第134話 白い光の向こうに手を伸ばして
「おまえりゃあああああ!! わたちと一緒に地獄えええ、落ちやがりぇでしゅうううぅぅぅ!!!」
最後のシャウト終わり、ベース、ドラム、ギターが同時に音を止めるとマックスの音量からの静寂。恐ろしいまでの落差が生み出す静けさは静かすぎて耳鳴りがするほどだ。
一瞬の間を置いて湧き上がる割れんばかりの歓声が上がる。
息も脈もないが、顔が熱く心地好い達成感を感じている。
笠置がそっと俺の肩を叩いてくれ、我に返り進行を思い出す。手に持っているマイクを握り直すと観客席を見渡す。
みんなの目が俺に集まっていることに、恥ずかしさと嬉しさを感じながら俺は叫ぶ。
「一曲目は、『地獄へおちろでしゅ、ブタしゃんたちぃ!!』でしゅ」
曲紹介しただけだが、うおおお! っと歓声が上がる。
「えーと、メンバー紹介でしゅ」
おおおっ! と歓声が上がる、一回ごとに反応してくれるのが凄く楽しい。
「ベーシュ、夕華!」
歓声に応えベースを弾く夕華に、可愛い! 求愛コールが巻き起こる。
「ギター、かしゃぎ!」
ギターを弾く笠置の姿に驚きの声と、声援が沸き起こる。
「同じくギター、きな子しゃん!」
指笛なんかが吹かれる中、きな子さんはクールにギターを弾いて応える。
「ドリャム、うっしゃ~♪」
軽やかなドラムさばきを披露し応えるうっさ~♪
「しゃいご、ボーカリュ、わたち、こはりゅ!」
体育館を揺らすほどの歓声に、当てられテンションが上がる俺は今怖いものなんてない。無敵状態だと錯覚するくらいに興奮している。
自分の人生において、こんなに楽しいことがあっただろうか?
「皆しゃん、楽しんでもりゃえたでしゅか?」
俺の問いに答えてくれる歓声に耳がビリビリする。もっと話したい気分だが、時計を見ると持ち時間がなくなっていくことに気付く。
やる前は、長いと思った時間だが、今はもっと長くて良いのにと思う自分がいる。
「えっと、時間がないでしゅかりゃ、ちゅぎの曲へいきたいと思いましゅ。
ちゅぎは、『光に
曲名発表に拍手と歓声が上がるが、幕が突然閉まっていく。もちろん演出なのだが、観客席には予想外の事態にどよめきが起こる。
幕を引かれ薄暗くなった舞台では、俺の元に母さんが走って来て、白のドレスを着せ、メイクを落としていく。
このドレス、後ろをマジックテープで止めるようになっていて、今の服を着たまま前から着れるようになっている。
笠置に來実、夕華に楓凜さん、きな子さんに珠理亜、うっさ~♪ に舞夏がつきそれぞれ着替えとメイクを手伝う。
俺と夕華はフリルがあしらわれたプリンセスラインのドレス、まさにお姫様。きな子さんはAラインのドレスのミニスカート、これがなかなかカッコいいのだ。
うっさ~♪ は白のタキシード姿、小さなシルクハットが頭についているのカッコ可愛い。
笠置はAラインのドレスだがスカートは長く後ろ側が床につくロングトレーンとなっている。
薄暗い中、時間との勝負。二回ほどしかリハーサルできていないが、息の合ったチームワークで早着替えを終え、俺と笠置は位置を交代すると、実行委員の人に合図を送りすぐに幕が開き始める。
ざわついた会場が静かになり観客の視線が集まっているのを感じながら、あくまで澄ました表情で立っている。
幕が開いて俺らの姿が見え始めると、トラブルじゃなかったんだとホッとした空気が一瞬流れてから、服装が変わっていることに気が付いた人たちからの歓声が上がり、それが大きく広がっていく。
中央に立つ笠置がマイクスタンドを握る。その姿を見て「綺麗」や「可愛い」なんて言葉が観客席から聞こえてくる。笠置に向けての言葉に俺も嬉しくなる。
笠置は体育館の端に立っている、両親とるるを見てから下を向いて大きく息を吐くと、マイクに口を近づける。
笠置の静かな動作を見守り、会場はいつの間にか静寂が支配する。
──ボクの 瞳は何を映してる? 成長して やっと
透き通る綺麗な声に皆が息を飲む。
うっさ~♪ と夕華が静かにリズムを刻み始め土台を作り、きな子さんが静かだが強い音を入れ俺が優しい音を入れ二人で曲の雰囲気を作る。
──あなたが
ここで笠置が、俺の方を向いて手をそっと広げ俺に合図を送ってくれる。それと同時に夕華たちが演奏を止めて俺を見る。
ここから俺のソロパートなわけだ! 今のノリにのっている俺に怖いものはない。練習の成果をみせてやる!
皆の視線を集め、
ファの音が響く。
そこから動かない俺に、笠置たちが心配しそうに見て、俺が涙をボロボロこぼしていることに気付いて息を飲み、焦りの色を浮かべる。
「なんで、なんで今なんでしゅ……おかしいでしゅ、おりぇがしょんなにわりゅいことしたでしゅかぁぁ」
涙が止まらず、涙の粒がボタボタと落ちてドレスにシミを作っていく。でもいくら泣いても右手が動かない。ソの鍵盤の上に指を置いてから右手が動かないのだ。
沈黙の時間と、舞台の上の焦りが伝わったのか、ざわざわし始める。
笠置と夕華は俺を見て泣きそうな顔をしてるし、きな子さんとうっさ~♪ は舞台袖を見て俺の異常を伝えようとする。
事態を集束しようと母さんたちが舞台袖から出ようとしたとき、観客席から走ってきた影が舞台によじ登り、息を切らしながら俺の前に立って手を差し伸べる。
「心春、吹いて。ボクが弾くから」
俺の滲む視界でも分かるトラの姿に安心感を感じ大きく頷く。涙をごしごし拭う俺の背中にトラが立ち、鍵盤に指を置くと優しく囁く。
「手が動くようになったら交代しよう。それまでボクがやるから安心して」
俺が唄口を咥えたまま頷くと、必死に気持ちを落ち着けながら唄口に圧をかけ鍵盤ハーモニカに空気を送る。
トラが鍵盤をゆっくりと押すと、少しぎこちないけど優しいメロディーを奏で始める。
この流れにあわせ、夕華、きな子さん、うっさ~♪ が演奏を開始し、トラの演奏をカバーしてくれる。泣きそうな表情だった、笠置も演奏を聴いて、頬を叩くとマイクを握り歌い始める。
観客席も落ち着きを取り戻し、みんなが笠置の歌に耳傾ける。そして俺は背中にトラのぬくもりを感じながら、笠置の澄んだ歌声に包まれる。
──たくさんの光の中で煌めく
そう、あれは激しい光に包まれて、生まればかりの君は消えてしまいそうだったんだ。
──あなたに掬われ、今ここにいれる
疑似の命? そんなこと関係ない。確かにこの子は話して、家族を理解しようとして、俺の心に寄り添おうとしたんだ。それを偽りの命なんて言えるわけがない。
──この世界は光があふれて眩しくて
だから俺は願いながら、奇跡を信じながら、自分が代わりになっていいからって……
俺が見上げると、必死な顔で鍵盤を睨み演奏するトラがいる。
そっか、俺はこの子の命を救ってくれって願ったんだ。
理屈なんて知らない。でもその願いは俺と入れ替わることで叶っていたんだ。
俺は痺れて、段々感覚を取り戻してきた右手を見つめる。
これ、機械の不調じゃない……
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次回
『器から零れて』
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