第129話 のめり込むとトコトンやる人っているよね?なわけで
学校に行けば文化祭の準備に追われる日々。気が付けば九月も終わりが見えてきて、文化祭の日が着々と近づいてきているのを否が応でも実感してしまう。
梅咲虎雄だったときよりも、今の心春の方が充実しているなんて、人生どうなるか分からないものだ。
「右手、気になりまして?」
珠理亜に声を掛けられ自分が無意識で右手の指を親指から順に折っては、小指から開いていくという手遊びをしていたことに気が付く。
この間テレビで指を動かすと、脳を刺激して痴呆防止になるとやっていたのを見たのが切っ掛けで始めたら、クセになってしまったようだ。
昔はそんな番組見て自分には関係ないって思っていたが、いざとなるとなんでも頼ってしまいたくなる。
アンドロイドが手を動かしたところで、なんの解決にもならないだろうが、ついついやってしまう。
目の前には心配そうな表情の珠理亜と來実がいる。
「調子は良いんでしゅけど、気になってしまうんでしゅよね」
嘘を言って繕っても仕方ない。無駄に心配を掛けるだけだからと本当のことを言うと、二人の心配した表情は更に深刻なものになる。
難しいものである。何を言っても心配されるらしい。
「心春ちゃん……出来たの」
「うひゃあ!?」
突然後ろから抱き付かれた上に、更に耳元で声がした俺は悲鳴をあげてしまう。
後ろを振り返れば、笠置がいつもより目の中の光を二粒ほど多くして、キラキラした目で俺を見つめてくる。
「とちゅぜん、なんでしゅ?」
俺の質問に答える代わりにビッと紙の束を差し出してくる。
「出来たの……」
「だから何がでしゅ」
「文化祭で歌う歌……作詞、作曲したの……」
「これ……心春ちゃんが演奏する楽譜なの。はい……」
数枚の紙を渡され、オタマジャクシが踊る譜面を見つめる。
タイトルは『光に包まれて』。まともなタイトルに少し驚いてしまう。
「この世に生まれてきたことへの感謝を綴ったの……バラード100%なの。そしてこっちが心春ちゃんの歌……」
もう一つ楽譜が渡される。タイトルは……
『地獄へおちろでしゅ、ブタしゃんたちぃ!!』
絶句……
「かしゃぎは、わたちに何を求めてんでしゅか?」
「地獄への使者なの……」
「お前……なにを言ってやがりゅでしゅ……」
ここ最近会話をして気付いたが、この手の話をすると笠置は意味の分からないことを延々と喋り出す傾向があるので、話を逸らすことにする。
「しょもしょも、さくち、作曲ってなんでしゅ? わたちが、
「初めはそう思ったの……でも心春ちゃんの魅力を100%出すには……鍵盤ハーモニカのソロが必要だって……昨日夢でお告げがあったの」
「おちゅげって……」
なんとコメントしていいものやら悩み言葉が続かない。
「でもさ、今さら曲変えるの大変じゃないか? 心春だって今の曲を練習してるわけだし?」
話を聞いていた來実がナイスな助け船を出してくれる。そう、俺は今、元々文化祭で演奏する曲を練習中なのだ。
全然上達してないけど、今から新しい曲を覚えるのは正直辛い。
「心春ちゃん……苦戦してると聞いたの。そもそも今の曲は……キーボードのパートを鍵盤ハーモニカに無理矢理当てただけなの。
三十二の鍵盤では逆に表現が難しいの……そう思って鍵盤ハーモニカに合わせて……心春ちゃんの譜面を書いてみたの……」
俺の持っている楽譜を見て珠理亜は頷いている。
「確かに譜面がスッキリしていて、演奏しやすそうですわ」
俺は譜面に泳ぐオタマジャクシを見てみると確かに数が少なく、鍵盤を押す数が少なくて演奏しやすそうな感じだ。
楽譜から笠置に視線を移すと、目の光がもう一つ増えて、俺の答えを心配半分、期待半分の目で見てくる。
なんだかんだ言って、笠置は俺のことを考えながらこの曲を作ってくれたわけだし、感謝しない理由はないだろう。
「かしゃぎ、ありがとうでしゅ。頑張って練習ちてみりゅでしゅ」
俺は楽譜をキュっと抱き締めて、笑顔でお礼を述べると、笠置が勢いよく鼻を押さえる。
「凄い破壊力……危ない……鼻血出そうなの……これなら世界にいける……いけるの」
鼻を押さえたまま足早に消え去ってしまう。
「なんなんでしゅ?」
教室から出ていく笠置の背中を見送った後、楽譜に視線を戻すと『光に包まれて』と『地獄へおちろでしゅ、ブタしゃんたちぃ!!』の二つのタイトルが目に飛び込んでくる。
「ブタしゃんたちぃってなんでしゅ……こんなこと言われて喜ぶやちゅがいるんでしゅかね? ぶんかしゃいで叫んで怒りゃれないでしゅかね?」
俺の台詞に苦笑する珠理亜と來実。ちょうどそのとき、「やベー鞄忘れた」と言いながらクラスメイトの変態……
鞄忘れたって何も持たずに帰ったのかと突っ込みったいところだが、疑問を検証するちょうどいい実験体が来てくれた。
俺はチョコチョコと藪に近付くと、凄く驚いた顔をした後、満面の笑みを向けてくる。
なぜか手を広げて迎えてくれる藪の笑顔が気持ち悪いという感想は置いておいて、俺が近付くと手を伸ばして俺を掴み抱っこしようとするのでその手をペチッと払う。
「しゃわるなでしゅ! このブタしゃん!」
一瞬目を見開いた後、ガクッと藪が膝から崩れ、手を付いて震えている。
言い過ぎたかと一瞬罪悪感に苛まれてしまったが、藪は四つん這いのままカサカサと近づいてきて俺の足首を掴む。
「いいっ! 可愛く罵られるの……いい!! もっと……もっと」
「ひっ!?」
頬を赤く染め俺の足首を掴んで、はあはあ息しながら笑みを浮かべる変態に俺は恐怖する。
言うんじゃなかったと後悔するが後の祭りである。
教室の後ろの方では、こっちを羨ましそうに見つめる数人の男子の姿が確認できる。
「おい、いつまでも掴むな! 怖がってるだろうが」
來実が藪の首根っこを掴んで引きずってくれて事なきを得る。珠理亜が俺の頭を撫でてくれ、涙をハンカチで拭ってくれる。
「怖かったですわね。もう大丈夫ですわ。
でも心春さんも不用意に変態さんを喜ばせるようなこと言ってはダメですわよ。
今のは心春さんにも落ち度がありますわ」
珠理亜の藪に対する認識が変態になってるってことが気になりながらも、怖かった俺は涙目で何度も頷いて、もう言わないと心に誓うのだった。
────────────────────────────────────────
次回
『練習は三人でなわけで』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます