声を探して
お手紙
まずは、このような形で真実を伝える事をお詫びします。
直接話そうと何度も思いましたが、内容があまりに現実離れしており、信じてもらえないだろうと思ったこと、トラの将来、立場のことを考え言わない方が良いと判断し、話しませんでした。
このまま真実を隠して消えようと思いましたが、最後になって心春としてじゃなくて、虎雄として言葉を伝えたかった。そう思い筆を取りました。
今からお伝えすることは紛れもない真実です。私、心春は、元はあなたの息子虎雄です。
つまり、心春には虎雄が、トラは心春の魂が入っていると言えばいいのでしょうか。
原理は分かりません。
でも理由は分かります。
心春が生まれる日、心春は死を迎えそうになりました。そのとき、この子に世界を見せたいと、存在するものに触れて欲しいと、生きて欲しいと願いました。
そして気が付けば心春になり、元の自分はトラになっていました。
心春として生きていく中で、色々な人と出会い、今までにない経験をしました。
そして、父さんや母さんと素直に話せる日が来るなんて想像もしていませんでした。
それも全て今のトラがいたからこそです。ですから、トラを見捨てず面倒をみてもらえませんか? 梅咲虎雄として育てて欲しいのです。
無茶苦茶なことを言っているのは分かります。勝手にいなくなり、一方的に真実を伝え、お願いまでしているのですから。
もしもトラが、母さんにパスワードを知らないかと尋ねてきたら、『未来』へ向かって生きて欲しいと伝えてもらえたら嬉しいです。
最後になりますがこの言葉、直接伝えれば良いのでしょうけど、俺、梅咲虎雄はあなたたちの息子で幸せでした。
そして梅咲心春として、沢山可愛がってもらい、色んな話が沢山できて嬉しかったです。おばあちゃんから母さんへ送られた服、母さんが選んでくれた服、この姿だからこそ着れて、母さんの喜ぶ顔が見れて嬉しかったです。
梅咲心春
紙の上に落ちた涙が滲んで大きく広がる。震える手で書いたであろう波打った文字は涙で、その波を更に大きくしてしまう。
手紙の内容は現実離れていて、到底信じられるものではない。それでも信じてしまえるのは心春と過ごす日々で感じていた、親としての勘。
本物の息子よりも、アンドロイドの娘の方に親しみを感じてしまっていた自分に、この手紙を読んで納得がいってしまう。
嘉香は立ち上がると玄関へ駆け急ぎ、外へ飛び出すと心春のもとへと急ぐ。
突然やって来ていつもと雰囲気の違う嘉香に驚く葵に案内され、心春を目の前にすると髪を撫で、そっと顔に触れる。
「心春ちゃん、あなたが……」
潤んだ瞳で見つめ、泣き崩れないようにと感情を抑え声で囁く。
「元の姿でなくてもいい。娘でもいい。どうか帰って」
心春の胸に顔を埋め、心の底から深く深く祈る。
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次回
『泣いてもいいんだよ』
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