第132話 模擬店なわけで
「こちら、プリェーンを10個とチョコを10個でしゅ!」
俺が手渡すと他校の女子が俺の頭を撫でてくれる。
「この子可愛すぎ!」
「見てあっちの子も可愛い!!」
隣のレーンでベビーカステラを渡す夕華を見て女子たちはテンション高く騒いでいる。
俺たちのクラスの出す模擬店に並んでいる人の注文を聞くのは、
たこ焼き機で焼いて手際よくベビーカステラを回すのは
焼きあがったベビーカステラを袋に入れてもらい、左右に分かれた俺と夕華が受け取り、二列に並んだお客さんに渡していく。
息の合ったチームワークでベビーカステラを売りさばいていく。
因みに恰好は俺も夕華もワンピースの上からギンガムチェックのエプロンをかけ、頭にも同じ柄の三角巾をつけている。
「プレーンを100個もらおうか。それと購入特典として心春ちゃんと夕華ちゃんと一緒に写真を撮りたいんだが」
「は? なに言ってんの? どうでもいいけど
糸木の呆れた声にカウンターに目を向けてみれば、我がクラスの元副委員長、
彼の発言にお客さんを含め皆ドン引きする中、川内の肩がポンポンと叩かれる。
「お客さん、うちはそういうサービスしてないんでお引き取り願えますかね」
最近おなじみになってきた來実による男子の連行姿。俺と夕華の名前を叫びながら川内はフェイドアウトしていく。
迷惑なヤツだと思いながら並んでいる列に視線をやると、俺から目を反らす男子数名。
「くりゅみ、変なお客様は容赦なく排除するでしゅ」
「ああ、任せとけ」
川内を排除して戻ってきた來実にお願いすると、快く引き受けてくれる。
そしてあからさまに挙動不審な動きになる男子数名。
用心棒が睨みを利かせ滞りなく業務をこなす俺たちの前に現れたのは、楓凛さんとひなみのコンビ。
「うひゃぁ、可愛いね心春ちゃ~ん!!」
「やめるでしゅ~」
俺を抱きしめて、俺の顔の形が変わるほどの圧で頬ずりするひなみに、用心棒來実は反応しない。ひなみは変態なのに認識されないらしい。
頬を潰され口を尖らせ文句を言う俺を見て、楓凛さんは注文をしながらおかしそうに笑う。
「心春ちゃん、お昼から頑張ろうね!」
手をグッと握り可愛く気合を入れる楓凛さんに、俺はひなみに潰されたまま親指を立てグッとして答える。
「私は心春ちゃんたちがくるまで出番はないけど、嘉香さんと舞夏ちゃん、笠置ちゃんにきな子さんは準備頑張ってるよ」
楓凛さんがバンドの準備をしてくれている母さんたちの様子を教えてくれる。その様子を思い浮かべると、緊張感とやる気が同時に湧いてくる。
ひなみに俺が潰されて動けないので、焼き担当の名波が楓凛さんにベビーカステラの入った袋を渡している。
「ほらひなみ、心春ちゃんの邪魔しちゃダメ。みんなに差し入れしに行くよ」
「ええぇ、もうちょっとで心春ちゃん分充電できたのにぃ」
楓凛さんに引っ張られていく不満そうなひなみを見送って業務に戻ろうとしたときだった。
「今のサービスは、何個買えばやってもらえますか!!」
血走った目で叫ぶのはクラスメイトの
「……わたちのクラシュには、変態ちかいないのでしゅか……救いようがないでしゅ」
俺の絶望の嘆きとは対照的に、中町はガッツポーズをとって喜びを迸らせる。
「やった、心春ちゃんに罵ってもらえた。変態って、ふひひっ……」
ニヤニヤ笑う中町に身の危険を感じてしまう。この世に変態と言われ喜ぶ人間が本当にいるとは思っていなかった、しかもこんなに身近にだ。
俺は思わず後ずさりしてしまうと、ドンっと背中に何かがぶつかる。
そして肩をガシッと握られ驚きで身を強張らせてしまう。
「心春ちゃん……まだライブ始まってないの……。罵るのはまだ早いの……せっかちさんなの」
「ひやぁ!? か、かしゃぎ。準備中じゃないんでしゅ?」
「交代の時間なの……。心春ちゃん休憩するの。後は任せて」
中庭にある時計を見ると確かに交代の時間である。スススと模擬店の裏に入っていった笠置は手を洗うやいなや鉄板の前に立ち、豪快かつ繊細に鉄板に生地を流し込み、もう一人の担当
笠置の華麗な調理姿にどよめくお客さんたち。こいつだけ料理漫画の人みたいな動きしている。
笠置の新たなスキルを見て底知れぬ恐ろしさを感じながらも感心して、俺は夕華を連れ学校を回ることにする。
* * *
俺たちは食べたりは出来ないので見て回るだけだが、夕華は調理する様子を見るのが気に入ったみたいで模擬店の横から覗いてまわる。
模擬店に並ばず横から見るお金のない、腹ペコ姉妹に思われていないか不安ではあるが、楽しそうにしている夕華に付き合う。
「じゃがバター。アルミホイルに包んだじゃがいもに切れ目を入れ、バターとお塩をかけトーストする。
シンプルな調理なのにみなさん、あんなにおいしそうに食べています」
「夕華は料理に興味があるんでしゅか?」
そういえば家でもよく母さんの隣にいて料理の手伝いをしてる。俺は皿を出したり直したりしかしないが夕華は積極的に料理に関わっている。
「はい、同じじゃがいもなのに、じゃがバターになったりカレーやポテトサラダになったりするの凄いと思うんです」
興奮して前のめりで語る夕華に圧倒されつつも、確かに言われてみれば凄いかもしれないと感心してしまう。
「模擬店のように、料理を提供して人に喜ばれる存在になるのも楽しそうだなって思ったんです。
今でも調理型アンドロイドは存在しますが、お店を開き経営する。そんなアンドロイドがいたら面白くないですか?」
模擬店で調理する様子を見ながら話していた夕華が俺の方を向く。
その瞳は凄く清んでいて強い意思を感じさせる。
「以前、ひなみさまの実家で、こはりゅお姉ちゃんに何かあったときに、私の今後のことを心配していると言いました。
こはりゅお姉ちゃんの言う通り私は、こはりゅお姉ちゃんというアンドロイドの高みに近付く為に作られました。
最初は頭に浮かぶ、こはりゅお姉ちゃんと一緒にいたいという言葉はプログラムによるものだと認識していました。
でも途中からその言葉がどこから出てくるのか分からなくなったんです。いえ、言葉でもなくこれは気持ちなんではないのかと朧気ながら認識していました。
前にトリャお兄ちゃんが、私の心の在り方は最初と変わっていると言われたとき気が付いたんです。一緒にいたい気持ちは最初は真似事の形だけだったかもしれません。でも今私は本当にこはりゅおねえちゃんと一緒にいたいんです。
だから考えました。別の付加価値があれば、こはりゅお姉ちゃんと離されることもないかもと」
静かに力強く語る夕華。
前も思ったけどこの子もアンドロイドとして新たな可能性を秘めている存在になっていると改めて強く感じる。
「わたちも夕華と一緒にいたいでしゅ。そんなに思ってくれてありがとうでしゅ。一緒にお店をするなんて楽ちいかもしれないでしゅね。
まあ、わたちは皿を運ぶことしかできないでしゅけど」
真剣な表情で見つめてくる夕華は、俺の言葉を聞いて強張っていた表情を緩め微笑む。
現実的かどうかはどうでもいい、夕華とお店をする。そんな未来に思いを馳せるのも楽しいじゃないかと、子供のときは周囲の評価なんて気にせず夢見てたんだし、アンドロイドがどんな夢を語っても良いじゃないか。
俺は真っ暗に感じていた自分の未来に少し光を感じられた気がする。
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次回
『叫んで、煽って、サイコ~!! なわけで』
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