第126話 初めての楽器は懐かしく新しいわけで

「それで演奏することになったわけなんだね。ところでこれなんて楽器?」


 俺はホース先端にある唄口うたぐちを咥え、鍵盤を押してプ~♪ と音を出して返事する。


「可愛い音色だね。心春にピッタリだと思うよ」


「しょりゃどうも」


 ニコニコで誉めてくるトラ。最近のコイツ俺を可愛いと言って誉めてくる。

 正直元俺に可愛いと言われるのは……気持ち悪い。


 だが100%善意しかないトラの言葉は素直に受け取っておく。

 まあ、この体が可愛いのはよく知っている。間違いなく俺は可愛いわけなのだから。


「こりぇは、鍵盤ハーモニカでしゅ」


「鍵盤ハーモニカ?」


「しょうでしゅ。世の幼稚園しぇいから小学しぇいまでの間に、多くの人が触る馴染みの深い楽器でしゅ」


 へ~と感心した声を出して、かなり興味ありげな表情をするトラに、俺はこの楽器の凄さを説明する。


「鍵盤ハーモニカは、息を吹いて演奏しゅる楽器でしゅ。息の強弱によって音色を変えれる面白い特徴があるんでしゅ」


「へえ~、あれ? 心春って息してなくない?」


「むっ、人を死んでるみたいに言うなでしゅ。でもいいとこに気付いたでしゅね。

 この息を吹くための唄口、じちゅはさいちん最新技術が使われてるんでしゅよ。

 今のアンドリョイドは息を吸ったり吐いたりはできないでしゅ。でしゅがこの唄口に内蔵されていりゅ機構は咥えるあちゅりょく圧力によって息の強弱、舌を当てあちゅをかけりゅと、吸えるんでしゅ!

 しゅごくないでしゅ? これ見たときAMEMIYAグリュープしゅげーってなったでしゅよ!!」


 俺の話を本当に感心してくれ、瞳を輝かせ何度も頷くトラに思わず熱く語ってしまった。

 こいつは本当に素直な目で見てくるから遂々話してしまう。


「心春は本当に最新技術とか好きだよね。ボクも勉強してるけど工学系って難しいんだよね」


「しゅきなのは当たり前でしゅ、さいちん技術には夢があるでしゅよ。

 わたちもこの体をちゅくるとき、どうにか息を吹けないか考えたもんでしゅ。

 で、『おにいたん、起きてくだしゃい』って息を吹きかけてもらうんだって夢みたもんでしゅよ! 結局出来なかったでしゅけど」


「うわぁ~、なんだか変態っぽい発言だね」


「むきぃぃ~!! 変態からちゅくられたお前も変態でしゅ!」


「えーーっ!?」


 俺を変態呼ばわりするトラに言い返すと涙目で嫌がる。トラは自分を変態と認める気はないらしい。そんな男に真実を教えるべく、俺はとっておきの情報を使うのだ。


「男は基本変態なんでしゅ! わたち知ってるでしゅよ。お前いりょはのクラシュで、キシュキスしたいとか言ったらちいじゃないでしゅか?」


「な、なんでそれを……あの後で彩葉から皆の前で言うなってこっぴどく怒られたんだから」


 トラは俺の発言に驚き、彩葉に怒られたことを思い出したのか頭を抱えてもがく。

 ってか、何を言われたんだ? って聞きたくなる程もがき苦しむ姿に、そっちの方が気になる。


 だが、今はトラを攻めることに集中だ。


「女の情報網を嘗めるなでしゅ。お前の行動なんてお見通ちでしゅ。

 お前だって女の子とキシュしたいとか思ってるんでしゅ。わたちのことに文句を言う資格はないでしゅ。

 しかも皆の前で言うとかわたちより変態でしゅ! 


 しょういや前に、わたちと夕華に『おにいたん』って言われてぽわぁ~ってしてたでしゅよね。お前もわたちと一緒でしゅ! や~い、変態! 変態!」


「むぐぐぐぅ、反論できないけどなんか腑に落ちない」


 下を向いて悔しがるトラ。これでいつの世も、妹に敵う兄はいないのだと知ったはずだ。胸を張って勝ち誇る俺を見て、トラは苦笑しながら大きく息を吐く。


「もう変態でいいや」


「むっ、その幕引きはわたちが大人げない感じでしゅ。卑怯でしゅ」


 開き直るトラに謎の敗北感を感じてしまう。


 もうちょっと、反撃して欲しくて物足りなさを感じ、口をへの字にする俺をトラが寂しさを滲ませる瞳で見てくる。


 一気に現実に戻してくる瞳を見返す。


「ところで、体の調子はどう?」


「ん? まあ調子良いでしゅよ」


 俺は右手の指を動かして見せ、鍵盤ハーモニカでド・レ・ミとゆっくり音を鳴らして見せる。


「この通りでしゅ! ひなみも、積極的に動かすことで、不具合の進行具合にしゅぐすぐ気じゅけるって言ってるでしゅから丁度いいでしゅ。

 しょうき早期発見できるち、えんしょう演奏するのは良いことじゅくち尽くしでしゅ」


「なら良いけど……心春、自分だけで解決しようとするから、困ってないかなって」


 真っ直ぐな瞳を向けてくる。その瞳に映る俺は間違いなく動揺している。

 それは俺に思い当たる節があるからそう感じているのか、トラに見透かされてそうで怖いのか……。


「悪かったでしゅ。何かあったら相談するでしゅ」


「本当に?」


「本当でしゅ、頼りにしてるでしゅよ、おにいたん」


「ここでそれは卑怯だぁ!」


「顔を赤くするなでしゅ、変態め! しょれより練習ちたいから手伝えでしゅ」


 トラと一緒に楽譜を睨みながらたどたどしい手つきで練習を開始する。ど素人二人の聞くに堪えないメロディーが部屋に響く中、ドアが勢いよく開けて現れる夕華。

 母さんと買い物に出かけていたはずだが、走ってきたのだろう髪が乱れている。


「こはりゅお姉ちゃんただ今帰りました! 外まで響く音が私を呼んでいる、そんな気がしたので走って帰ってきました!」


「さしゅが夕華! 今『夕華はやく帰ってきてー』って吹いたのに気じゅいたのでしゅね!」


「もちろんです!」


「えーうそだぁ~」


 姉妹の絆に文句を言うトラをポカリと叩いて、夕華指導の下俺の練習が始まるのだった。


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次回


『こちらの家族にもご挨拶なわけで』


 ちなみに鍵盤ハーモニカ、ハーモニカと違って吸うことで音はなりませんので、この唄口の吸う機構は今後の発展の為につけられたものです。


 鍵盤ハーモニカをなんと呼んでいたかで、使っていたメーカーが分かるので、調べて見ると面白いかもしれません。

 大体はピアニカ(ヤマハ)かメロディオン(スズキ)でしょうか。

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