第13話 動き出した事件簿
いつの世も人は人を殺す生き物だ。
平和な家庭、夜の歓楽街、薄暗い路地裏。殺人鬼は日常の生活に紛れ込んで静かに息を潜めている。
人がなぜ人を殺すのか・・その理由は常人には図り知れないが、探偵はその謎をことごとく解き明かし、真実を見つけるのが仕事だ。
あの、謎の婆さんが言っていた、この街のどこかで起きた殺人事件。
それを求めて僕はギガンテス君を連れて探し回っていた。アメリス帝国の首都に位置するワンシントンの街は広い。
この異世界でも有数の人口を誇る大都市だ。闇雲に行動しても目当ての殺人事件はどこにも見当たらない。
だからこそ、街の人々に聞き込みしているのだが・・・・
「うん? 殺人事件なんてしらないね。悪いが他をあたっておくれ」
そういって、露店で果物を売っているおじさんは、商売の邪魔だとばかりに手を払い僕達を追い出した。
かれこれ数時間、色んな人に聞いてみたが、皆同じ回答だった。殺人事件がおきていれば誰かしら知っていると思っていたのに最初からつまずいている。
「マーロ、連続殺人なんてどこにもないじゃないか、暑いし、おれもう先に帰ってもいい?」
ギガンテス君はだるそうにして文句をこぼしたが、彼は環境が厳しい魔大陸でも生きて行ける体なのだ。嘘にきまっている。普通に帰りたいだけだ。
というか君、むかし沸騰した温泉にはいって生活してたよね?
僕は君が良い温泉があるから付いて来いと言って、死にかけたのを忘れてないぞ。
この世界にきて初めての温泉だったから舞い上がってしまい、ダイブしようとしたらお湯が沸いていた。あやうく死ぬところだった。その時、僕と魔族の常識がいかに違うかを思い知らされたものだ。
だが、ギガンテス君の言う通り、空を見上げれば、真夏の青い空と太陽の強い陽射しが容赦なく降り注いでいる。今日は特別暑い日だ。この気温で何時間も歩いていれば帰りたくなる気持ちもわかるが・・・
「だめだ。これは遊びじゃない、探偵としての仕事なんだ」
「仕事って誰からも依頼されてないじゃん。完全に趣味だと思うんだけど」
ギガンテス君は呆れた声をあげて、近くにあったベンチに座り込んでしまった。ちょうど木陰に隠れていることもあり、僕も陽射しから逃げるように、ベンチに腰かけた。
「いいか、君は探偵というものを何もわかっていない。これは父の受け売りだが、たとえ依頼人がいなくても目の前に事件があれば、その謎を解きたいと思うのが探偵というものなんだよ」
「はあ、なんでもいいけど本当に殺人事件なんて起きているの?」
「婆さんがいってたじゃないか。最近怪しげな殺人事件がおきたって」
「それがそもそも怪しいよ。あの婆さん頭おかしかったし。それにおかしいじゃないか殺人事件がおきたのに街の人は誰も知らないし、新聞にだって載ってないんだよ? きっと適当な嘘でもついたんじゃないかな」
そんな馬鹿げたことがあるか。
あの婆さんはたしかに怪しさ満点だったが、ぼくの探偵としての勘はごまかせない。
この街のどこかで事件はきっとおきている。むしろないと困る。でないとわが社は経営難で倒産する。
しかし、いかんせん手がかりとなるものが掴めなかった。どうしたものかと考えていると、小さな路地にヤニスが歩いているのが見えた。
もしかしたら、情報屋の彼ならば何か知っているんじゃないかと、僕は声をかけた。
「おーい、ヤニス!」
ヤニスは気がついた様子で、あっマーロの旦那っといって小走りでちかづいてきた。
相変わらず痩せ細った体で、犯罪者然とした恰好で周りをキョロキョロと見回す。見方によっては小動物のようで非常にコミカルな動きだ。
「どうしたんですか旦那」
「いやーじつは情報を集めていてね」
僕はヤニスにこの街のどこかで殺人事件がおきてないか聞いてみた。すると、彼は驚いて流石旦那、耳がはやいですねーと感心する。
「なに、ではやはり人が殺されたのか!?」
「ええ、東ブロックの住宅街で」
やはり僕の感は間違っていなかった!
僕は誇らしい気持ちでギガンテス君を見ると、信じられないような表情をして固まっていた。
ふふふ、これが探偵としての実力の差って奴やつかな。
「ふふふ、ギガンテス君。これが連続殺人のはじまりさ」
「そんな馬鹿な・・あれは婆さんのたわごとじゃ・・」
悔しがっても無駄だ。真の名探偵には事件が向こう側からやってくるものなのさ。
「しかし、マーロの旦那よく知ってましたね。俺なんてさっき知ったばかりなのに。いつ頃からきづいたんです?」
いつ頃とかといわれると難しいところだと思う。いま知ったともいえるし、直観的感覚では婆さんと会った時ともいえよう。でもあえて言うなら今朝かな。探偵には直観がとても大切だしね。
うん、間違いない。僕が殺人に気がついたのは今朝だ。
「今朝かな」
「け、今朝ですかっ!?」
ヤニスはポカーンと口を開いて驚いてしまった。
いつものことだが彼はリアクション芸人かな?いつも僕を笑わせようとしてくれるのはありがたいが、毎回こうもオーバーリアクションされると彼のコミュニケーション能力に不備でもあるのではと疑ってしまう。
情報屋として優秀なのは間違いないが、もしかすると人付き合いが苦手なのかもしれない。
僕は今後の彼の人生が心配だ。ただですら病的で怪しい見た目なんだから注意しないと何かの拍子に冤罪をかぶせられて捕まってしまう可能だってある。
彼にはいつも助けてもらっているから、もしもの時は僕が一肌脱ぐのもやぶさかではない。
「ヤニス、もし身の危険を感じるようなことがあれば我が探偵事務所が力にあろう。その時は遠慮なく言ってくれたまえ」
「・・・・・え」
「もう現場にむかうとするよ。体には気をつけるんだよ? では!」
そして僕等は殺人現場へと急行するのであった。
⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅⚂⚃⚄⚅
ヤニスはマーロの凄さを、あらためて見せつけられた気がした。まさかあそこまで情報を集めていたとは驚きだ
自身も情報屋として働いてきたが、とても敵わないとヤニスは思った。そして先ほどまでのやり取りを思い返す。
以前、マーロから、あの新型精神興奮剤「アイス」を麻薬捜査官のアルメール・バンティスに渡したと聞いた。
それを聞いた時、これは大事件になると予想して、ヤニスは出来る限りの情報を集める為、行動した。
裏社会の人間から、つながりのある警察まで、ありとあらゆる伝手を使った。
そして、「アイス」を流通させている疑いのある奴を複数名みつけることができた。
証拠がないので、絶対とはいえないが、限りなく黒に近い人もいた。
いつか尻尾をだすと踏んでマークを続けていたが、最も疑わしいとされていた人物が殺されたという情報を、ヤニスは賄賂を握らせていた警察から掴んだ。
確認のため、自分でその現場も見たが間違いなかった。昼頃に発見されたらしく、見たところ死後数時間ってところだった。
これは何かが動き始めたぞと、とりあえず情報を整理しようと自宅に帰る道中にヤニスはマーロに出会った。
聞けばマーロも殺人があったことを知っているようだった。
自分は情報屋としてかなり非合法な伝手も使って情報収取しているというのに、マーロは独自のルートでそのことを知っているらしい。
流石だなと、ヤニスはとても感心した。もしかしたら自分と一緒で警察関係者に協力者でもいるのかなと思い、軽い気持ちで聞いてみたつもりだったのだ。
「いつ頃きづいたんです?」と。
そしたらとんでもない答えが返ってきた。
「今朝かな」って。
その時の衝撃は、はかりしれないものだった。
ありえないっ、そんなこと不可能だ! 今朝だって!?
あまりのことに、固まってしまった。
ヤニスが情報を仕入れたのは昼頃、事件を発見した警察からのタレこみだ。
つまり、マーロは警察が気付くよりも先に、殺人事件が起きていたのを知っていた事になる。
そして遺体が死後数時間だったこと踏まえると、恐らく、殺人がおきた時間は・・・・今朝だ。
ぶるりと背筋が凍る感覚をヤニスは感じる。
つまりマーロは被害者の死後直後、もしくは死ぬ前から殺人が起きることを知っていた?
いやいやいや、やっぱりあり得ない。そんなの犯人でないと分かりえないことだ。
そんな芸当が出来る者がいるとすれば神か悪魔に決まって・・・・だがヤニスは、彼が巷ちまたなんて呼ばれているかを思い出した。
「帝国一の・・・名探偵・・」
その言葉の本当の意味を、ヤニスは初めて理解した気がした。
これまで名探偵マーロの噂はいくつも聞いたことがある。
どれも眉唾なものばかりだったが、それが全て真実なら・・・
ヤニスの耳にマーロが捨て台詞のように言い残した言葉がこだまする。
「もし身の危険を感じるようなことがあれば我が事務所が力になろう。その時は遠慮なく言ってくれたまえ」
あの言葉の意味。
もしかすると自分も命を狙われているということだろうか? ヤニスは不安になる。
大いにあり得る話だ。そもそも今回の火種たる「アイス」をマーロに渡したのは他でもない自分自身なのだから。
それにマーロの旦那は言っていたじゃないか、ギガンテスさんとコソコソ話していてよく聞こえなかったが、確かに『連続殺人』だと。きっと、これから第二、第三の被害者がでるはずだ。
そう思うと、急に怖くなってきた。
ヤニスは、マーロの旦那の言う通りに、素直にマーロ探偵事務所の力を借りることにした。
(あそこなら、俺が敬愛するスティングの兄貴がいるからな。兄貴より強い奴なんて冒険者を含めても俺は知らない。きっとなんとかなるだろう)
そしてヤニスは駆けるように、歩きなれた裏路地にきえていった。
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