第128話 戸籍があって働ければノープロブレムなわけで
そわそわ、擬音を付けるなら間違いなくそれ。
「いーろーはー、まだ朝8時だよー寝ようよー」
布団が喋る。
実際に喋っているのは、中にいる彩葉の母なわけだが、潜り込んで姿が見えないので布団が喋っているようにしか見えない。
「も~虎雄君とデートだからってそわそわし過ぎ」
「そ、そうは言っても、ちょっと遠出して一緒にご飯食べに行くんだって。
今までお祭り位しかイベント行ったことないから緊張するし」
「ん~、ご飯って結構な頻度で一緒に食べてるじゃないの」
「家で食べるより、外食の方が緊張するんだって」
「そうかなぁ? 手料理振る舞って家で一緒に食べる方が敷居高い気がするけどなぁ~」
布団は喋り続ける。
「おばあちゃん家寄って行くからもう出るね。お仕事お昼からでしょ? 寝過ごさないでよ……電話しよっか?」
布団がもぞもぞ動いて、
「う~ん、お願いっ。絶対寝過ごす自信あるから」
「だろうね、11時頃電話するから。鍵ちゃんと閉めて出てよ。じゃあいってきます!」
「いってらっしゃ~い」
大きなあくびをして虹花は顔を伏せ、すやすやと寝息を立て始める。その寝顔を見て微笑んで彩葉は玄関をそっと閉めて通路を歩いているとトートバッグが震えだす。
「ん?」
彩葉はトートバッグからスマホを取り出して、『こはりゅ』と表示された画面をみつめる。
* * *
──最近の心春は少し……いや、かなり柔らかくなったと思う。それになんだか落ち着いてきた気もする。言葉遣いは乱暴になるときがあるのは相変わらずだけど。
そんなことを思いながらトラは彩葉とショッピングモール内にあるペットショップのウサギを眺める。
「真剣に見てますけど、ウサギ好きなんです?」
「ずっと鼻がピクピクしてて面白いなぁって」
「本当だっ、疲れないんですかね?」
トラの横に来た彩葉がちょこんと座ってウサギの入ったゲージを見て、楽しそうに観察している。
──うん、可愛い。
彩葉の横顔を見て、トラは心の中で改めて確信する。
自分が梅咲虎雄だと認識し、男であることを自覚してから彩葉を可愛いと思う気持ちは大きくなる。
その気持ちの先に、抱きしめたいとかキスしたいというのが生まれてくる。男としての欲というもの。
心の中にある自分の考えに
自分で考えてもどうにもならないと心春に相談すると、
「しょれ、
返ってきた言葉に、今一理解できないなと思っていることが見透かされたのだろう、心春は電話すると電話の相手は速攻やってくる。
部屋に入るなり、なぜが嬉しそうに興奮したひなみさんが叫ぶ。
「トラくんが、
下に母である
つぶされたまま今の気持ちを素直に相談すると、そこはまじめに答えてくれる。
「それで良いの。人間の誰も正解の答えなんて知らないし、その葛藤の中で生きていけばいい。分からなくなったときは今日みたいに相談すればいいの。
答えなんてないんだから、大いに悩め少年!」
彩葉のおばあちゃんにも言われた言葉。答えをもらえないことに悩み、葛藤し続けるのが生きていくということなのだろうか?
「トラくんは言わなくても出来てるけど、相手を大切にしたいその気持ちを大切にしなさい。その芯がブレなければ大丈夫。
相手を思い行動すれば自分にも返ってくるから。トラくんの性格なら間違いなく良い方向に向かって進んで行くと思うよ」
ひなみさんの言葉に、心春や彩葉、お母さんの顔が過る。少しだけ分かった気がする。
顔に出ていたのか、ボクの顔を見てひなみさんが微笑む。
「ちょっぴりいい表情になったわね。他になにか悩みあれば聞くけど」
その言葉に甘え、兼ねてから疑問に思って悩んでいたことを尋ねる。
「それは難しい問題ね……。そもそも信じてもらえなければ答えに向かわないし。心春ちゃんはどう思う?」
ひなみさんは、心春を見る。
「わたちとしては、言わなくても良いと思うでしゅが、しょこに葛藤があるのなら遠回ちに聞いてみればいいんじゃないでしゅ? どうしぇ信じてもらえないでしゅかりゃ」
「それもそうね。自分の存在を仄めかしつつ聞いてみれば良いんじゃない?」
提示された答えに納得したが答えが出たわけではないので、やはり不安は拭えず黙って考えてしまう。
そんなボクに心春とひなみさんは顔を見合わせた後、
「どうしぇ答えなんてほぼ出てるでしゅ。でも、聞いてみればいいでしゅ。言葉にしないと分からないってやつでしゅ。
まったく腹立つでしゅ!」
「だよね~。も~心春ちゃん嫉妬しないで。ほらほら、ひなみさんがここにいるからぁ~いちゃいちゃしようよ~」
「やめるでしゅ~、どしゃくしゃに紛れて服に手を突っ込むなでしゅ!!」
それだけ言ってじゃれ合う二人。
──答えはほぼ出てる? どういうことだろう?
ツンと頭を横から突かれ、視界が大きく揺れる。
「さっきからずっと床を眺めてますけど、どうしました?」
彩葉の表情に不安と怒りが混ざったようなものを感じ、自分の行動を反省する。
「ごめん、考えごとしていた」
「ふぅ~、それって今考えないといけないことです?」
ちょっと不安から怒りの気持ちが強くなった言い方。
「うん、彩葉に聞きたいことがあるんだ」
「そうですか、では聞かせてくれますか?」
ボクは頷くとウサギのゲージから離れて、通路にある休憩スペースにあるベンチに並んで座る。
無言で少し緊張した面持ちの彩葉の顔を見て、ひなみさんの言葉が過る。
ボクが悩むのと同じで、彩葉も今ボクから言われる言葉に身構え悩んでることに気付く。聞きづらいけど、引き延ばすのは彩葉にとってもいいことではない。
「彩葉、もしもの話だけどボクが──」
彩葉がグッと身を強張らせボクを見つめる。
「人間じゃないとしたら。その、人間じゃないって言ったらどうする?」
彩葉は目をまんまるにして何を言っているのか分からないといった表情を見せボクを見る。
沈黙が続く……
「何を言うのかと思えば……なるほど……心春が言ってたのはこれかっ」
下を向いてため息をつきつつブツブツ呟くと、顔を上げてキッと睨む。
「そもそも人間でないって意味が分からないんですけど、それを前提に話を進めたとして、何か問題があるんです?」
質問に質問で返されたことに戸惑いつつも首を横に振って否定する。
「トラ先輩に戸籍はあるんですか?」
「うん、ある」
「将来働く気はあります?」
「うん、ある」
「じゃあ問題なしです!」
「え?」
今度はボクが戸惑う。
「いいですか? この世で大切なのは戸籍と働く意思です。取りあえずこれがあれば生きていけます。後はそこに自分らしさを上乗せすれば完璧です、と私のお母さんが言っていますので間違いありません」
まだ戸惑うボクに彩葉は呆れたようにため息をつく。
「じゃあ、私が人間じゃないって言ったらトラ先輩はどうするんです?」
「えっと……どうもしない。何も変わらない」
「答え出てるじゃないですか。私も一緒ですよ」
視界が明るくなる感じ、心春とひなみさんが言っていた答えが出ていると言っていたこと、でも言葉にしないと分からないと言っていたことが分かった気がする。
自分で抱え込まず、口に出すことの難しさと大切さを知れた気がした。
「彩葉」
「なんです?」
「好き」
ボコッ!
足を蹴られる。
「たくっ、人目をはばからずいつでもどこでも、言うんですから」
頬を膨らませぷいっと横を向いた彩葉を見て、自分の想いを言えばいいわけではないことを感じる……これは難しい。
彩葉が勢いよく立ち上がると、ちょっぴり桜色の頬で笑う。
「お昼食べましょう。そーですね、さっき通ったときハンバーグの良い匂いがしたのでハンバーグで」
「え~、さっきボクが決めて良いっていったのに」
「残念ですけど、次回でお願いします」
「本当に?」
「えーえー、本当ですとも」
にししと笑う彩葉に次回の決定権を本当にくれるのか疑いを持ちつつも、この楽しい時間を大切にしようと思うのだった。
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次回
『のめり込むとトコトンやる人っているよね?なわけで』
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