第157話 寒さの中に温もりを感じて
雪が落ちる。
息を吐くと白い煙が天に昇る。これがなんで起きて現象として理解して説明できるが、なんとも言えない幸せな気持ちになるのは科学的には証明することではないだろう。
トラはそんなことを考えながら寒い夜空の下に立っていると、彩葉が軽やかな足取りで雪を踏みしめやってくる。
「相変わらず早いっ、待たせた?」
「うん、結構待った」
「それはご苦労様」
彩葉は笑いながらトラの手を握る。
「お詫びに手を温めてあげよう」
「待った甲斐があったよ」
そのまま手を握って二人は歩き出す。
「あれ? 彩葉背伸びた?」
「気付いてくれた! なんとここにきて、〇.八センチ伸びたしっ! ってその目! そんなの誤差の範囲だって言ってるぅ!」
「いたたた、言ってない、言ってないって」
ポカポカとトラの腕を叩く彩葉が雪道に足を取られそうになるのを支えると、腰に手を回したまま歩き始める。
「むぅ、なんかずるい」
頬を膨らませる彩葉を見てトラは笑う。
「怒らない。その顔も可愛いけど」
「もぉ~すぐそんなことを言うんだから! どう反応していいか分からないんだってばっ」
「その反応で正解かな?」
「もうっ!」
頬を赤く染めたまま顔を背ける彩葉に、微笑みを向けるとトラは彩葉を支えながら歩き出す。
「心春、何を話すかな?」
「さあ、励ましなのか、怒るのか。どっちにしても楽しみだよ」
「そうだねっ」
勢いよくトラの腕にしがみつく彩葉にトラが顔を赤くし恥ずかしそうに背けると、彩葉は、にししと笑う。
「お返しじゃないから。お礼ね、お礼」
「それはどうも」
腕を組み白い息を吐きながら、歩く二人はトラの家に着くと、薄暗い玄関の電気を付けリビングに入る。
電気と暖房を付け、彩葉が台所に入ってお茶を準備する間にトラが自分の部屋からパソコンを持ってきて設置する。
「今日はお母さんは町内会の集まりだっけ?」
「うん、心春の動画は後で見るから先に見てて」
そう言いながら起動すると、画面のフォルダーを開く。
「あ、一個増えてる!」
「うん、今年もあったね」
喜びを抑えきれないと言った様子のトラを見て、彩葉も思わず微笑んでしまう。
クリックして開くと、いつものように黒い枠が画面いっぱいに広がり、動画の再生が始まる。
車椅子に座っている心春は画面を見つめ、一旦近付きカメラの位置を直すと後ろに下がって話し始める。
「え~っとこれで
心春の問いかけに、トラは微笑みながら静かに答える。
「残念、医大だからまだ大学生。留年もせずに頑張ってるよ」
「いりょはに叩かれたりしてましぇんか? あの子、
しょもしょもまだ付き合ってるんでしゅ?」
「うがっ! こはりゅのヤツ、なんて失礼な!」
画面を叩きそうな彩葉をトラが必死に押える。
「しゃて、このメッシェージも
トリャも社会人になってちょっとは軌道に乗ってりゅはじゅと信じて、キリもいいでしゅからここまでにするでしゅ。
ここまで見たということは、わたちはもういないということでしゅね。ちょっぴり期待ちてたんでしゅが、
少し悲しそうに笑う心春にトラが声を掛ける前に、先に心春が話し始める。
「お前は今幸せにやってましゅか? お母しゃんは、お父しゃんは元気でしゅか? 色々大変なこともあるかもしりぇましぇんが、体に気を付けて……あぁなんかうまい言葉思いつかないでしゅ! 上京ちた
画面の心春が頭を抱えてもがいていたが、ゆっくりと画面に顔を向け微笑む。
「おりぇは、お前と出会えて、短い時間でしゅが一緒に過ごしぇて幸せだったでしゅ。生きてくりぇてありがとうでしゅ。……それじゃあ、さよならでしゅ」
小春の手が伸びてきて、それを最後に画面は暗くなる。
映像が消えるとトラは下を向き、膝の上に置いた手を握り絞める。僅かに肩を震わせるトラを彩葉は心配そうに見守るが、やがてトラは潤んだ目を擦り顔を上げ真っ暗な画面を見つめる。
「ボクは諦めないよ。葵さんたちもみんな頑張ってるんだ。必ず心春は起きるって信じてる」
画面に向かって力強く宣言するトラを、目を潤ませた彩葉が頷く。
ちょうどその時、玄関で大きな物音がする。
廊下の電気がついて、パタパタと廊下を走る音がしてリビングのドアが勢いよく開く。走ってきたのだろう、普段身だしなみをきちんとしている夕華にしては珍しく、髪をぼさぼさにし目を丸くしてトラたちを見る。
「お、お姉ちゃんが!」
深刻な表情で言葉を詰まらせて、続きを言えない夕華に不安を感じたトラと彩葉が立ち上がり、慌てて心春の元に向かう。
心春のいる家の玄関を開け、急いで廊下を駆け勢いよく部屋に入ると、コーヒーを啜る葵が少し目を丸くしてトラたちを見ている。
「ん~? そんなに走ってこなくても良かったんですけど、まあ朗報ですから、急ぐその気持ちも分かります」
息を荒くし、肩を上下に揺らすトラと彩葉と違い、二人の勢いに驚きながらもにこやかに迎えてくれる葵との温度差にトラたち違和感を感じる。
「えっ? 朗報ってなんですか?」
「あれ? 夕華が説明しませんでしたか?」
葵が夕華を見ると、罰が悪そうな顔をして視線を逸らしてしまう。
「あぁ、まあいいです。こちらへ」
夕華の表情で察した葵が、トラたちを心春のもとへ連れてくると、横にあるモニターの画面を見せてくる。
グラフや数値を細かく説明し始め、段々と興奮してくる葵に彩葉が「意味わかんないから結論を言ってくださいっ!」と言って、残念そうな顔の葵の説明が始まる。
「細かいところは省きますけどー、これ見てください」
モニターに映るグラフをトラたちは注目する。
「アンドロイドの体内を動かす機器は直流と交流が混在し、常に微弱な電気が流れています。
この流れを最適に調整しまとめたグラフなんですが、トラさんは分かってると思いますが、アンドロイドも人間の心電図に近い波形を生み出すんですよね。これ、未だに解明できてなくてぇ……」
話が脱線しそうになる葵だが、彩葉に睨まれ咳ばらいをして話を続ける。
「心春ちゃんの反応って微弱でほとんど無いに等しかったんです。でもこれを見てください」
最初のほぼ横線に近いグラフの横に、小さいが定期的に山ができているグラフが表示される。
「ここに来て僅かですけど反応が大きくなってきたこと、正直理由は分かりません。それでも変化があったこと、このタイミングを逃すわけにはいきません!
やれることは全部やって絶対に起こしてみせます!!」
拳を力強く握る葵の視線の先にいる心春。
トラもその視線を追って見る。心春は相変わらず眠っている。
手を握る。
自分がそう感じようとしているだけなのかもしれないが、血が通ったような気配を感じる。
すぐではないかもしれない。でも起きると信じれる予感が確かにそこにはあった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回
『将来を誓って』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます