第144話 眠れる幼女に最適な環境を!

 この間の一件以来、トラと夕華は前より距離が近くなった。心が通じ合えたといえば良いのかもしれないが、物理的にも近い。

 座るトラにピッタリ引っ付く夕華を見て、彩葉が頬を脹らませ「近いっ!」と文句を言う。


 そんな三人など気にもせず、眠そうな目を輝かせた葵がベッドで眠る心春を覗き込んでいる。


「この子が心春ちゃんかぁ~、資料で見たのより可愛いらしいなぁぁ~。うはぁ~ほっぺたぷにぷにぃ~へへへへ」


 心春の頬をツンツンする葵の手を夕華が止める。


「こはりゅお姉ちゃんを乱暴に扱ってはダメです」


 怒る夕華を見て葵は頬を赤らめ至福の表情を見せる。


「うへへっ、夕華が怒ったぁ~。嬉しいなぁ~へへへっ」


「やぁっ~怖いです!」


 怒られてニヤニヤする葵を恐れ、トラの背中にしがみつく夕華を見て、更にニヤニヤする葵と、夕華に文句を言いながら引きはがそうとする彩葉。


「それで葵さん、心春の具合って分かりますか?」


「んー、分かるわけないじゃないですか」


 葵の言葉にトラは思わずズッコケそうになる。


「今日来たのは様子を見るためです。トラさんは心春ちゃんをこの部屋で作ったって聞きましたけど、設備とか何もないんですね。よく作れましたね」


 葵が興味深そうにトラの部屋をキョロキョロと見回す。


「ええっと、前に雷が落ちて設備のほとんどを処分しちゃったんで……」


 申し訳なさそうに言うトラを見て、葵は人差し指を唇に当てながら眠そうな目を少しだけ開く。


「ああ、そう言えばそんなことが資料に書いてましたね。記憶も曖昧で心春ちゃんの設計資料も記憶も飛んだとかでしたっけ?」


 トラが頷くと、葵が頭を抱え悶える。


「あ~ん、残念です。心春ちゃんを作った人の話を聞きたかったのにぃ。なんか覚えてないんですか? せめて性格プログラムにどんなアルゴリズム組んだのかとか覚えてないんですかぁ~」


「なに然り気無く腕組んでるんですかっ! あなたは今日、心春を目覚めさせれるかどうかを見に来たんじゃないんです?」


 トラの腕を掴んで揺らす葵の手を引き離す彩葉の怒りは未だ頭が揺れているトラにも向けられる。


「トラ先輩もなされるがままに揺らされて! 抵抗してください! も~女の人ならだれでもいいんですかっ!」


「そんなことない! ボクは彩葉が好き!」


「うあぁ!? 人前でそんなハッキリとっ、はずかしっ!」


「あなたたち、なにをやってるんです。第三者として冷静に言わせてもらうとウザいです」


 自分が騒動の発端なのは棚にあげ、騒がしいバカップルをジト目で見る葵はため息をつくと、ベッドに横たわる心春に視線を移す。  


 外観の幼い姿は夕華と違いは感じられない。違いは感じられないが違和感を感じる。


 葵は首を何度も傾げ違和感を探る。


 研究者であるための必要な素質として、結論を急がず、決め付けず、納得するまでどれだけ時間が掛かろうと、とことんやる。

 それを強く持つ葵にとって、この違和感は興味を大いに引かれるものであった。


 好奇心でうずうずする気持ちを押さえつつトラを見る。


「あんまりパッとしませんね」


 思ったことが口に出るタイプ。秒でやってきた彩葉に襟首を掴まれ体を激しく揺さぶられる。


「うがあぁ!! 何を言ってくれてるんです」


「い、彩葉……葵さんが泡吐いてる! 落ち着いて」


 激しく揺さぶられ泡を吐く葵を、彩葉はトラに止められ慌てて離す。


「うぅ……酔いましたぁ。日頃全く動かないんで激しい動き苦手なんです……」


 ペコペコ謝る彩葉に葵は襟を正しながら首を横に振る。


「私の言い方が悪かったです。トラさんがこれほど凄いアンドロイドを作った人には見えないなって意味で言ったんですけど言葉が足りなかったです」


「それって、やっぱトラ先輩をディスってません?」


 葵の言葉にムッとした表情で尋ねる彩葉の肩を押えいさめながらトラが前に出る。


「あのぅ、ボクが聞くのも変ですけど、心春ってやっぱりすごいんですか?」


 トラの言葉に眠そうな目を目いっぱい開いて驚く葵だったが、咳ばらいをすると心春の肩を指差す。


「アンドロイドは基本継ぎ目ができるんです。特に可動部、肩や膝は目立つんです。夕華だって最新の技術を駆使して目立たないようにして今の姿です。

 もちろん心春ちゃんにもあるんですが、それを上手に隠している皮膚の張り方。それから個人が作って一番難しくて躓くのが髪の毛、眉毛、まつ毛なんかです。これも綺麗に植毛されてます。

 これだけ見ても作り手の持つ技術が凄いものだって分かります。


 それに、前に参考資料として、運動能力テストの動画を見たことありますけど、あの話し方、表情の表現だけでも、その技術の高さに感動しちゃって私は画面にかじりつきましたもの」


 うんうんと頷きながら「画面をかじるなと同僚から怒られたものです」と言葉が続くが、そこはだれも聞いていない。


「心春の動画あるけど見てみますか?」


「みるーーっつ!!」


 彩葉がスマホを取り出してそう言った途端、瞬時に詰め寄った葵に肩を掴まれ激しく揺さぶられる。トラに救出され、目を回しながら彩葉がスマホで撮った動画を流し始める。


 ──彩葉のおばあちゃんの店の棚の上にある物を取ろうとしているのか、背伸びをしたりピョンピョン飛ぶ心春の姿が映る。

 クスクス笑う彩葉の声が入って、それに気付いた心春が振り返ると鋭い目つきで画面を睨む。


「あー!? また勝手に撮ってりゅでしゅ! しゃてはしゃつ影しゅるためにわざと頼んだでしゅね!」


「ごめんって、取ってほしいのは嘘じゃないんだって。ただ、こはりゅの可愛い姿をちょっとねっ」


「何がちょっとねっ、でしゅか! しょもしょもいりょはが取りぇないものを、わたちが取りぇれるわけないでしゅ」


 腰に手を当て画面に向かって口をへの字にして怒る心春。そのうち眉間にしわをよせ両手をかざして唸り始める。


「なにやってんの?」


「いりょはに、これ以上背が伸びないのりょいをかけてるでしゅ」


「ちょっとやめてよ! それはやりすぎだって!」


「へーんでしゅ。いりょはの成長はここで止まるんでしゅ」


「なにおー!」


 舌を出して逃げる心春の姿から彩葉の顔が一瞬映り、店の天井が映る。心春と彩葉の声が聞こえ、画面に苦笑いのトラと心春たちを見ているのか楽しそうに笑う夕華の横顔が映ると画面が暗くなる。


 短い動画。トラと彩葉の目が潤み、夕華はネコの髪留めをそっと触る。


 葵は暗くなった画面をじっと見つめ続け黙っている。やがて一言。


「この子はアンドロイドの思考……いえ、枠を超えてる……是が非でも会ってお話ししてみたいですね」


 心春を見て口角を上げ笑みを浮かべる。


「トラさん、心春ちゃんをここに寝かしていても進展はないです。よく眠る子には最適な環境を整えるべきです!」


「最適な環境?」


「そうです!! 全て私に任せてください。この眠れる幼女に完璧な環境を整えてみせます!」


 そう自信満々に宣言する葵がドンっと胸を叩く。



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 次回


『お引越し』

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