第14話 犯行現場
首都ワンシントンの土地はいくつかの地区に分かれている。
有名なレストランやブランド店が並ぶ商業地区、帝国政府の本部がある行政地区。
他にも、セレブや貴族が住まう場所や、多彩な娯楽がある繁華街など、地区ごとにその形は様々だ。
その中でも、圧倒的な面積を占めるのが、いわゆる一般階級の人が暮らすエリアだ。
大きく分けると、東西に分かれていて、多くの住民が生活をしている。
そして、今回事件がおきたのは東地区にあるごく普通の民家だった。
レンガ造りの寂れた建物の出入り口を、制服をきた警察官達が何度も出たり入ったりを繰り返していた。
気温が高いせいか、みんな汗をびっしょりかいて制服が滲にじんでいる。
一生懸命に働いているのが伝わってくる。ギガンテス君にも見習ってほしいところだ。
彼等の勤勉な姿を見て、僕は日本にいた頃によく目にしたサラリーマンたちを思い出した。
朝から満員電車に乗り、働いて、夜になれば仕事の同僚たちと居酒屋で酒を飲む。
そんな普通の生活を送る人達。なんでもないような光景だが、思い出すだけで、僕は懐かしい気持ちになった。
この世界で生きていくと決めた時から覚悟をしたつもりだったが、ふとした瞬間に感傷的になってしまうのは、仕方がないことなのか、それとも僕の覚悟が足りなかった故なのか。それは分からない。
かつてシャーロック・ホームズが言った言葉が僕の胸に突き刺さる。
『運命はなぜこうも弱い人間に悪戯をするのだろう?』と。
まったくもってその通りだっ!!
異世界なんてものが存在するんだから世の中には強い奴が大勢いたはずっ!
それなのに、戦闘的な能力が皆無の僕を、この修羅の国に連れてきた運命には悪意しか感じないぞっ!
犠牲になるのはいつだって弱者だ。
そして、それは今回の事件でも同様のようだった。
僕は、ギガンテスを連れて殺人現場である建物の中に侵入し、殺された被害者をみた
長く髪を伸ばした金髪の女性だ。刃物で胸を刺された痕跡があり、渇いた血だまりのうえに倒れていた。そのせいで血の匂いが充満している。
魔術師だったのか、魔術師がよく好むようなローブを着て、首には魔術の媒体になる魔法石のネックレスがつけられていた。お世辞にも美人とはいえず、どこにでもいるような普通の魔術師といったところだ。
部屋の様子をみると彼女が質素な生活をしていたことが伺えた。装飾品などの贅沢品はなく、最低限の必要なものだけが揃えられているようだった。
僕が観察を続けていると、一人の警察官が声をあげて近づいてきた。
「ちょっと困りますよ! 勝手に入ってこないでください!!」
若い警察官の男は僕の腕を掴み強引に外に引っ張っていこうとする。このままでは、追い出されてしまうと、僕はギガンテス君にアイコンタクトでどうにかしろと合図を送った。
しかし、ギガンテス君は僕から完全に目を逸らし、連行されてるわけでもないのに自ら率先して出口に向かって歩いていく。
「おい」
「おれは警察の邪魔をして捕まりたくないから」
そしてギガンテス君は僕を取り押さえている警察官が通りやすいように、出口の扉を開いて律儀に待機し始めた。
(馬鹿野郎ぉぉぉ、誰がそっちを助けろといったぁ!?)
ここにきて、まさかの裏切りに僕は焦ってしまう。
ここで大きな功績をたてなければ、我が社には永遠にドブさらいと、ペット探しの依頼しかこなくて倒産する。
この財政難を回避するためには、僕がハードボイルドな探偵として名推理で事件を鮮やかに解決へと導かなければいけないのに・・・
僕は掴まれた腕をどうにか振りほどこうとしたが、相手はビクともしなかった。当たり前だが警察は普段から荒事に慣れている。日頃から訓練されている戦士に僕如きでは太刀打ちできるわけがない。
「君、いきなり失礼じゃないか。僕は探偵だよ? 捜査の邪魔をしないでくれたまえ」
「なに言ってるんですか? 捜査の邪魔をしているのは貴方ですよ。それに探偵とか知りませんけど部外者に入られと困りますので迷惑です。お引き取りを」
余りにも最もなことを言うので、僕は返す言葉がなくなってしまう。結局、僕は警察官の男に押されて、外に追い出された。
「いいですか、もう帰ってくださいよ!」
そう言い残して、彼は勢いよく扉をしめようとした。
だが、そうは問屋が卸さない。
僕にだって引くに引けぬシリアスな事情があるのだ。
警察官が閉じようとした扉の隙間に僕はつま先を無理矢理ねじ込む。彼が昂った感情のまま扉を勢いよく閉めたせいで、僕のつま先がドアに挟まれた時、ガコンと大きな音がなった。
「あああ、痛たぁぁぁぁぁぁ」
当然、訓練された警察の力で潰されてしまえば、貧弱な僕の足などひとたまりもない。
僕は悲鳴をあげ、つま先を抱えてその場にうずくまった。そして、周りの警察、通行人に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「この警察が僕に危害を加えました!! 骨まで折られたかもしれません!!!!」
「ちょ、ちょっと君!!!」
警察官は周りに注目されてまずいと思ったのか、慌てている。
僕はその様子をみて誰にもばれないようにほくそ笑んだ。
(ふふふ、馬鹿め、ケンカすれば、街のわんぱく少年にも負ける僕だぞっ!? 対策をしているにきまってるだろ!!!)
ハードボイルドな名探偵はいつだって、準備を怠らないのだ。
僕の履いているブーツには鉄よりも遥かに硬い金属、アダマンタイトが仕込んであった。
こんな危険な世界で、無防備に歩くほど僕は間抜けじゃない。
身に着けているものには全て、一級品の魔術付与や金属を使って安全対策をしている。最高クラスの硬度を誇る高級金属『アダマンタイト』を安全靴に使っている者は、世界広しといえど、恐らく僕だけじゃないかと思う。
完璧な作戦が成功して満足していると、隣に立つギガンテス君が呆れた表情で僕を眺め、もうどうにでもなれといった様子で自分のツルツルの頭を撫でまわしていた。
毎日事務所でグータラしているから、使い道があるかもと連れ出してみたが、淡い期待だったようだ。
ミミィなんて今頃一人でドブさらいしてるのに、お前も少しは役にたてよ。
その後も、僕は足が痛いと叫び続けていると、スーツを着た短髪小太りの男が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「どうしたんだ。なにがあった?」
「あっ、警部補。じつは・・・」
どうやらこの警察官の上司らしい。
彼は事情を聴いたあと、僕の方をみた。
「おや、貴方はもしかして・・・」
驚いた表情でまじまじと僕を眺める。
ん? どこかで会ったことがあるのかな・・
これまでの記憶を思い起こしてみるが、小太りの警察官には心当たりがなかった。
「事情はわかりました。せっかく探偵のマーロさんが来てくださったのです。是非捜査に協力してもらいましょう」
「・・・・え?」
「ささ、どうぞお入りください」
警部補はさも当たり前の如く、僕等を招くように建物の中に入っていった。
予想外の結末に僕も、ギガンテス君も驚いてフリーズしてしまう。
そして、僕を追い出そうと躍起になっていた警察官が焦って聞いてくる。
「あ、貴女は何者ですか。もしかして警察関係者の方ですか? なぜ警部補が案内を?」
そんなの僕がしるわけないだろ。こっちが知りたよ。
けれど、馬鹿正直に答えてチャンスを棒にふりたくないので、とりあえず僕は意味深に「フフ」と笑っておくことにした。
「僕が何者かは想像に任せるよ。ただ・・」
と一呼吸おいて、彼の肩に手を置いて耳元に囁やく。
「キミの今後の身の振り方は考えておくべきだね」
僕の言葉に顔を青くして、彼は怯えた表情で震えあがる。
僕はふふふ、と取りあえず笑いで、その場をごまかして警部補をおいかけるのだった。
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