想いは深々と ~未来へと~

第153話 進路希望

 数学の授業が終わると、担任の寺小屋てらごや先生、通称テラ先がトラを呼び、放課後職員室に来るように言われる。


 そして放課後、夕華と一緒に職員室に着いたトラはテラ先のもとを訪ねると、隣の先生の椅子を借りて夕華とそれぞれ座る。


「梅咲が前に出した進路希望だが、第一希望だけ書いてないのは悩んでいるのか?」


 唇をキュッと噛むトラを夕華が見つめるが、口を出さずにただじっと見ている。


「別にここに書いたからと言って、絶対にそうしなければいけないというわけではないからな。梅咲の希望を聞いて先生たちがどうしたらその希望が叶えれるか、それに対する対策、アドバイスをするためのものだからな」


「はい」


 短く返事をするトラにテラ先に紙を渡される。


「色々悩むだろうが、今の学力うんぬんじゃなく、やりたいことに合った進路でもいいから書いてみろ。

 頭で悩むより、一旦紙に書いてみると見えてくるものもあると思うぞ」


 テラ先の言葉を受け、頭を下げると職員室を出ていく。


 その帰り、廊下で來実とすれ違う。


 お互い目が合うが、会釈をして通り過ぎる。


 入れ違いに職員室へと向かう來実の背中を見送りながら思い出す。


「私はなんとなくだけど、見付かった気がする」


 そう言った來実は、今確実に自分の道を歩み始めている。

 それは態度や見た目でも分かるが、葵から來実は楓凛やひなみの通う大学に進学するために猛勉強をしているとトラは聞いていた。


 そして心春を起こすんだと意気込んでいるとも。


 それを聞いて凄いなと思う反面、今までの自分の行動を顧みて情けなくなってしまう。


 心春との入れ替りを解決する為に学んだアンドロイド工学。必死に勉強したが、今一ものになっていない気がする。


 凄く輝いて見える來実の姿と、悩む自分の姿を見比べてしまう。



 ドランカーを膝に置いて頭を撫でると、膝の上でごろりと転がりお腹をみせてくる。「お腹を撫でることを許そう。光栄に思え」と目が訴えているような気がする。そんなことを思いながらも、お腹を撫でてしまう自分に笑ってしまう。


 目の前に暖かそうな湯気をたて置かれるお茶。年季の入った湯のみを手に取るとお茶の熱が伝ってくる。


 そんなことにさえも自分の生を感じる。それと同時に眠っている心春の顔が浮かんでしまい、熱い湯のみを握りしめてしまう。


「進路って難しいよね。私も考えなきゃいけないんだろうけど」


 お茶を持ってきた彩葉が、自分の湯のみを握り息を吹きかけて冷ましながら話し掛ける。彩葉の祖母である久枝ひさえがその隣にある土間に置いた椅子に座る。


「彩葉はもっと考えんとな。そしてトラや、あんたは考え過ぎじゃって」


「そうなんですかね」


 歯切れの悪い返事をするトラに久枝はお茶を一口すする。


「考えることは悪くはないがの。トラの年で将来を決めとるのは少なかろう。わしなんてな~んにも考えとらんかったからの。まあ生きてくだけで必死じゃったからの。生きとりゃいいわ、くらいだったわ」


 湯のみを置くと、目を瞑りゆっくりとトラに語り掛ける。


「心春がの、あんたの心配しとったわ。トラはすぐ自分で抱え込んで悩むから相談に乗てくれんかと頼まれたのも分かるのう。

 あの子も言っとらんかったかの? 自分の好きなことしてみりゃあいいって?」


「言ってましたけど、実際に好きなことって、よく分からないんです」


「はっきりした感じでなくていいわ。ぼんやりとした感じでもいいんじゃ。そっちの方向を見てみ、見えてくるものもあるじゃろうて」


 久枝の言葉を頭の中で考える為に黙ってしまうトラ。


「小さなことでもいい、何か褒められたりやりがいを感じたこと、なんでもいいわ。興味もってることなんかないかの?」


 しばらく考えていたトラがゆっくりと口を開く。それは自分の中にある言葉を確かめながら話すようで、久枝はその言葉に耳を傾ける。


「最初は心春を治そうと、そのために勉強してました。でもそれはもう必要ないと言われたとき、何を目指して学べばいいか分からなくなったんです。

 心春が眠っている今、起こすためにとも考えました。でも心春の周りに葵さんが、雨宮さんや芦刈さん、院瀬見さんもいて、みんなが頑張っている姿を見たらボクが入る隙間はない気がして」


「その学びの中で、面白いとか気になったものはないかの?」


「面白い? ですか……」


 しばらくの沈黙が続く。


「心春の手足に不具合が分かったとき、きな子さんの足の状態をみたときから、アンドロイド工学と合わせて、人体工学、医療関係も勉強してみたんですけど。

 人間の体の仕組み、アンドロイドのように設計図に定められたパーツを組み立てるわけでなく、母親から生まれてきた生命が織りなす体の神秘というか、凄いなって」


「そうかい、興味あるものがあるんじゃな。じゃあ、そこから自分を見てみりゃあええ」


 久枝の言葉に黙っているトラに久枝は笑みを浮かべる。


「納得しとらんかの。わしのお茶屋だってなりたくてなったわけじゃないからの。じいさんの実家がやってたのを継いだだけじゃて。

 最初は嫌じゃったが、今はいたく気にいっとる。こうして孫が連れてきた彼氏のトラと話すこともできたわけじゃし、彩葉の晴れ姿を見れる夢も持てたわけだしの。

 人生真面目にいきにゃならんが、流れに身を任せるくらいの柔軟さはあった方がいいじゃろって。道は決まっとるようで、どこにも無いと思うがの」


「なっ!? 晴れ姿って。気が早すぎっ!!」


 久枝の言葉に反応する彩葉と久枝のやり取りを見つめながら、自分の短くも濃い人生を振り返る。

 そして、久枝の言葉を噛みしめながら自分の拳を握りしめる。


 力を入れた手に集まる血の感覚に、自分が生きていることを改めて自覚できた。そんな気がして、ぼんやりとだが自分のやりたいことを見つけれそうだと思うのだった。


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 次回


『お別れ』

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