第11話 幕間マーロとの出会い
ミミィがマーロと出会ったのは、ホビット族の里だった。
ミミィの故郷は自然豊かたな場所だ。
争いがなく、一人一人がのびのびと暮らせるのどかな田舎で、平和な日常をみんな当たり前のように暮らしていた。
そんなホビット族の里で、ある日、里の近くにスリーピーラットの群れが、巣をつくってるのが発見された。里のみんなはバケツをひっくり返したような大騒ぎになった。
スリーピーラットといえば大陸を群で移動する危険なモンスター。その習性は獰猛で口に入るものなら何でも食べてしまうといわれている。
ベテランの冒険者ですら恐れるモンスターが近くにいては里が滅びるのも時間の問題と思われた。
子供のミミィも大人達の慌てように顔色を青ざめさせて、恐怖で家からでられなくなったのを覚えている。
このままではまずいとホビット族はすぐに帝都に助けを求めた。事情を聞いた帝国は二つ返事でうごいてくれて、凄腕の冒険者チームと一人の男を里におくってくれた。
ミミィは帝国から助っ人がきたと聞いて、好奇心を押さえきれずどんな人達がいるのか里の広場を覗きにいった。
そこにいたのは、大きな肉体をもった厳つい男数人と、スーツにハットを被って明らかに場違いな格好をしたヒョロヒョロの男がいた。
これがミミィとマーロのはじめての出会いだった。
ミミィの印象では、マーロはやる気無さそうにあくびをして少し不貞腐れているように見えた。
里のピンチだというのに、呑気にあくびなんてとマーロに対して不信感が湧き、落ちていた小石を投げつけてやろうとしたが、母親にとめられて諦めざるを得なかった。
ミミィだけではなくホビット族のみんなは、モンスター相手に何故探偵を送ってきたのか、帝国の判断に疑問を抱いた。
しかし、ホビット族はその意味をすぐに理解することになる。
マーロという探偵は異常だった。
スリーピーラットをみつけるやいなや、大きな麻袋をホビット族に用意させ、ひまわり畑で種を収穫しろと指示をだした。
里の危機なのに、悠長に農作業をする暇なんてないと抗議したが、結局、帝国がわざわざ送ってきた探偵ということでミミィも含めホビット族はしぶしぶヒマワリの種を集めはじめた。
マーロは目の前に並べられたヒマワリの種でパンパンにつまったを麻袋を見て満足そうに頷くと、おもむろにひとつ選んで背負った。
その光景を見ていた誰もが、そんなふざけた装備でどう戦うつもりなのかと思った。馬鹿にされてるんじゃないだろうかと。
だが、マーロは皆が予想を裏切りはるか斜め上の行動にでる。
なんと武器を一切持たずヒマワリの種が入った麻袋だけをひっさげスリーピーラットに近づいていったのだ。
しかも、あろうことか頬に傷がある一番凶悪そうなボス格と思われる個体の前に仁王立ちし、話しかけはじめた。
死んだ・・・・ミミィはそう確信した。
だがすぐにミミィは知ることになる。自分の存在がいかに矮小でちっぽけであるかを、世界というのがどこまでも広いことを。
ボス個体に一方的に話かけていたマーロは、あろうことかいきなりボスのからだをワッシャワッシャと撫でだした。顎の下、耳の裏、ふっくらとしたほっぺたを隙間なく触る。
マーロの意味不明な行動に混乱してボスは硬直してしまう。
それに慌てたスリピーラットの群れがボスを救出すべくマーロを取り囲んだが、無駄だった。
マーロは余裕の笑みを浮かべて、麻袋からヒマワリの種をとりだしてふるまいはじめたのだ。
スリピーラットの群れに混乱が広がった。
殺してやろうとした相手から優しく撫でられて食べたこともないものを無理やりくわされる。しかもそれがなんと甘美なことか。
端から見ていたミミィにもわかった。あの凶悪なスリピーラットが目をクリクリさせてヒマワリの種を幸せそうにかじりついてるのが。
スリピーラットは肉食だ。
ヒマワリなんて普段は進行の邪魔だと踏み潰して通るのに嘘のように貪り始めている。
驚いて固まるミミィに冒険者たちの話し声が聞こえてきた。
「馬鹿な・・・肉食のスリピーラットがヒマワリの種をたべるなんて。そんなこと帝都の学者ですら知らないぞ」
「しかも、見ろあの幸せそうに食べる姿を。もしかしたら猫にとってのマタタビのように、ヒマワリの種には酩酊効果があるのかもしれない」
「・・・・・・・・・・これが噂に名高い、生きとし生けるものをあまねく知りつくすアニマルサーチャーの実力か」
みんなの驚きようなど、どうでもいいように、マーロはボス個体にまた話しかけその大きな背中に登って股がった。
そして馬を操る騎士のごとく、巧みにスリピーラットをのりこなし、ミミィや冒険者の前までやってきた。
「ここは探偵である僕に任せてくれたまえ。数日で彼らにはここから離れて別の地へいくように誘導しよう。もちろんもう里には近づかないように躾もきちんとしておく」
と言ってマーロは優しくボスの頭を撫で、これまた器用に踵を返し群の方へとひきかえしていく。
あまりの光景にホビット族と凄腕といわれた冒険者達すら絶句している。
すると、群れに戻ろうとしていたマーロがあぁ忘れてたと呟き、スリピーラットを停止させてゆっくりと顔だけ振り向いた。
「依頼の報酬はバーボンで頼むよ。琥珀色の女神をたっぷりと用意しておいてくれ」
それだけ言い残し、マーロはハットのつばに手をあて、また後で会おうと、今度こそ群の中へ戻っていく。
マーロが去った後、沈黙がその場を支配したが、マーロが最後に残した言葉の意味を理解したとき、沈黙の独裁は熱狂的な歓声に打ち破られた。
すべてのホビット族がもろ手をあげて絶叫する。
誰もがマーロの言葉に胸を熱くし、マーロの高尚な人格者としての品格を感じとることができた。
普通、スリピーラットの群など、危険指定されているモンスターの討伐や撃退は多額な報酬が約束される。
金貨何枚になるか、ミミィには想像できないほどだ。
当然ホビット族の小さな里でそれほどの量を用意するには、なにかしらの無理をしなければいけない。
しかし、マーロは言った。
「報酬はバーボンで」
この意味を理解できないものはホビットの族の中にはいなかった。マーロは里の現状を見て、貰って然るべき報酬の権利を放棄したのだ。それも、まるで気にするなと言わんばかりの余裕の態度で堂々と。
まさに英雄。ホビット族の救世主。
ミミィも周りの人達と同じで、徐々に遠ざかるマーロの後ろ姿をみているだけでドキドキと高鳴る胸の鼓動をかんじていた。
カッコいい。なんてハードボイルドな人なんだ。
頭が火照ってぼーとするミミィの隣で、よく一緒に遊ぶ男の子がポツリとつぶやいた。
「かっこいい、マーロのあにきぃ」
ミミィがその子の方を向くと、男の子と目があった。
「ミミィもそう思うでしょ?」
「・・・・・・うん、マーロのあにきぃはかっこいぃ」
数日後、宣言どおりマーロは戻ってきた。
ホビット族は最高のおもてなしで迎え入れ、帝都から急いで取り寄せたバーボンを好きなだけふるまった。
マーロは命がけの任務の報酬を蹴った後とは思えないほど終始上機嫌で、嬉しそうにバーボンを飲んだ。
時折、酔っ払ったせいなのか、「ハムスターを愛でただけでこの歓迎ようとは、つくづくこの世界は理解できないな」と意味不明なことをいっていたが誰も気にしなかった。
そして、マーロが帝都に帰るとき、ミミィは里の意向としてマーロについていくことになった。
ミミィがマーロに、あにきぃみたいにかっこよくなりたい! と言ったら、すぐに了承してくれた。
ミミィはマーロに「同士として迎え入れよう、だが探偵への道は長く辛いものだぞ」といわれたがよく意味が理解できなかった。
別に探偵になりたいわけじゃなくて、マーロのあにきぃみたいに人格者でかっこよくありたいと思っての発言だったが、一緒に連れてってくれるなら、そんなささいなこと気にならなかった。
それにミミィは特別なホビット族だからいずれはマーロのあにきぃの力になれるハズ。
ミミィの家系はホビットでも特殊で大人になれば身長も伸びるし、力だってつく。
だから、精一杯努力してマーロのあにきぃの助けになれるよう頑張ろうとミミィは決心したのだった。
☆
そして現在。
ミミィはマーロに頼まれて街のどぶさらいをやらされていた。
「うわーーー、くさいよぉ。マーロのあにきぃ~助けてくださぃ~!!」
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