第131話 文化祭が始まるわけで
10月の気持ちよく晴れた朝、俺はベッドからムクリと上半身を起こす。
時計は朝の4時を示している。右には母さんが寝ていて、左には夕華が寝ている。
あくびでもしたい気分に駆られながら、目が覚めてしまった俺は二人を起こさないように布団に潜りモゾモゾと中を移動すると、ベットの下から這い出てくる。
トコトコと歩いてドアを開けてリビングに向かうと、カーテンの隙間から外を見るがまだ暗いのでソファーに座ってテレビを付ける。
朝方の番組なんて面白いものなんてなく、ニュース番組をBGM代わりに音量を絞って流す。
誰もいない静かなリビングはとても広くて静かだ。
こうして落ち着いて周りを見渡すと、自分が小さくなったことを改めて認識させられる。
右手をにぎにぎしてみる。
動作は悪くない。ただ少し手が遠くにある感じがする。
もう元に戻らなくていいと宣言したものの、本当にそれでいいのだろうか? と時々心が揺れ動く。それはこうして体の不具合を感じるときに湧いてくる。
不具合事態は大したことない。それは分かっているが、怖いのは形が変わったとき俺が俺として存在できるのかという不安。
いくら考えても結論には至らない。それに心春として周りから愛され、トラの幸せそうな姿を見てるとこのままでいいやと思ってしまうのも事実。
それと最近、喉に詰まってもう少しで出てきそうで出てこない言葉のように、頭の奥底に引っ掛かっているものがある。
凄く大切だったようなそうでもないような……。なぜ今頃になってそんなものが過り始めたのか分からないが。
考えても出てきそうにないので、リビングのカレンダーに視線を移すと十一月十日に付いている赤丸が目に入る。そして『心春ちゃん手術予定日!!』の文字。
さっきも言ったが、手術自体は大したことないのだが、俺がこの体を作るときにかき集めたパーツの中に生産終了したものがあり、入手に手間が掛かったせいで大分遅くなってしまった。
代替え品でも良いのだが、今の形をなるべく保ちたい俺は念の為にと無理を言ってお願いした結果だから、遅れたのは俺のせいである。
寧ろ俺の無理なお願いの為に、建造さんや、ジャックさんが手配してくれたのだから感謝しかない。
そういえばジャックさん、俺や夕華と同じタイプのアンドロイドを作ろうとしたらしいが、幼女型アンドロイドを作るのは如何なものかと会社の役員会議で反対にあったらしい。
本人はあきらめていないらしいが……。日本の萌えに対する寛大さが俺や夕華を生み出したといっても過言ではないかもしれない。
リビングのドアがそおっと開くと眠そうなトラが顔を出す。
「もう起きたの?」
トラは目を擦りながら大きなあくびをする。
「目が冴えたんでしゅ。トリャも早いでしゅね」
「うん、なんかわくわくして目が覚めちゃった」
「子供でしゅか。どうしぇ、文化しゃいが楽ちしょうとか、いりぃはと回るのが楽ちみぃとかでしゅよね」
えへへと笑いながら寝癖の付いた頭を掻くトラを見てため息をつく俺の隣にトラが座る。
「ねえ心春」
「なんでしゅ?」
母さんと夕華が寝ているから小声で話すが、静かな空間ではよく響く。
「笠置さんの歌を読んでて思ったんだけど。心春ってボクにとって生みの親、つまりはお母さんだよね」
「なんでしゅとちゅぜん。しょれにわたちは、彼女もいたことないでしゅし、幼女になった挙句にお母しゃんと呼ばりぇりゅのは腑に落ちないでしゅ」
ふんっと腕を組んで気恥ずかしさを隠すためにできる最大限の不満を表す俺を見てトラは微笑む。
「呼び方はなんでもいいのかな。でもこれだけは言える……言わせて」
さっきまで寝ぼけ
「この世に生んでくれてありがとう」
真っ直ぐ力強くも、優しいトラからの『ありがとう』を受けて俺は、血の通っていない顔が熱くなる感覚を感じながら恥ずかしくて直視できず顔を反らす。
「へんっ、お前はまだまだ常識を知らなすぎるでしゅ。いりょはやお母しゃんたちに迷惑かけないよう精進するでしゅ!」
「うん、頑張る」
屈託のない笑顔を俺に向けるトラと会話を続けるのが辛くなった俺は、この場から逃げ出そうとすると手をキュッと握られる。
「心春……前にボクが幸せになる姿を見せてくれって言ったよね。ボク頑張るからさ。ちゃんと見てよ」
下唇を噛み、まだ何か言いたそうにするトラが話し出す前に俺が先に話す。
「ちゃんと見てるでしゅよ。しゃて、今日は
「うん」
短いけど、納得していない感情を含む返事。
「心配するなでしゅ。お前がそんな顔ちたら、わたちも不安になるでしゅ」
「ごめん、そうだね。一番不安なのは心春だよね。今日は心春の活躍楽しみにしてるよ」
「任せるでしゅ」
俺は胸をドンと叩くいて、今日始まる文化祭へ向け意気込むのだ。
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次回
『模擬店なわけで』
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