第133話 叫んで、煽って、サイコ~!! なわけで

 教室に設置された鏡台の前で、楓凛さんの手によって俺の顔にメイクが施される。


 まさか自分が化粧を日がくるとは思わなかった。心春になって何もかもが新しく、本当に内容の濃い日々だ。なんて思っていたらパンっと肩が叩かれる。


「よしできた、鏡を見て直したいところがあったら言ってね」


 楓凛さんの声で鏡に写る自分を見ると、白く塗られた顔に右目を囲う黒の星模様。パンクな感じ。


 こういうのをコープスペイントと言うらしい。


 服装はいわゆるゴスロリで、黒地にフリルがふんだんに使われていて、スカートは黒と赤のチェック柄で右の方が長くなっている。

 そのチェック柄はスカートの右から右肩へ向かって帯状に伸び、肩でリボンをになっている。

 因みに夕華は俺と同じ服装だが、左右対象になっていて、スカートの左側が長く左肩にリボンが結んである。


 頭には右に大きな黒いリボン、左にネコさん。夕華はその反対で俺と左右対称になっている。


 きな子さんはメイド服から、ゴスロリ調の服にベルトをふんだんにあしらわれた、可愛さとハードさが融合された服を着ている。

 足元のブーツからスカートへ伸びる網タイツがなんともセクシーである。

 メイクも黒い口紅に目の下の黒い縁取りがカッコいい。


 笠置は黒のミニスカートに黒のストッキングを吊るすガターベルトがとても印象的。上は黒いブラウスの上からコルセットを巻いて前を紐で止めて、両腕に穴の空いた網目のアームカバー。なかなか攻めた格好だ。


 メイクは控えめできな子さんに近いが、目の下の縁取りが隈に見えるのは彼女だからだろうか。

 メガネは楓凛さんに外したらどうかと提案されたが、アイデンティティだと言ってかけてある。


 俺は笠置のこだわり好きだ。メガネキャラがメガネを取って実は可愛いではなく、メガネをかけていても可愛いのが本来あるべき姿であると思う。

 みんなの前でバンドをするという夢が叶うからだろうか、明るい気配を放つ笠置は、いきいきとして輝いていつも以上に可愛く見えるのは気のせいではないはずだ。


 ドラムのうっさ~♪ はトゲトゲの黒いベストにテカテカに黒光りする革のパンツ。両目にコウモリのようなペイントを施されている。


 メイクと衣装に身を包んだ俺たちを見て、母さんと楓凛さんが満足そうに何度も頷いている。


「トークからの衣装チェンジとメイク変更の手順は前に言った通りだからね。それぞれのパートナーとの連携はオッケー?」


 一曲目と二曲目それぞれの曲に合わせ衣装チェンジをするため、協力してくれる珠里亜と來実を含む、母さんと舞夏が楓凛さんの言葉に頷く。


「おっ、そろそろ時間だね。じゃあ円陣組むから皆さん並んで、並んで!」


 舞夏が時計を見て、俺を強引に押しみんなに円陣を組ませる。俺や夕華、うっさ~♪ が小さいので手を繋ぐ形の円陣が、自分たちらしい。


「バンド組んでからあまり時間もなかったし、一緒に音を合わせた回数も少ないけど、それぞれが練習したことは絶対無駄にならないから。


 それにこんなに沢山協力してくれる仲間もいる! いつも通りやれば絶対大丈夫! 私たちに出来ないことはないっ!」


 円陣を組んで、舞夏が熱く語り始める。


 こういった場面をテレビなんかで見たことあるけど、正直凄く冷めた感じで見てた。この人たち何を熱くなってんだろう、よくそんな恥ずかしいセリフ言えるなって。


 でもこうしてこういう場に立って分かった。舞夏の台詞を聞いて、内側から湧き上がる高揚感が体を心地好く支配する。血も通っていないのに体の芯から熱くなる思いは、何でもやってやるぞ! という気持ちになってしまう。

 クサイセリフだってカッコよく思えてしまうのだ。これは経験しなきゃ分からない。


「んじゃあ、最後は心春ちゃんが締めて、はいっ!」


 舞夏に突然振られて驚きはするが、興奮状態にある俺は勢い任せに言ってしまう。


「みんなで力を合わせて、最高のえんしょう演奏をしゅるでしゅ! それじゃあ行くでしゅ!」


「おぉ~!!」


 手を繋いで円陣を組んだままグッと右足を出して、円の中心で気合いを入れると、そのままの勢いで俺たちは体育館の舞台裏へと向かって行くのだ。



 * * *



 舞台の袖裏から見ると、男子のバンドが今流行りの曲を演奏していた。

 ボーカルの男子も上手で、演奏が終わると体育館に入っているお客さんから拍手が送られる。


 薄暗かった体育館の照明が、パッと灯り辺りを照らすとアナウンスが流れる。


〈15分間の準備時間を挟みます。足元に気をつけて移動してください〉


 アナウンスの内容に高まる緊張感にビクついた俺の袖を夕華が引っ張りニッコリ笑う。その表情に落ち着いた俺は舞台へと向かい準備に取り掛かる。


 事前に打ち合わせしていた配置に、実行委員の人たちがテキパキと必要な機材を配置してくれる。


 前半は俺がメインで歌うわけだから一番前に立つことになる。俺用の低いマイクスタンドの前に立つと、分厚い幕の外に多くの人の気配を感じる。

 人の話し声や、足音、椅子を動かす音が布一枚の向こうにあっても、その熱気が伝わってくる。


「準備オッケーですか?」


「オッケーなの」


 実行員の女子生徒が、囁いてきたのを受けて笠置が見渡し、皆が頷くといつもよりはっきりした声で答える。

 実行員の女子生徒が両手を挙げて大きな丸を作ると、放送担当の子や幕の横に立っている人たちがそれぞれ合図を送ってくる。


〈おまたせしました。プログラム5番。『DESYUでしゅ SYAIZUしゃいず』です〉


 アナウンスに合わせて、ゆっくりと幕が左右に開いてく。


 俺の視界が広がるということは、観客の視界も俺たちが見えるようになるということ。お互いに開かれていく視界と共に歓声が大きくなっていく。


 お客さんなんて、トラと彩葉にひなみ、そしてうちのクラスの変態どもぐらいかと思いきや、目の前には体育館に入りきれないほどの人たち。立ち見は当たり前で、入り口の外まではみ出ている。


 薄暗い館内で、色とりどりのサイリュウムが輝き、幻想的に揺らめいている。

『心春ちゃんサイコー!!』と『夕華ちゃん結婚してくれー!!』とか書いてある横断幕を振るのはよく見る顔の変態たち。人目もはばからず叫んでいる姿は相変わらずだ。でも今はそれも嬉しく感じる。


 うちわに書いてある名前は、俺や夕華が多いが、きな子さんやうっさ~♪ のも目立つ。きょろきょろしている笠置がある方向を見て微笑んで下を向く。

 視線があった方向を向くと、スーツ姿の男性と女性が立っていて、女性の腕には笠置のアンドロイド、るるが抱かれている。

 何度か笠置の家に行ったことはあるが、両親に出会ってことはない。それでも笠置の態度と、少し恥ずかしそうに『りり』と書いたうちわを振る男性を見れば両親であることは間違いないだろう。


 バアァン!!


 うっさ~♪ がシンバルを叩くとあれだけ騒いでいた会場が一瞬で沈黙する。夕華のベースと笠置、きな子さんのギターが音を奏で、始まる演奏に皆の視線が釘付けになるのが分かる。

 ドラムのリズミカルな音が激しく響き、ダーン! っとひと際大きな音が響き全員が演奏をピタッと止める。


 ここが俺の出番なわけだ。


 ここまでみんなが繋いでくれて外すわけにもいかないだろう。恥ずかしいとか、そんなことはどうでもよくって俺は全力で叫ぶわけだ。


「お前たちぃぃぃぃっつ!! 地獄までついてくりゅ気ありゅでしゅかぁぁぁぁあああ!!!」


 俺のシャウトにしんっと静まりかえる会場だがそれも一瞬、割れんばかりの歓声が返ってくる。


「ついてきやがれでしゅうぅぅぅ!! わたちと一緒にぃぃぃ地獄に落ちやがれでしゅうぅぅぅぅ、こにょお、ぶたしゃんどもぉぉぉぉ!!」


 俺のシャウトに合わせ、うっさ~♪ のドラムが再び激しいリズムを刻み始めると、エレキギターのきな子さんと笠置がそれに合わせ激しく弦を弾きだす。

 ベースの夕華が演奏しながら俺に近づいてきて、ニコッと笑うと俺も笑い返して応える。


 俺がシャウトして、返ってくる反応は徐々に嚙み合っていき会場がどんどん一体になっていくのを感じる。

 小さくリズムをとる人や、手を叩いてリズムを刻む人、激しく動く人、叫ぶ人、ヘッドバンキングまでしてる人もいるし、笠置の両親のようにうちわを仰ぐのも忘れて見入る人も、舞台袖で見守る母さんたちも含めみんなバラバラに見えてみんな楽しんでいるのは間違いない! もちろん演奏している俺たちも!!


 想像していたのより何十倍も楽しいぃぃぃぃ!!


 俺は力の限りシャウトするのだ!!!


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 次回


『白い光の向こうに手を伸ばして』

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