第147話 千客万来

 朝、木々の間を雀が飛び交い爽やかな鳴き声で、朝の訪れを告げる。

 十一月の少し肌寒い空気の朝、締め切った部屋で机に伏せて眠るのは葵優あおいゆうよわい三十二歳にして夕華プロジェクトの性格プログラムチームのリーダーを任されるAMEMIYAグループきっての天才の一人といわれる。


 ただ、研究に勤しみ理想を追い求める彼女は出世などに興味はない。研究所を追い出されたときは涙したが、一人で好きなだけ研究できるこの環境を今はいたく気に入っている。


 そして今、朝方まで研究に勤しんでいた彼女はボサボサになった髪など気にもせず、ヨダレをたらし眠っている。


 そんな彼女と心春のいる部屋のドアがソッと開くと隙間から目が覗き、再びドアはソッと閉じられる。


 ドアを閉じた廊下側で、來実は大きくため息をつくと、台所に向かって簡単な朝食を作りラップをして冷蔵庫に入れて家を出ていく。


 音を立てず玄関を出ると、カギを閉め振り替えり足を止める。そして目の前の人物に話し掛ける。


「なにしてんだお前?」


「朝早くからご苦労さまですわ」


「遠いのにわざわざくるとは、お前の方がご苦労だろ」


 呆れ顔の來実を見て珠理亜はクスクス笑う。


「葵さんは寝てましたの?」


「ああ、爆睡だった。どうせ遅くまで仕事してたんだろ」


「あの人らしいと言えばらしいですわね」


「まあな、でも体壊されたら元も子もないだろ」


「ええ、そうですわね。わたくしの方からも注意しておきますわ」


「たのむわ」


 短い会話を終えた後、二人は外で待つ、きな子と合流し学校へと向かう。



 * * *



 机に伏せて寝ていた葵がむくりと起き上がると、両手を伸ばし大きなあくびをする。


「ん~、ありゃ、もう九時じゃないですか。あいたた、変な体勢で眠ったから体が痛い。年はとりたくないものです」


 充血した目をこすり、腰を叩きながら立ち上がると心春の様子を一通り見る。お腹が鳴っていることで、自身のお腹が空いていることに気が付き食を求め台所へ向かう。


 リビングのテーブルに置いてある二つ折りの紙が目に入り、手に取り広げると可愛らしい文字が現れる。


『ちゃんとベッドで寝てください。朝食or昼食冷蔵庫にあります。鍋のお味噌汁はコンロで温めて下さい。魚はレンジで温めても良いですけど破裂しないように見てて下さい』


「芦刈さんですか。マメな子です」


 鍋をIHコンロにかけ味噌汁を温めながら呟くと、温められて香り立つ味噌の匂いにお腹が鳴き、早く食べさせろと激しく要求してくる。


 おにぎりに焼き魚、こんにゃくの金平とお味噌汁を食べ終えると食器を流しに入れ、再び心春のデーターを取りまとめる。


 ふと左腕の時計の液晶を見ると、『来客>嘉香』の文字。

 その下にある『UNLOCK』をタッチすると玄関の方で鍵が開く。生体認証の登録をしている人がノブに触れると葵に通知が行くシステムである。

 鍵があれば開くが、渡しているのは母親の嘉香、所有のひなみ、珠理亜と來実の四人である。実際のところ、來実以外で鍵が使われることはあまりない。


 ドアを開け頭を下げ入ってくる嘉香を見て、キリッとした顔で出迎える。だが、すぐにふにゃっと崩れるのはいつものこと。


 嘉香が心春の服を取り替え、髪をいて身だしなみを整える。

 アンドロイドなので老廃物による衣服の汚れ、床擦れ等はないが同じ大勢のままなのは人間と同じでいいことではない。定期的に服を着替えさせることは大切なことである。


「あ、この服はちょっとフリルが多いです。センサーの関係上少な目でお願いします。後は、ん~ボタンが多いといざってとき脱がせ難いんで、これもやめておきましょう」


 嘉香の持ってきた大量の服を、葵は選別していく。


「あら、これもダメ? 可愛いのに残念。夕華ちゃんに着てもらおうかしらね」


 嘉香が残念そうに服を畳んでいるとき、葵の腕時計に通知が届き玄関のロックを解除すると、勢いよく入ってくるひなみとのんびり入ってくる楓凛。


「嘉香さん来てたんですね。それ新しい服です?」


 葵に軽く挨拶をして嘉香とひなみが話し始める。楓凛は心春の下へ行くとベッド用のバックレストを取り付け、もたれかけさせ座らせると、心春の手足をゆっくりと曲げ伸ばししていく。


 こうして定期的に可動部を動かし、可動域の劣化を防ぐ。

 ゆっくり丁寧に心春の手足を動かす楓凛の周りを、葵が「へぇー」「ほぉー」と感心した声を出し頷きながら覗いている。


 楓凛が一通り終えると四人が談笑を始め、やがてそれぞれ家事や大学の講義の時間が近付き解散する。


 その後、葵が三時間ほど一人で研究に勤しむと、玄関のチャイムが鳴る。腕時計に外のカメラからの映像が映しだされる。


「この子は最近来はじめた子ですね。確か笠置かさぎさんでしたか……カギ開けたので入って来てください」


 ロックを開け、腕時計越しに外へ話し掛けると、笠置はカメラに向かってペコリとお辞儀をして中へ入ってくる。

 腕に抱きしめていた犬型アンドロイド、るるを離すと彼は心春の枕元で丸くなり寄り添い鼻先で頬を擦る。笠置は鼻歌を歌いながら心春の隣にドクロのライトを設置し光らせる。そこにバタバタとやってくる彩葉はベッドで光を放つドクロを見て開口一番怒る。


「あぁ! 笠置先輩。また趣味悪いもの持ってきてぇ! しかもそんな不気味なヤツを心春の横に置かないでください!」


「あっ……彩葉ちゃん。このドクロ心春のちゃんのお気に入りなの……」


「うそだぁー、しょんなのわたちの趣味じゃないでしゅー! って絶対怒りますって!」


「彩葉ちゃん……そっくり! ものまね芸人の素質ありありなの」


「だれがものまね芸人ですかっ!」


 光を放つドクロを見てうっとりする笠置と怒る彩葉のやりとりを、後ろで見守っていたトラが隣にいる夕華の背中を押すと、夕華はパタパタと心春に駆け寄り、今日あったことを話し始める。

 心春に必死に話し掛ける夕華を葵は目を細め見ている。


 ワイワイと賑やかなトラたちの下に、嘉香が葵の晩御飯を持って来ると皆帰って行く。入れ替わるように來実がやってきて晩御飯を食べる葵の横で勉強道具を広げ始める。


 朝ごはんのお礼を言う葵に來実がちゃんと寝るように釘を刺し始めたとき、珠理亜ときな子が来て、続けざまに楓凛とひなみ、舞夏とうっさ~♪ がやってくる。

 賑やかな勉強会が始まり、ひなみと葵の熱いアンドロイドの未来へ向けての語らいが始まる。

 そんな二人をめんどくさそうな顔し、あくびをする舞夏を見て笑う楓凛がそろそろ帰ろうと促し、珠理亜ときな子を楓凛が車で送り、ひなみ姉妹は一緒に帰って行く。

 最後に、もう一度ちゃんとお風呂に入ってベッドで寝るように注意する來実を見送って葵は玄関のドアを閉める。


 リビングでコーヒーを淹れ、心春の眠る部屋に行くと椅子に座り眠る心春を見つめる。


「本当に毎日賑やかですね」


 大きく息を吐き、ポツリと呟くと飲みかけのコーヒーを机に置き心春に近付き、額を撫でる。


「あなたほど愛されたアンドロイドは見たことありませんよ。どんな子なのか是が非でも会いたいです。私といっぱいお喋りしてもらいますから、覚悟しておいてくださいよ」


 心春に向かって微笑んだ葵は机に向かうと、コーヒーを啜りながら今日取った心春のデーターをまとめ始める。


 こうしてまた葵の長い夜が始まるのだった。



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 次回


『心春に渡されたものをキミに』

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