第146話 カギを渡されて

 夕華に渡されたUSBメモリを取り敢えず自分のパソコンに刺してみる。


「フォルダーが一個か……」


 白い背景にポツンと一つのフォルダーが佇む。『日記』の一つの名前。

 試しに『日記』をクリックしてみると、エラー音と共に警告文が表示される。


『パソコンが違うでしゅ! 出直してきやがれでしゅ!!』


 脳内で再生される心春の声に叱られた気がしたトラは頭を抱える。


「えぇ~パソコンが違うって……あっ」


 頭を抱えてすぐに何かを思い出したトラは立ち上がって部屋を探し回る。


「あれ~、確かいつもこの辺に置いてあったんだけどなぁ」


 首を捻りながら、いつも心春が持っていたノートパソコンを思い浮かべる。

 自分の部屋にないならリビングではないかと、探し回るが見当たらない。


「となるとお母さんの部屋か……さすがに入れないな……」


「トラ、あんたなにやってるの?」


 自分の寝室の前でウロウロする息子を怪訝そうな顔で見る、母の嘉香よしか


「あ、いえ……心春のパソコンを」


「心春ちゃんのパソコン? あぁそういえば見てないわね。見つけたら教えてあげるから人の部屋の前をウロウロするのはやめなさい」


「ごめんなさい」


 嘉香は謝るトラにため息をつきながら、何かを思い出したのかポンと手を叩く。


「トラ、葵さん呼んできてくれる? お昼ご飯できたって伝えてほしいの」


「お昼? 一緒に食べることになったんだ」


「そうなのよ、葵さんパンが好きだって言って、菓子パンばかり食べてるみたいだし。心春ちゃんを診てもらうのに、診る人が体調崩したら元も子もないでしょ」


「前に誘ったときは断られたのによく承諾してくれたね」


 いつからいたのか嘉香の後ろからピョコっとエプロン姿の夕華が顔を出して話に入ってくる。


「それは私が料理すると言ったら興味深い! 見たい! と言ってすぐに承諾してくれたんです。因みに今日はレタスチャーハンです!」


 嬉しそうに言う夕華の言葉で納得したトラは頷きながら、髪留めと同じ機嫌が悪そうなネコのエプロンをくるりと回って見せてくる夕華の姿を目を細めて誉める。

 エプロン姿も葵に見せたいと言う夕華の為に急いで家を出て、葵を呼びに行くのだった。



 * * *



 トラが玄関先に立って、インターフォンを押そうとした手を止める。


「そう言えばボクとかは押さなくてもいいからと言ってたっけ」


「インターフォンのチャイムの音で気が散るので押さないでください」と言っていた葵の言葉を思い出しドアノブに手を掛けるとガチャっと音がして鍵が開く。


「生体認証付きなんだ……っていつの間にボクの登録したんだろ?」


 素朴な疑問と葵に対し僅かに恐怖を覚えながらドアを開けると土間に葵のとは違う見慣れない……いや見慣れている靴があり入るのを戸惑う。


 だがお昼ご飯に呼ぶのと、夕華のエプロン姿を見せる約束の為にも意を決してトラは短い廊下を進む。


 申し訳程度のリビングを抜け研究室兼、寝室のドアの前につくと、中からくぐもった声が聞こえてくる。

 一旦大きく息を吐き、ドアをノックすると「開いてますよ」の声に従いドアを開ける。


「あっ」

「あ」


 葵に話し掛ける前に同時に出た二人の声がハモる。葵の隣にいた來実が罰の悪そうな顔をしてトラを見ている。

 対するトラも言葉が続かずどうしたらいいか分からず戸惑っている。


 そんな二人を何度も見て首を何度か捻ると、手をポンッと叩く。


「ああっ! お二人は元恋人か何かですか? いやぁ~このよそよそしさ経験がありますね。昔の友達がそんな感じの雰囲気を作ってましたよ。迷惑でしたねぇ~。いやいや青春ですね」


 固まったままの二人を余所に、葵はベッドで眠る心春の頭を撫でると周りを囲むモニターに視線を移す。


「えっと……私はこれで帰ります」


「ええっ! 話はこれからですよ。アンドロイド工学において性格・精神部門が今後のアンドロイド製造においてどれだけ大切なのか知ってほしいんです。絶対に今から来る分野ですから聞いて損はないです!

 元彼が邪魔なら追い出しますから私の話を聞いてくださいよ」


 逃げ腰の來実の腕を掴んで離さない葵が、トラを睨んであっちへ行けと目で訴えかけてくる。

 一瞬怯むが、夕華と嘉香の約束を思い出し、圧に耐えたトラがようやく口にする


「夕華がレタスチャーハンを作ったんで食べて欲しいと言われたんですけど」


「む、夕華が?」


 葵が『夕華』に反応する。トラはもう一押しだと言葉を続ける。


「葵さんにエプロン姿を見せたいそうです」


「なんですと! 芦刈さん、私は用事ができたので、また夕方にでもお話の続きはいたしましょう!」


 葵は敬礼してそれだけ言うと、バタバタと準備をして出ていってしまう。

 その背中を見送った後取り残される二人。


「お、お前……ごはん食べに行くんだろ。早く帰れよ」


「う、うん。そうだった。ごめんなさい」


 睨んであっちへ行けと來実に手で追い払われ、トラは謝りながら立ち去ろうとドアから出ていく。


「あ、あの……よ」


 出ていけと言われて、すぐに引き留められ困惑するトラだが、何か言いたげに視線の反らす來実の言葉を待つ。


「いや、えっと。心春のことだけどさ……たまに会いに来てもいいか?」


 遠慮がちに聞く來実の言葉にトラは笑顔で答える。


「うん、芦刈さんが来てくれたら心春も喜ぶからお願い。今日も来てくれてありがとう」


 屈託のない笑顔を向けられ思わず反らす來実が、小さく「ありがとう」と言うと大きく頷いたトラは笑顔のまま出ていく。

 しばらく下を向いていた來実だが、大きく息を吐くと心春の下に近付き髪を撫でると、ポケットから、ネコの髪留めを取り出し見つめる。


「心春はもっと自分のこと心配するべきだろ。たく……突然やってきて夕華が困ってたらお願いしますとかさ。言われなくてもやるに決まってるだろ」


 手に持たままネコの髪留めを心春の髪の上に重ねる。


「この髪留めはいつ返せばいいんだよ。預かって欲しいとかまったく勝手過ぎるだろ」


 重ねていた髪留めで軽く叩く。


「絶対お前に文句言ってやるからな、待ってろよ」


 來実は僅かにだが力強い笑みを見せると部屋を出ていく。


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 次回


『千客万来』

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