第127話 こちらの家族にもご挨拶なわけで
目の前に座っている男の人がカルテに目を通しながら、俺……いや隣にいる母さんと、後ろにいるのはひなみだったか。
──少しだけど前より信号が弱くなっているね。
──痺れる? アンドロイドっぽくない表現をするね。
手術自体は難しいものではないよ。頭を開けて、原因と思われるパーツを外すだけだから。
──怖い? 変わった表現をする。この子は本当に変わってるね。
ああ、いやごめん。ひなみ君がそんなに怒るなんて、あぁ悪かった。ごめんね心春ちゃん。
視界が揺れる。
「──起きて──こはりゅ──えちゃん」
激しく揺れる。
「遅れますよ──起きて下さーい──」
揺れる、揺れる。
ぼんやりした視界にちょっぴり焦った表情の夕華が見える。
何をそんなに──
「はっ!? 夕華、い、今何時でしゅ!」
夕華が目覚まし時計を持っていて、小さな指が差しているデジタル表示の時間は9時半。
ガバッと起きた俺は、慌てて支度をする。母さんと夕華に手伝ってもらって無事に支度を終える。
今は九月中旬、残暑も過ぎ服装にも秋が訪れる。母さん曰く秋と冬はコーデの幅が広がるから楽しいらしい。
その意見に俺も同意しよう。
フードつきのプルオーバーのワンピース(カーキ)、ハイウエストに見せるリボンがポイント。足元はサイドファスナーが映えるハイカットのスニーカー(黒)である。
おっと、久々の紹介となったが、頭のネコさんはいつもご健在だ。
前ボタンのフレアスカート(グレーに黒と赤が映えるチェック柄)腰をキュッと締め存在感を放つリボン。黒のブラウスが可愛さと清楚さを引き立て、足元で全体を引き締めるストラップ付きのパンプス(ブラウン)。頭に二つのお団子を作って、ちょっぴり不機嫌なネコさんの髪留めをつける夕華。
俺はもちろん、夕華も合わさり、更に可愛いのだ。
「こはりゅお姉ちゃん、準備できたら行きましょう。バスの時間に遅れてしまいす」
「そうでしゅね。お母しゃん行ってくるでしゅ」
「はい、これ。あちらに着いたらよろしくね。気を付けてね。変な人について行ったらダメよ」
「は~い」
「はい、気を付けます!」
玄関前で見送ってくれる母さんの言葉に素直に返事する。
少し前の俺なら反抗してだろうが、この世には変態が沢山いることを知った俺は素直に返事をするのだ。
無事にバスに乗り二人で向かうのはひなみと舞夏の実家である。つまりは久野家というわけだ。
初めて検査に行ってから、二回ほど途中経過を見てもらっている。
これもひなみや、珠理亜たちのおかげなんだが、この間の音合わせで雨宮家にはお礼を言えたが久野家、特にひなみには言えてないし、書類上とはいえ家族になった久野家にも挨拶しておこうと思っての今日なのである。
ひなみの両親が忙しいという理由で、今日までなかなか挨拶にいけなかったのだが、ようやく久野家が揃うということで、今向かっているというわけだ。
母さんも行きたがっていたが、梅崎家も久野家もお互い気を使うだろうし、今回は俺と付き添いの夕華だけで挨拶に行くことになったという経緯あっての今。
二人だけでちょっと遠出したいという俺たちの希望バスに揺られているわけだが……
「こはりゅお姉ちゃん、あの方……」
「夕華見ちゃダメでしゅ。お母しゃんに変態と関わるなって言われたはずでしゅ」
「変態? あの方も変態さんなのですか?」
「でしゅ」
フードを被ってサングラスをつけた怪しげな女性が、こそこそ話す俺たちの席にやってくると通路側にいる俺をひょいと持ち上げ、自分が席に座り膝の上に俺をのせる。
「なにが『でしゅ』よ。こんな可愛いひなみさんを見て変態さん呼ばわりとは酷いじゃない」
ひなみはサングラスを取って、目を擦り泣くフリをする。
「じぇんじぇん、説得力のない格好でしゅ。何しにきたんでしゅ?」
「ひど~い! 可愛い幼女が二人で来るって聞いたら心配で心配で、も~いてもたってもいられなくて家を飛び出して迎えにきたのよ」
俺の頭の上で泣くフリを継続するひなみを俺はジト目で見る。
「だから、わたちたちが家を出たときから
「あれ? ばれてた? だってさ、心春ちゃんと夕華ちゃんが手を手を繋いで歩く姿とか見たいじゃない! ほらっ」
ひなみが見せてきたスマホには、俺と夕華が楽しそうに歩く姿が映っている。
「やってること、
「でしゅ?」
俺の口真似をするひなみにイラッとしてしまう。だがそんなことを知ってた上で俺の頭の上に顎をのせてぎゅっと抱き締めてくる。
「心春ちゃん、眉間にしわ寄ってるよ。渋い顔する幼女って可愛いくて好きよ。はっ!? もしかして私の好みを知った上でやってくれてるとか?」
「てきとーなこと言うなでしゅ! もー話しゃない!」
ふんっと顔を背ける俺の頬を突っついて謝るひなみ。そんな俺らを見て夕華はくすくす笑う。
今さらだがひなみの両親に会うのが不安になってきた。この人と同じ感じの両親が待ち構えてるんじゃないかと思うと、不安で胸いっぱいである。
* * *
だがその心配は
ニコニコと優しい笑顔で少し間延びした感じで話す
「麦茶だったら飲めるのかしら?」
俺と夕華の前に透明なグラスに入った麦茶が置かれる。
「もーお母さん。心春ちゃんたちは麦茶飲まないって」
舞夏が文句を言うと、美穂さんは口を押えハッとした顔をしてペコリと頭を下げ謝ってくる。
「ごめんなさいねぇ。ジュースの方が良いわよねぇ~」
麦茶を下げようとする美穂さんの手をそっと遮る。
「麦茶でいいでしゅ。しゅごく涼し気な感じがしゅきでしゅから」
結露して濡れた麦茶のグラスを手に取り、氷をカランと鳴らし笑って見せる。その横で夕華がグラスを振ってカランカランと氷を鳴らして麦茶を見つめている。
「ひなみから聞いてたけど、可愛らしい子だね。会社にも案内用のアンドロイドが働いてるけど、こんな感性を持った子はいないね」
恭平さんが、目尻に笑いジワを作りながら俺を興味深そうに見てくる。俺の横に座るひなみが自慢気にしているのはよく分からないが。そんなひなみがガッタッと椅子から立ち上がるとテーブルに両手をつく。
「前々から言ってるけど、心春ちゃんを我が家に迎え入れたいんだけど、どう? まあ、その日が来るのは確定ではないんだけど」
「ひなみの話には元から賛成だけど、今日会ってみて確信したね。大賛成だよ。
ところで夕華ちゃんは
ニコニコ笑う恭平さんの発言に夕華は驚く。自分の名前が出るとは思ってもみなかったのか目を真ん丸にしている。
「私ですか? でも所有権はAMEMIYAグループにありますし……」
「わたちがお願いするでしゅ。もち、お世話になることがあったら夕華もお願いしたいでしゅ」
夕華の言葉を遮って俺がお願いすると、夕華は更に目を丸くする。
「夕華にも家があった方が良いと思うんでしゅ。今の立ち位置だとわたちに何かあったときにいる場所がなくなりゅ。しょんな気がするんでしゅ。でしゅから──」
「心春ちゃんは何をそんなに慌ててるのかな? 夕華ちゃんのこともそして、元所有者のこともかな?」
言葉に詰まってしまった俺に恭平さんは優しく語り掛けてくるが、核心を突くような鋭い言葉にドキリと無い心臓が跳ねる感覚を感じてしまう。
「もちっ、もちもわたちに何かあった場合、トリャ……今の所有者は自分自身を責めると思うんでしゅ。
わたちもでしゅけど、あいちゅは別れに耐えれるほどまだ強くないでしゅ。だかりゃ、だかりゃ」
「だから私が言うの、心春ちゃんは私が見るから強く生きろって。なんとも損な役でしょ」
言葉に詰まる俺にひなみが言葉を繋いでくれる。
「ひなみたちから聞いているけど、今度手術受けるんだよね。その言い方だとまるで失敗する事前提みたいだけど、難しい手術なのかい?」
俺は首を横に振って否定する。
「もしものときのためでしゅ」
「なるほど」
恭介さんはそれだけ言うと、麦茶に口をつけてテーブルに置くとグラスの氷がカランと音を立てる。
「心春ちゃんの不安が何かは分からないけど、いつでも頼っておいで。といっても
そう言って目尻に笑いジワを作る恭介さんに、人の温かさを感じ感謝の気持ちでいっぱいで、滲む視界を見られたくなくて深々と頭を下げる。
──漠然とした不安。結果なんて分からないんだから今から不安に思っても仕方ないのは分かっている。
──でもどこかで、そうなるんじゃないかと思う自分がいる。
──何をしていいか分からないから、気だけが焦る。
眉間をグリグリ押される。
「眉間にシワ寄ってるよ」
頭を上げると、心配そうに俺を覗き込む夕華と俺の眉間をグリグリしながら微笑むひなみの姿がある。
「キミはもっと人に甘えなさい。少なくともキミの家と、この家の人たちはそれを許してくれると思うけどな。
漠然とした不安を甘えて一瞬でも忘れられるなら、もっと沢山甘えても良いんじゃないかな?」
いつの間にかひなみに頭を優しく撫でられていた俺は、その優しさに今だけ寄りかかる。
なんの解決にもなっていないのかもしれない、それでも人の温もりに寄りかかる。
それを弱いと言われてもいいと思えるくらいには強くなりたい。
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次回
『戸籍があって働ければノープロブレムなわけで』
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