俺最新でお前かつての俺なわけだけど二人とも幸せに生きています。

心春な日々なわけで

『アンソレイエ』の文字の上に座る二匹の猫があしらわれた、可愛らしい看板の小さなお店。


 俺は人の良さそうなおじさんから袋を受け取り、お辞儀をするとおじさんも笑顔でお辞儀を返してくれ「よろしくお願いします」と言って去っていく。


 玉ねぎの入った袋を抱え厨房へと入るとすぐに声を掛けられる。


「こはりゅお姉ちゃん、ありがとうございます。あ、この間頼んだ玉ねぎのサンプルですね」


 三角巾とエプロンを身にまとった夕華がパタパタと現れ微笑み掛けてくる。

 その後ろからついてきたお姉さんたちの一人が、俺の持ってきた袋から玉ねぎを取り出し、もう一人のお姉さんに説明している。


 パッと見は分からないが、説明している方が人間で、されている方がアンドロイドである。

 俺は夕華に手を振ると、ほうきを持ってお店の外で掃除に励む。地面をしばらく掃いて手を止めると、お店を見上げる。


 兼ねてから夕華が提案していた、アンドロイドがお店を持つこと。アンドロイドの所有権の問題があるので、完全に実現はしていないが珠理亜の主有するお店のオーナーという形で夕華がこのお店を仕切っている。

 お店の名前は『アンソレイエ』、フランス語で日当たりの良いとか、晴れたとかいう意味らしい。

「こはりゅお姉ちゃんの名前を意識してつけました!」と夕華が言っていたのでよく覚えている。


 アンドロイドは人間のサポートという意識が強い中、アンドロイドと人間が対等にお店を切り盛りするという世界でも類を見ない場所。それがここアンソレイエである。

 名前に反して和食寄りなお店である。


 アンドロイドというと正確な仕事が売りなのだが、この職場では俺を筆頭にちょっと抜けた感じのアンドロイドたちが集まっている。それに対抗するように、人間側も面白い人が多い。

 従業員同士はゆる~い感じで仲良く働いているが、味に関しては夕華が本気で取り組んでいるので評判は良い。


 因みにだが、この世界において俺と夕華のみが幼女型アンドロイドとして存在している。これはまあ、倫理的というか幼女型アンドロイドは色々まずいだろってことで、生産には厳しい制限が俺らの存在によって定められたわけである。


 そんな貴重な俺らを見に来ようとする、元クラスメイトの男子どもや、ひなみや葵みたいな変態チックなお客さんも多いが、多くの人に支えられお店は繁盛している。


「今、お暇ですか?」


 玄関を掃除しながら、下の方しか拭けてないから、後できな子さんにお願いしようなんて考えていた俺に声が掛けらる。

 開店前に外にいるとたまに声を掛けれらることがある。ちょっとめんどくさいなと思いながら、営業スマイルで振り返る。


「お店は十一時開店でしゅ。申し訳ないでしゅが……ってなんでしゅか。お前、今日は仕事じゃないんでしゅ?」


 俺の目の前にはおじさん……じゃなくてトラが立っていた。


「今日は非番だから。緊急でもない限り暇なんだ」


「じゃあ尚更、いりょはのところにいなくて、いいんでしゅ?」


「今日は安定してるし、虹花さんが来てるからちょっと散歩にね」


「そうでしゅか。お前なりゃ、お茶くりゃい出してやりゅでしゅ」


 そう言って手招きすると裏口から、店内に入り夕華に挨拶して、電気のついていないホールへ案内して席に二人で座る。


 それに合わせて、夕華がお茶を運んでくる。


「気を使わなくていいのに」


「いえ、これ今度出そうと思っているほうじ茶なんで、後でお兄ちゃんの感想聞きたいんで是非飲んで下さい」


「そうなんだ、分かった。感想言うね」


 トラに一礼すると、夕華はキッチンへ帰っていく。


「夕華、楽しそうにやってるね」


「そうでしゅね。お店の経営だけでなく、料理に接客に忙しいでしゅど、楽しそうでしゅよ」


 ほうじ茶の香りを嗅ぐトラを見ながら、元の俺だけど老けたな。そんなことを思って不思議な感覚に陥る。


「トリャ、老けまちたね」


「酷いなぁ。思っててもズバッと言うのやめてよ。これでも結構気にしてるんだけど」


 笑いながら怒るトラが、ふと俺の右手を見る。


「心春は変わらないけど、体の調子はどう?」


「ん?」


 トラが心配そうに見てくるので、俺は右手を上げてグーパーして見せる。


「調子良いでしゅよ。新しい部品も馴染みまちたからね。見た目は変わりましぇんが、中身はさいちん最新でしゅ。

 しょれにAMEMIYAで定期的に診てもらえてましゅし、問題は葵の話が長いことくらいでしゅね」


「葵さんは仕方ないかな。でも、心春が元気そうで良かった。最近忙しくて会えなかったから」


 ほっと胸を撫で下ろすトラを見て、頬が緩んでしまう。


「心春はさ、僕たちと一緒に住む気はない?」


「お断りしましゅ。なんでわたちが、トリャといりょはと一緒に、住まなきゃならないでしゅか。

 しょれにもうすぐ子供が生まれるんでしゅから、トリャがちっかりしゅるんでしゅ」


「うん、そうだよね」


 少し寂しそうに頷くが、俺的にはなぜにトラと彩葉、そして生まれてくる子供と一緒に過ごさねばならんのだ、といったところである。

 それに母さんと、夕華、俺、そしてなぜかひなみの四人で住んでいる今の生活が気に入っているから、どこへ行く気もないのだ。


「ねえ心春」


「なんでしゅ?」


「今更聞くのもどうかと思うけど、ボクがこんなに幸せになって良いのかな? 

 心春が大変なときも、結局何もしていないし、迷惑かけてばかりだなって申し訳ない気持ちしかないよ」


 本当に申し訳ないのだろう。顔に影を落として暗い表情になってしまう。こうやってすぐに自分のせいにしてしまうところは昔と変わってない。

 俺はわざと大きくため息をつく。


「今のわたちが、幸しぇならべちゅにここまでの過程は思い出でちかないでしゅ。

 しょれよりも、わたちが願ったトリャの幸しぇを、お前が自力で叶えたこと、それが嬉しいでしゅ」


 トラは俺をじっと見た後、ホッとしたような表情で笑顔を見せる。


「ほんと、心春はボクの妹というよりはお母さんな感じがする。なんか敵わない」


「ふん! 永遠の幼女に、母性を求めるなでしゅ。

 しょれより、お前は親になるんでしゅから、本当の親の気持ちが分かるようになるはずでしゅ」


「そうだね」


 俺の言葉にトラは頷く。何気ない動作だが昔と違い大人になったなと、そんなことを思ってしまう。


 元々男だから、父性なのか? まあ、今は幼女だから母性でいいのか? 実はトラにその気持ちがあるのは自分でも自覚はある。

 見返りが欲しいわけではない。トラが幸せで、健康だったら俺も嬉しいなって、純粋にそう思う。親心って多分こんな感じだろう。


 そんなこと恥ずかしいから言わないけど。


「しゃて、わたちもお店の準備があるでしゅから行くでしゅ。トリャも折角の休みゆっくり過ごすでしゅよ。しょうしょう、お昼はありゅんでしゅ? ないなりゃ持ってかえりゅでしゅか?」


 俺が喋っている途中でトラが笑う。


「その言い方。やっぱ、お母さんみたい。大丈夫だよ、お昼は虹花さんが作ってくれるって、それに夜はボクが作る予定だし」


「トリャが料理なんてできるんでしゅ?」


「簡単なのはできるよ。本当に簡単なのだけどね」


 笑いながら言うトラ。そんな何気ないことでも、驚き嬉しくなってしまう。


「あまり仕事の邪魔しちゃ悪いね。そろそろ帰るね。今度は彩葉も連れてくるよ」


「そうするでしゅ。わたちもいつか遊びにいくでしゅ」


「うん、是非来て。彩葉も喜ぶよ」


 会話をしながら店の外へ出たトラは、俺を見ると恥ずかしそうに、少し赤くなった頬を指で掻きながら口を開く。


「ボク生まれてきて良かったって思ってる。ありがとう心春」


 相変わらず真っ直ぐに気持ちを表現してくるトラに、昔の面影を感じ今の成長を喜ぶ。その気持ちに応えないわけにはいかないだろう。




 ──心春と虎雄が入れ替わった理屈は今でも分からないが、俺が生きて欲しいと願った結果だろうとは思う。

 そして俺がこうしてここにいる理屈も分からないが、みんなと会いたい、みんなが会いたいと願った結果なのもなんとなく分かる。


 人生何があるか分からないとは言うが、アンドロイドと入れ替わって幼女の姿で生きていくなんて考えたこともなかった。

 それでもこうしてここにいるのは確かなのだ。


 幸せそうなトラを見ていたら元に戻る方法なんて今となってはもうどうでもよくて、心春として生きていくことを楽しんでいる。


 俺が寝ている間に壊れていた体の部品はかなり入れ替えられ、中古の継ぎ接ぎなパーツは今や最新鋭。


 とどのつまり、俺は最新!


 かつての俺を見ると満面の笑顔で応える。


「わたちも、トラが生まれてきて、そちて立派になって嬉しいでしゅ」


 お互いが微笑み合う。


 これからも続くお互いの人生を歩み、ときに支え合えればいいなって。


 俺の心春な日々は、これからもまだまだ続くのだ──



                                    了


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