコグレ警部補が僕をみている。
「だ、だいじょうぶなんでしゅか?」
「あーー、やっぱりこれキャンディーだよぉ」
棚にはまだ沢山あったので、僕は、ずっとアイスと言い張るコグレ警部補に『食べてみな』と渡してあげた。
とても、戸惑っていたが、ビビりながら、一番小さな粒をつまみ襲る襲る口に運んだ。
「ほ・・・本当だ。これは『アイス』じゃない・・信じられない・」
「いや、あたりまえでしょ」
むしろ信じられないのは、こっちの方だ。本気でアイスとキャンデー間違うとか気が狂ってる。けど、分かってくれたなら僕は十分だ。
しかし、コグレ警部補は、限界まで目を剥いて、また僕にしがみついてきた。
「どどどうして、これが『アイス』の偽物だと見抜いたのでしゅか?」
「・・・・・・・・・・・」
前言撤回、彼はなにも分かっていなかった。
なんだよ、アイスの偽物って。キャンデーだって言ってんだろ。
どんだけ自分の間違い認めないつもりだよ。アイスに執着しすぎて怖い。
ミミィもここまでアイス、アイス言わないよ。
そもそもアイスの偽物ってなに?
まさか、酔っているとはいえ、コグレ警部補の視野がここまで狭いとは思わなかった。このままでは、キャリア社会の警察で、彼の出世は難しいだろう。
いつか行き過ぎた思想で不祥事を起こすの未来が容易に想像つく。
彼に足りないものは余裕だ。朝から晩まで働くのを悪いと言わないが、時に息抜きするのも大切。一夜ともに酒を飲んだよしみだ。僕が一肌ぬいで出来る大人の余裕を教えてあげようじゃないか。
僕は壁を背に立ち、コグレ警部補に向かって言った。
「コグレ氏、大切な事を教えてあげよう」
「!? いったいなんでしゅか?」
「いいかい、捜査ってのはいつだって柔軟にしゅべきなんだ。そうすれば新しいことが見えてくる。その為には無駄な力を抜いてリラックスするんだ、こんな風にね」
僕は全身の力を抜いて、壁にもたれ掛かる。
はあー、と深呼吸して、いかにもリラックスしてますと、アピールをする。
立っているのも辛かったので、壁にべったり背中をくっつけていると、とても楽ちんだ。
このまま目を瞑ったら眠れそうな気すらする。
すると、僕は背中の部分に変な出っ張りを感じた。
折角、気分良くなっていたのに、不快きわまりない。とても邪魔だ。
仕方なく、もぞもぞ姿勢を変えようとすると、不意に、酔っているせいで足がふらついて壁の出っ張り部分を強く押してしまい、カチっと何かがハマった音がした。
そして、僕が出っ張りを押すと同時に、壁の一部がゴゴゴゴゴゴと地面に沈み始めた。突然なにが起こったのか理解できず、僕は言葉がでなかった。驚きすぎて無表情で壁を眺める。
壁が無くなると、そこには地下に続く階段が現れた。
「ま、マーロしゃん、こ、これが私に伝えたかった大切なことですか・・・?」
「あー、うんそうだね」
僕はもう、酔いとコグレ警部補の言動、謎の怪奇現象で頭が混乱し、全てがどうでもよくなった。ハードボイルドな探偵でも、ここまで追い詰められると些事を投げるしかない。
破れかぶれに、とりあえず探偵っぽいセリフを吐いてごまかせばいいやと、コグレ警部補に渾身のキメ顔で言った。
「コグレ警部補、僕が証明してあげよう。 真実はいつも一つだということをね」
そして僕は開き直る気持ちで地下へと続く階段に足を踏みだした。
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