第16話 その称号は伊達じゃない
マーロが去った殺人現場。
真夏だというのに、冷たい冷汗が流れるのをコグレは感じていた。
名探偵マーロの噂はこれまで何度も聞いてきた。
ホビット族の里を単身で救っただとか、裏組織を一夜にして壊滅に追い込んだなどと、そのどれもが眉唾なものばかりだった。だから、初めてその話を聞いた時、コグレはまったく信じていなかった。どうせ、尾ひれのついた噂にすぎないと。
だが、少年時代をともに過ごし、同期として警察に入った友人のアルメール・バンティスから探偵マーロの話を聞いて、その考えを改めさせられることになった。
コグレにとって、バンティスは誰よりも信頼できる男だ。
警察内部での評価も高い。
警察組織には明確なランクというものがある。
一般的な、街を巡回し治安維持に努めている警察は、重い前科さえなければ、比較的簡単になれる。
しかし、上の階級になるには、そうはいかない。
難題と言われる数々の試験を通過できたものだけが、狭き門をくぐることを許される。
若くして警部補という階級を得たコグレも、厳しい試練をクリアし、エリートの仲間入りを果たすことが出来た。
だが、コグレは自分のことを特別だと思っていない。
周りにはもっと優秀な凄い人達がいることを知っていたからだ。
アルメール・バンティスがその一人だった。
麻薬捜査本部に勤められるのは選び抜かれた人だけだ。
優れた洞察力を持ち、強靭な精神力と行動力が必要とされる。犯罪組織に狙われることも暫しあるので、自分の身を守る戦闘技術も欠かせない。
そんな厳しい環境でも、バンティスはメキメキと頭角を現し、数々の功績を残していた。
自分には無い物を持っているバンティスを見ると、コグレは同期の華として誇らしい気持ちになる反面、羨ましいとも思うのだった。
そんなバンティスがある日、とても興奮した様子でコグレの前に現れた。
なにかあったのかと話を聞いてみれば、とある探偵のことをベタ褒めしていた。
それこそが、マーロだった。
あのプライド高いバンティスが、マーロには敵わないと嬉しそうに語るのを聞いてコグレは信じられない想いになった。
一等星のように光輝いてみえた男が、潔く敵わないと評価する探偵とは何者なんだと。
バンティスは、コグレと酒を酌み交わす度に、まるで自分のことのようにマーロのことを自慢してきた。
その光景は、コグレが自分の部下に、同期のバンティスのことを自慢しているときの情景と重なった。
憧れていた男が憧れる存在。
羨ましい、コグレは素直にそうおもった。
決して自分では届かない存在。もし自分がそこまでいけたらどんなに気持ちのいいことか。
しかし、コグレは自分の才能を理解していた。
所詮、凡人は天才には敵わない。諦めるしかないのだ・・・。
でもせめて、一度この目で彼の捜査を見てみたいと願っていた。
そして、その瞬間は思いがけず、唐突にやってきた。
自分が担当する現場にマーロが現れたのだ。
コグレは興奮した。ぜひ一緒にと、捜査協力お願いした。
殺人現場に案内し、被害者の情報を説明する。
本当なら、ここで憧れてた名探偵の推理力をみたいところだったが、残念なことに事件の犯人は既に捕まっている。
折角の機会だが、仕方がない。今回は接点を持てただけ良かったと、自分を納得させたコグレは、マーロに犯人は既に自首していると伝えた。
しかし、マーロの反応は予想外のものだった。
「そんなの嘘だ・・・たしかにあの怪しい宗教の婆さんは・・・」
信じられないっ、といった表情をしてマーロは頭を抱えて俯いてしまった。
その後も、『馬鹿な・・あり得ない・・』などと、なにかを考えてるかのようにブツブツ独り言をつぶやく。
急にどうしたんだと、コグレは困惑する。
あり得ないとは、なにがあり得ないのだろうか。
それに犯人が自首してきた言ったら、そんなの嘘だと返されてしまった。
嘘な筈がない。犯行で使われた凶器だって回収したのだから。魔法による鑑定で殺すのに使われたナイフで間違いないと証明までされている。
・・・なにを考えているんだ?
コグレは、マーロの様子をみて不安になる。
もしかすると、名探偵にしか見えないなにかがあるのだろうか?
大変なことならなければいいが・・・
しかし、その予感は的中した。
マーロがボソッと言った言葉を、コグレは聞き逃さなかった。
――――――連続殺人
(あ、あり得ないっ、あり得るわけがないっ!!!!)
コグレは動揺を隠せなかった。
いくらなんでも暴論すぎる。既に犯人は捕まってるんだ。
犯人が捕まった以上、事件はもうおきない。もし、別の殺人事件が起きたとしても、それは別件だ。
今回の事件とは関係ないはず。
なにかの勘違いだと、コグレはマーロに聞き返そうとしたが、マーロは突然、一緒に連れていた大男の背に乗り出してしまった。
もはや、コグレの混乱は最高潮に達した。
マーロはひとしきり、部屋の高い場所を確認したあと、『ここにもう用はない』といって立ち去ってゆく。
コグレは、慌てて追いかけようとするが、マーロをのせた大男は、信じられないような足の速さで駆けていき、あっという間に見失ってしまった。
結局、不穏な言葉を残すだけ残して置いてかれた。
コグレは嫌な冷汗が止まらなかった。
嘘、怪しい宗教、そして連続殺人事件。
本当に今回の事件に関係があるのだろうか。
もしかすると、自分が勝手に勘違いして、深読みしているだけなのでは? と、コグレは考えた。
しかし、ただの勘違いで済まされるほど、彼の異名は安くはなかった。
「・・・帝国一の・・名探偵・・」
コグレは急いで先ほどまでの、マーロの行動を思い返す。
(そういえば・・・一番最初、ずっと何かを探してる様だった)
慌てて犯行の行われた現場を数人の部下にも命令して捜索する。
だが、暫く探しても、あやしいものは見つからなかった。
やはり、ただの勘違いか? そう思案していると、そこで、コグレはマーロが大男に乗って高い所をしきりに見ていたことを思い出す。
(待てよ? もしかすると・・・)
コグレは近くにあったテーブルに乗り辺りを見回す。
「・・・・信じられん・・本当にあった・・」
それは、小さな魔法陣だった。
食器がしまわれている棚の上に、見えにくいが、たしかに描かれていた。
それは余りにも不自然だった。
普通にしていたらまず見えない場所だ。
完全に見逃していた。今回はすでに犯人が捕まっていることもあって捜査が甘かったようだ。
コグレは、テーブルを棚に寄せ、懐からルーペをとり出してその魔法陣を観察する。
それは、ごく一般的な魔法陣だった。どこにでもある収納の魔法。
冒険者がよく使うもので、魔法陣にアイテムをしまうことができる。
ただ、しまえる量はとても少なく、手入れも大変なため、家で使うにはあまり用途がない。
あるとすれば・・・・それは見られたくない物を隠すためだ。
コグレはごくりと唾を呑み込み、緊張の面持ちでその魔法陣に魔力を通した。
魔力が流れ、魔法陣が次第に輝いていく。
そして、十分な量を送りこむと、小さな箱が現れた。
注意深く箱の中身を確かめる。
中には、沢山の小さな紙袋が敷き詰めて入っていた。
コグレは一つ手に取り袋をあける。
「っ、これは!?」
でてきたのは、青い結晶だった。
コグレは部下に命令をとばす。
「急いでこれを鑑識に持っていくんだっ! それと本部に要請を飛ばせ。捜査の人員を増やして容疑者が、犯行時にとっていた行動を徹底的に調べ直せ!!」
指示をだされた部下達は蜘蛛の子が散るように動きだした。
その様子を見送り、コグレは疲れた様子でテーブルに腰をおろす。
噂だけならコグレも聞いたことがあった。
最近、裏社会で騒がれている新型の精神興奮剤があると。
見た目は透きとおった青色で、その美しさは青い氷のようだと呼ばれ、つけられた名前が『アイス』。
さっきのが『アイス』なのかは鑑定の結果がでないと分からない。
もし、コグレの予想当たっていれば、今回の事件はたんなる殺人事件でなくなる可能性がある。
もっと、闇の深いものだ。
コグレは、マーロの言っていたことが現実になる気がして背筋が震えた。
あの人は、どこまで見抜いていたのか。
コグレは新たな報告がくるのを待ちながら、悶々とそのことについて考えを巡らせていた・・・・
⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅
日が暮れて、夜になっても捜査は続いていた。
コグレの元には続々と新たな情報が舞い込んでくる。
その度に、コグレは信じられない気持ちでいっぱいにだった。
まず、発見された青い結晶は本物だった。
そんなものを殺された一般の女が持っているハズがないので、なにかしらの裏事情があるのは明白だった。
次に、自首してきた犯人だが調べた結果、おかしな点が多すぎた。
まず、鑑識が調べた女の死亡時刻は午前4頃と判明した。
だが、その時間、犯人は自分の自宅付近にいるのを目撃されていた。近所に住む人達の証言だ。
犯人の家と、被害者の家は相当離れている。
つまり、午前4時の犯行は不可能に近い。魔法などの特別な手段があれば別だが、犯人には高度な魔法を使う知識がないのも分かっている。明らかに嘘をついている。恐らく協力者か、他に犯行を行った者がいる。
そして殺された女だが、どうにもきな臭い噂ばかりが、聞こえてくる。
なんでも、色んな人に声をかけて、怪しげな宗教の勧誘を行っていたらしい。それと、最近妙な婆さんが良く家を出入りしてたとか。
嘘、あやしい宗教、婆さん、そしてアイスの隠されていた場所。
すべて、マーロが見抜いてた通りだとコグレは戦慄する。
信じられないが、ここまで的確に言い当てられると信じる他ない。
しかも、マーロが言っていたことはこれだけじゃない。
連続殺人が残っている。
それがいつ、どこで起こるのか、コグレには想像もつかない。
もしかしたら、いまこの瞬間に事件は起きようとしているかもしれなかった。
それを防ぐには、もう一度マーロに会いに行くしかない。
朝から働きづめでへとへとだったが、やめるわけにはいかなかった。
コグレはマーロを探しに夜の帝都を駆けずり回るハメになるのだった・・・・
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