帝都殺人事件!? 引きこもり相棒とハードボイルド
第12話 やる気ゼロの相棒
ミミィと一緒にケルベロスを見つけてからもう数日がすぎた。
相変わらず僕の自慢の探偵事務所には逃げたペット探しの話しかこない。1件だけ別の案件もきたが、確認すると、どぶさらいをして欲しいとの依頼だった。
みんなはハードボイルドな探偵を街の便利屋かなにかと勘違いしているらしい。
僕は冒険者じゃない、誇り高き探偵なのに。
ムシャクシャして、依頼書をぶち破ろうとしたが、よくみると報酬が思いの外よかったので、今回はミミィに一任して放置した。これも従業員を抱える探偵事務所の経営者として仕方のないことだった。
ハッキリ言って我が社の経営事情はカツカツだ。
依頼は安いペット探しの仕事ばかりだし、実入りいい仕事は殆どない。
そのうえ所属する社員に払う給料を考えると仕事を選り好みする余裕は皆無。
ミミィには悪いと思うが、故郷の家族へおくる仕送りは自分で稼いでもらわないと。
ここ最近は理想とは程遠い探偵生活を過ごす毎日だ
そのせいもあり、僕ときたら昼間はペット探しで街中を歩き回り、夜になればやけ酒で酔っぱらう日が続いている。
この前なんて酒場で飲んでいたら、以前捕まえたペット泥棒の犯人と出くわして死にかけたよ。なんでも軽犯罪あつかいで、すぐに釈放されたらしい。
ふざけるなっと、僕は声を大にしていいたいっ!
僕からしたらどいつもこいつ凶悪犯だっ!
むこうにその気がなくとも、魔法とかで強化された拳で殴られたら僕は死んでしまうんだぞっ!?
警察は常に僕をボディーガードするべきだと思う。そうすれば未来におきる殺人事件を未然に防ぐことができるとはずだ。
仕方がないことだとは分かっていたが、あらためて自分がこの世界ではどうしようもない程、非力な存在だと自覚させらてしまう。
僕が憧れ、愛したミステリー小説に出てくる探偵達はいつだって、自分の力でピンチを乗り越えて真実へとたどり着いてみせる。僕はそんな男を夢みて探偵になったのに、この世界ときたら化け物みたいな奴ばかりだ。
魔法なんて非科学的で超常な力があるせいで、公園で遊びまわってる子供が僕より強いなんてことがザラにある。ガキ大将クラスなら僕なんて間違いなくワンパンだね。
子供に負けるハードボイルドな探偵なんて笑えない。それでも、僕がこうして探偵を続けている理由は矛盾するようだが僕がハードボイルドな探偵であるからだ。
物語にでてきた探偵たちは、いつだって前だけを見て突き進んだ。彼等のゆく道には、辛く悲しいものばかり転がっていて、どうしようもない毎日だ。時には、人生に折り合いをつけないと、生きていけないこともある。
それでも、諦めず立ちあがり続けるのが探偵というもの。背負っている信念をまげることは決してしない。ハードボイルドな探偵って奴は、格好悪くたって諦めず前に進まなければいけない。
だからこそ、僕はこんなくそったれな世界でも必死にしがみついて生きてやると誓った。
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目を覚ますと、ジンジンと鈍い痛みがメリーゴーランドみたに頭の中をクルクルと駆け回った。昨夜は飲み過ぎてしまったようだ。
二日酔いがひどい。事務所のソファーで酒を飲みながら寝てしまったらしい。目を覚まし時計をみると午前の8時過ぎだった。
僕は目覚まし代わりにコーヒーを飲もうと起き上がる。すると、隣のソファーに人の気配を感じた。振り向いてみれば、でかい図体をした魔族が優雅に足を組んで、新聞を広げてコーヒーを嗜んでいた。僕は朝からとても気分が悪いのを見てしまったと後悔する。その後も無言で睨み続けたが、魔族の男は微動だにせず、新聞を読み耽っている。
何も反応がないので、たまらず僕は声をかけた。
「おい、僕にもコーヒーをいれてくれ」
「·····」
話かけても、まったく動く気配がない。この距離で聞こえてないはずがないので、意図して無視してることは確定だ。
「聞こえてるだろ、返事くらいしろよ」
「はあ、コーヒーくらい自分でいれなよ」
大男はそういうと、立ちあがって棚にしまってある来客用のクッキーを取り出すと、またソファーに座って食べ始めた。
僕は発する言葉を見失い諦めの溜息を吐いて、大人しく自分でコーヒーをいれた。二日酔いだというのに、朝から余計頭が痛くなる。目覚めのコーヒーを口に含み、僕はその男を眺める。
茶色く焼けた肌に、ごつごつと筋骨隆々な体。二の腕だけで僕の足よりも太い。頭髪はなく、つるつるとした頭にはいくつもの傷跡が残っている。そのいかつい体とは対照的に顔付きは可愛らしく、くりくりと大きな目が特徴的。
この偉そうに踏ん反り返ってる大男は、このマーロ探偵事務所に所属しているギガント族のギガンテス君だ。僕もそうだが、彼はこの事務所の空き部屋に住んでいる。
もともとは、魔大陸とよばれる危ない地域で、コシミノ一丁でこん棒を振りまして暴れてた奴だったが、昔あったあることがキッカケで僕がひろってきた。
いまでは我が探偵事務所で僕の探偵補佐として一応働いている。
一応というのは、こいつは根っからのめんどくさがり屋で、まともに働いている所を殆ど見たことがないからだ。
ほぼニートといっても過言ではない。今ではこの事務所に巣くう害虫といって差し支えない。だというのに、朝からブランル国産の最高級コーヒーを飲み、あまつさえ来客用にと事務のリーゼさんが用意していたクッキーをつまんでいる。
「おい、そのクッキーは来客用のものだ。食べたければ自分でかってこい」
「そうしたいところだけど、金がないから無理だね」
「給料ならこの前渡したはずだ」
記憶を掘り返すまでもない。たしかについ先日、皆には給料を支払ったはず。
「ああ、あれなら昨日レース場ですったよ」
「なんだと!?」
「というか、あんな額じゃとても給料なんてよべないよね。俺ってこの事務所では最古参なのに、新入りのミミィより給料が低いとかさ、笑えないよね。超ブラックって感じでさ文化的じゃないよ」
そうのたまいギガンテス君は僕が大切にしている葉巻を懐からとりだして、火をつけてふかしはじめた。
なんで僕の葉巻がお前の懐にあるだとか、給料が低いとか、よくコシミノ一丁で歩き回ってた奴が文化的じゃないとか言えるなと、ツッコミたいことが山ほどあったが、僕はその言葉を呑み込んだ。
本当はギガンテス君の顔面をひっぱたいてやりたい気持ちでいっぱいだったが、どうせ僕が殴ったところで、ダメージなんてはいらないので我慢した。そんなことをしても虚しくなるだけだ。
ギガンテス君は給料が低いというが、それはコイツが働いてないからで、さらにいえば慈悲で金は渡しているし、無償でこの事務所に住まわせているから文句を言われる筋合いは一つもない。
むしろこいつが我が社の社員の給料を底下げている要因なんだが、なのにこの言い草。僕は、今までギガンテス君の暴挙をわざと見逃していた。それは、いつか彼が自ら改心してかわってくれると信じていたからだ。
彼にはそのポテンシャルがあった。
元々は劣悪な環境の魔大陸で、こん棒とコシミノ一丁で洞窟に一人ですみ、獲物を狩って暮らしていた男だ。あの頃のギガンテス君はギラギラと目をひからせていた。僕はコイツを磨きあげればすごい奴になると思った。探偵の相棒としてこいつ以上はないと。
だから僕はともに行動して、探偵として懸命に働く僕の姿を見せれば、彼もハードボイルドな探偵に憧れて同士として活躍してくれると信じていた。
それがまさかこんな文明人気取りの腑抜けに育つとは・・・
こいつときたらアメリス帝国について文明的な生活を覚えたとたんに、転げ落ちるように堕落してしまった。これが世にいうニートの子を持つ親の気持ちというやつだろうか。
僕はこのままでは駄目だと、無理やりでもギガンテス君に仕事でも振ろうと、いま抱えている仕事の中で、いいものがないか脳内で検索する。
だが悲しいかな、まるで使い道がなかった・・・
いっそのこと無償でバンティス君にでも貸し出してやろうか。最近は裏組織を追いかけてるみたいだし、コイツ体だけは頑丈だから弾除けくらいにはなるだろ。
僕がギガンテス君の使い道を考えていると、事務所の扉をノックする音が聞えた。
どうやら来客がきたみたいだ。
僕は崩れた服装を軽く整えてドアを開くと、そこには会ったこともない婆さんが立っていた。
「ああ、どうもはじめまして貴方がマーロさんかい?」
「はい、捜査の依頼ですか?」
黒いローブを纏い、いかにも魔術師ですといった格好をした婆さんは首を横に振った。
よく見ると、首からは熊の手みたいな形をした金属のネックレスがぶらさがっていた。
「ではどういったごようですか?」
「じつは、以前あなたをお見掛けしまして、その時あなたから死相が見えたので心配で、きてみたのですよ」
婆さんはそういうと、人が好さそうな笑顔を浮かべた。
「・・・・え?」
僕はあまりにも唐突のことで驚きを隠せなかった。
出会い頭から、こんなぶっ飛んだ婆さんがいるわけがないと思い、目を擦ってもう一度みてみたが、まだそこにはニヤニヤ笑う婆さんがいた。
「あのーー、悪戯ですか?」
「悪戯なんかじゃないよ。私には神の声が聞こえるのさね。貴方には死のサインがでている。はやくお祓いをしないと、とんでもないことになるよ!」
婆さんは首にさがっている怪しげなネックレスをしわくちゃな手で握りしめて詰め寄ってくる。
「最近、怪しげな殺人事件起きたでしょう? あれはきっと神様があたえた罰なんだよ。このままではアンタも同じ目にあうよ。どうだい、これから私達の教会で集会があるからきて・・」
「あーー、ごめんなさいそういうのお断りしてるんで他あたってください」
僕は身をのりだしてこようとする婆さんを押し込んで扉をしめた。
強引に閉めたせいか、婆さんが大声で、この背信者め! 呪われろ!! と叫んでいるのが聞えた。
暫く叫んだあと、婆さんは扉を蹴っ飛ばしてどこかに去っていったようだ。
とんでもない婆さんだ。
「はあー、今日は厄日だな。朝から頭が痛くなることばかりだ」
そう愚痴をこぼすと、ギガンテス君が僕の肩を叩いて「まあ、そんな日もあるよ」とフォローするように言った。
お前もそのひとつなんだよとイラッときたが、ギガンテス君は自分でいいことでも言ったつもりなのかニヤニヤと笑っている。腹立つ。
しかし、あの婆さんはなにがしたかったのか。
宗教の勧誘だろうけど、あんな誘い方では誰もついていかないだろうに。
まあ、どんな風に誘われても僕はいかないけどね。
僕は神なんて、いるかどうか分からないものを頼ろうと思わない。いたとしてもそれは確実に僕の敵だ。
こんな世界に無理やり連れられてきた時点で恨みこそあれど、敬う気持ちはこれっぽちも湧かない。
死相がどうとかも言われたが、そんなのは僕からすればいつものことだ。
僕なんて吹けば飛ぶ一葉のごとく、ちょっと強い奴にこづかれただけで死んでしまう自信がある。
あんなイカた婆さんに言われるまでもない話なのだ。
はあ、それにしても今日は本当にろくなことがない。
本当に呪われているんじゃないかと思う。
だがしかし! 転んでもただでは起きないのが探偵というものだ。
不幸中の幸いといおうか。僕はとてもいいことを思いついた。
あの婆さんは耳よりな情報を残してくれた。
「ギガンテス君! 喜びたまえ、仕事の時間だ」
「え?」
「婆さんが言っていただろう、街で怪しげな殺人事件がおきていると! 僕の直観が騒ぐのさ。これは連続殺人のはじまりにすぎないとね」
怪しげな殺人事件。
つまり普通じゃないってことだ。不可思議な殺人事件ってのは得てして連続殺人へとつながるものだ。
もし僕がこの事件を解決すれば報奨金もたんまりはいるし、この探偵事務所の評判もうなぎ登りだ。
そうなれば、この財政難も突破できるに違いない!!!!!
僕はギガンテス君の返事を待たずに急いで準備を整えて、嫌がる彼を連れて事件の香り漂う街へと飛び出した。
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