第17話 名酔理

 『CAFE・BAR スミル』




マスターに頼んだスコッチを飲み、僕はここ最近、溜まりに溜まった愚痴をギガンテス君にぶちまけていた。


アルコールもよくまわり、そろそろお開きかな? と思っていたところで顔を真っ赤にしたコグレ警部補が現れた。




 「マーロさんっ、貴方の言う通りでした! 自首は偽装ですっ、犯人はまだ捕まっておりません」




 ・・・・え?


僕の言う通りって、僕なにか言ったけ? 全く記憶にないんだけど。




僕は、興奮した表情で突然訳のわからないことを口走るコグレ警部補が心配になる。


顔も真っ赤だし、酔っているのかな。大丈夫、この人? 危ない薬とやってないよね?




謎に冷めやらぬコグレ警部補を落ち着かせる為、とりあえず座りなよと、僕は空いている席をすすめた。




「まあ、まあ、落ちちゅきなよ。顔も真っ赤だし飲みしゅぎだよ?」




「いえ、顔が赤いのは走ってきたからで酒は勤務中なので飲んでおりません」




「へ、そうなの? それはごくろうだねぇ」




こんな時間まで勤務とか、この世界の警察は相当ブラックじゃない?


過労死してからでは遅いし、労働基準見直したほうがいいよ。




「マ、マーロさんこそ、事件の途中だと言うのに、そんな飲んで大丈夫なんですか?」




「へ?・・・まあ、だいじょうぶじゃないの?」




「大丈夫とは、どういった意味で? 今日はもう事件は起きないということですか?」




コグレ警部補が真剣な眼差しで聞いてくる。


・・・・いや、そんな事聞かれても僕に分かるわけないだろ。真面目な顔してなんてこと聞いくるんだ、この人。この広い帝都で、いつ、どこで事件が起きるなんて僕が把握してると思う?




そもそも、今日事件が起きないと確信するまで酒を飲めないとか矛盾している。


今日事件が起きないと確信できるのは、今日が終わってからだ。そしてまた新しい今日が始まる。


この人、自分のロジックに雁字搦めにされ過ぎて、一生酒を飲むタイミングを逃していることに気がついていない。




警察の人間がこれでは、街の市民も安心して暮せないと、僕は考えてしまったが、ハッと自分の間違いに気がついた。




これは、コグレ警部補が悪いのではない、警察組織の深い、深い闇なのだ。


朝早くから、夜遅くまで社畜のように働かされて気が狂ってしまったのかもしれない。


そうでなければ、大の大人がこんなアホな事言うハズがない。




不足な事態に備えて、準備をするのを駄目とは言わないが、いくら何でもやりすぎている。


警察にそうあれと教育をされたのだろうが、朝から夜遅くまで血眼で事件が起きるのを待っているなんて正気の沙汰じゃない。




少しはギガンテス君を見習ったほうがいい。


コイツはどんな時でも、リラックスして事務所でころがっている。




僕はコグレ警部補を正しい道に戻してあげることにした。


これでは片意地はりすぎていて、捜査もままならないだろう。




「とりあえじゅ、一杯飲んでリラックスしにゃよ。休める時に休みゃないと」




「つまり、今日事件は起きないということですか?」




うーん、もう夜も遅いし、起きないんじゃない?


うん、起きないよ。確率の問題だ。あと数時間もすれば日付が変わるし、その間に重大な事件が起きる可能性があるか、ないか、といえば、間違いなく事件がおきない可能性の方が高い。






「事件はおきにゃいから、安心してのみなよ」




「マーロさんが言うなら、そうなのでしょう。分かりました一杯いただくとします」






この人、初対面なのに、なんで僕に絶大な信頼を抱いてるのだろう。


洗脳されやすぎじゃない? だから警察にコキ使われるていると気づいて欲しい。




僕は戸惑いながらもマスターを呼ぶ。




仕事が出来るマスターは、呼ぶとすぐに来てくれた。




「みゃすたー、ちょうもんをいいかい?」




「お、お客様。もうだいぶ酔っていることだし、帰ったほうがいいのでは? それと、毎日、毎日こなくても帝都には私よりも優れたバーテンダーが沢山いるのでそちらも行ったほういいかと?」




「はははは、相変わらずみゃすたーはジョークがきいてるなぁ」




僕は声をだして笑ってしまった。




マスターより腕が良いバーテンダーがゴロゴロいるわけがない。


それに店のオーナーが他の店をすすめる理由がある筈がないので、ジョークにきまっている。


僕も日々、気の利いた文句をノートに書き留めているが、マスターの足元にも及ばないな。




「心配いらにゃいよ、みゃすたー。探偵てのはどんなに酔ったとしてみょ、冷静な思考はうしにゃわないのだから」




「ほう、流石はマーロさんですな」




コグレ警部補が関心したようすで頷いている。


どうやら見る目だけはあるようだ。




マスターはそんなコグレ警部補を信じられないような目で見ている。






「コギュレ警部補、ここのカクテルは最高なんだ。ぜひ店一番のスペシャルカクテルを飲んでほちい」




僕がマスターの腕を褒めたたえると、どこからかブチンと太い血管がキレたような音が聞えたが気のせいだ。




「では、私にはそれを頂けますかな?」




「も、申し訳ございません。ただいま在庫切れでして、他のものでもよろしいでしょうか?」




「そうか、残念だ。ならギムレットをお願いします」




「あ、俺はウイスキーボトル一本と鳥の手羽先追加で10人前」




これまで気配をけして寡黙にチキンをくいながら酒を飲んでいたギガンテス君が、ここぞとばかりに注文する。無尽蔵の胃袋だ。




コグレ警部補にはマスターのスペシャルカクテルを飲んで欲しかったが、仕方ない。


あれほあれほどのものだ。売り切れるのも頷ける。




僕等三人は新しい酒がきたので、乾杯を交わす。


グラスとグラスがぶつかる音は、いつ聞いても心地がいいものだ。






「しかし、マーロさんは昼間の事件をどうやって見抜いたのです?私にはさっぱり分からないのです」




「んん? 昼みゃの事件? なんのこと?」




「またまた、とぼけても無駄ですよ。全てマーロさん予想通りだったじゃないですか」






昼間の事件と言えば、あの犯人の自首したやつだろ?


あれは、僕が見抜く前に既に見抜かれた事件だった。何一つ役に立ってないんだが?




コグレ警部補酔うのはやすぎん?




だが、ここは酒の席。


いちいち指摘するのは野暮というものだ。






「そうそう、全てはこの名たゃん偵、マーロさんに掛かれば解けない謎はにゃいのだよ」




「流石です、帝国一の名探偵は伊達ではありませんな。ぜひご教授願いたいものです。いまも酔っていても頭の中は冷静沈着に様々なことを考えているのでしょう?」




「ま、まぁね」




理由はわからないが、コグレ警部補が全力でよいしょしてくれるので、僕も全力でその波に乗ることにした。うん、うんと頷くだけで、これ以上ないくらい褒め称えられる。




・・・悪い気分はしない。




酒がいつもの三倍美味く感じられる。飲むペースがガンガンにすすむ。






「私もマーロさんのように、男になりたいものです。憧れとはこのことを言うのですね」




「コギュレ警部補だってコツさえ掴めばいい所まで行くと思うにゃー」




「ははは、わたしなどマーロさんの足元にも及びませんよ」






なんだろ・・・・この久しく忘れていた感情は。




失っていた探偵としての自信がもりもり蘇ってくる気がする。




天使、コグレ警部補は小太りの天使かなっ!?




僕の自尊心をヒールする聖属性の天使だ。






「本当に今日は予想外でした。まさか自首してきた男が真犯人の用意した偽装で、しかも被害者が実は裏組織につながる人物であの『アイス』を所持していたなんて。それに、あやしい宗教との存在。ぜんぶマーロさんの言う通りだとは」






「うん?、まあ余裕かにゃ?」






 もう僕はアルコールがまわりすぎて、コグレ警部補が言ってることが一ミリも理解できなかった。




とりあえず気分があがって、僕はコグレ警部補にもっと飲みなよと。次々に酒を進めていく。




その後も、僕等はお互いのことを褒め合い遅くまで酒を酌み交わすのだった・・・























僕等が店をでる頃は、僕もコグレ警部補もへべれけに酔っ払い、前後不覚になっていた。




コグレ警部補なんて赤いポストを僕だと思い込んで話かけている。




「ミャーロさんは流石だなぁ。私にゃんてゴミですよぉ。聞いてまふ?マーリョさん??」




大の大人がとる行動として、見るに堪えなかったので、僕が注意する。




「ちょっと、コギュレ氏ぃ、それ僕じゃないよ、恥ずかしいからやめなしゃい」




「マーロ、話かけてるそれゴミ箱だよ」




「ふㇸ?」




ギガンテス君に言われて、僕が見直すと、さっきまでコグレ警部補がいた場所に青いゴミ箱が置いてあった。瞬間移動かな? この世界ほんとなんでもありだな。




「あ、ミャーロさんいつの間にそんなとこに移動したんでしゅか? 流石名たゃんていですね」




「コグレ氏こそ、目にもとみゃらぬ速さだったよ」




僕等はお互いに抱き合い、意味もなく笑う。


なんで笑ってるか分からなかったが、とりあえず笑った。




そんな空気に水を差すようにギガンテス君の大きなため息が聞こえる。






「俺、先に帰っていい?」






「なーにをいってるんだ君ィ!」






コグレ警部補がギガンテス君に突撃する。


しかし、自力の違いでビクともしない。




「いいいぞコギュレ氏っ! そのまま押し倒せ!!」






僕が特等席で二人の相撲を見ていると、十二時を過ぎたのか、周りの店の明かりが一斉に消えた。




すると、きゃーー!!!と叫ぶ女の甲高い悲鳴が聞こえた。






「マ、マーロしゃん今の声は?」




「向こうから聞こえた。いしょぐぞ!!」






僕と、コグレ警部補は声の聞こえた方に全速力で走り出した。


しかし、二人とも千鳥足で走れども走れども全然前に進めずに、僕はポストに衝突し、コグレ氏はゴミ箱に頭から突っ込みひっくり返った。






「ぎ、ギガンテス君!!」



「はあ、仕方ないなぁ」






ギガンテス君が僕とコグレ警部補を抱えて声の所に駆ける。

景色が流れるように過ぎていき、薄暗い路地に面した家のところで降ろされた。




「多分この家だね」




窓から明かりが漏れていた、その家は夜だというのに、施錠どころか無防備に僅かにドアが開いていた。




恐る恐る、僕等はドアを開けて中に入る。






そして、家の中で倒れている女性をみつけた。






「き、君ィ、だいじょぶかね!?」




コグレ警部補が慌てて駆け寄るが・・・・






「し、死んでいりゅ・・・」




「・・・・・・・」






予想外の展開すぎて、僕はもともと回ってなかった頭の回転が完全に停止した。






「ま、ましゃか、連続殺人とはこのことだったのでしゅか?」






コグレ警部補が僕に聞いてきた。




なんの話か分からなかったが、飲んでいるときにコグレ警部補の言うこと全てに頷いていたせいで、反射的に頷いてしまった。






「そんなぁ。今日はもう事件は起きにゃいと言ったのに・・」




僕は無言で、この家にあった時計を指さした。




コグレ警部補は僕が指さした時計をみて、驚愕の表情を浮かべて尻もちをついた。




「日付はもう変わっているのだよ。コギュレ警部補」




「・・・・そんな馬鹿にゃ・・」




その夜、僕らは前後不覚のまま捜査を始めるのであった・・・


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