第125話 優しい音

「うきゃー」とか「でしゅー」って叫ぶ俺。本当にこんなんで良いのか不安だが、周りは納得してる。

 衣装担当の母さんと、メイクを担当してくれることになった楓凛さんは俺らを観察しながら真剣に話し合っている。

 本気の目付きが、すごいものを作りそうな予感をヒシヒシと感じさせる。

 そんな中、「おまえりゃーっ!」と何度もシャウトさせられる俺は、自分に疑問を感じ始める。


 なんだよ、おまえらーって。誰に向かっての言葉だよ。


「かしゃぎ、わたち歌わなくて良いんでしゅか?」


 さすがに不安になった俺はきな子さんと、上手に音を合わせている笠置に尋ねる。


「心春ちゃんは、ちゃんと歌ってるの」


「どう見ても叫んでるだけでしゅけど」


 笠置は首を横に振る。


「この曲は心春ちゃんの煽りと叫びにメロディーをつけるの……完璧」


 親指を立てグッてする笠置。本当に良いのか? 煽りってなんだ? 音楽の深さを感じて呆然とする俺を背中から抱きしめて、頭に顎をのせるのは舞夏だ。


 こういう舞夏の動き方に、姉であるひなみを感じる。さすが姉妹って感じだ。


「あんまり歌ってる気がしないかもしれないけど、心春ちゃんのシャウトとその合間に演奏して音を繋げていくから大丈夫。

 意外と文言の文字数とか、煽ってからのシャウトとかタイミング難しいから頑張ろっか」


 多分笠置も同じことを言っていたんだと思うけど、舞夏の方が分かりやすく安心感がある。

 さすが指導者を名乗るだけのことはある。


「ところでさ、さっきもバスで話したけど持ち時間30分って長くない? 曲数とかどうする?」


 その頼れる指導者の心配ごと、持ち時間の時間配分。確かに言われてみれば、一曲歌って精々4、5分ってところだろう。どんなパフォーマンスをするかは重要だと思われる。


 まさか30分俺が叫び続けるとかはないだろ。絶対みんな飽きるし、白けるのが目に見えている。

 笠置もそこは考えているだろう。


「心春ちゃんシャウトとトークで持たせる……抜かりなしなの」


「抜かりしかねえでしゅ! お前の言う世界に羽ばたくバンドがやることじゃねえでしゅ」


 まさかの叫び続ける計画に、このバンドが世界に羽ばたくのは無理だと改めて確信した俺は強く非難する。


「こ、心春ちゃん……やっぱり世界目指してた……熱い想い……受け取ったの。さんきゅーなの」


 皮肉のつもりだったが、プラス思考の塊には効果はなかったようで、笠置は頬を赤らめ感激に満ちた表情をしている。


 疲れる……。


「まあ、一曲演奏した後、バンドメンバー紹介して、心春ちゃんが喋ったら変態どもを中心に盛り上がるだろうから、20分は埋まりそうだけどさ。

 折角バンド組むんだし、なんかもう一曲演奏したくない? コピーでもいいしさ」


 舞夏の提案に皆が考える。もちろん俺も真剣に考える。

 30分シャウトするのも嫌だけど、この集まったメンバーがどんな演奏するのか見てみたいって気持ちがちょっぴり湧いてきたのも事実だ。


 流行りの曲や、俺の知っているバンドのことなんかを考え、記憶の中から最適解を探しだす。

 考えすぎて、そもそもなんで俺はバンドしてるんだってところまで遡る。

 笠置に、才能があるとかなんとか言われて……そもそも笠置って何者なんだ? 神出鬼没で、ボソボソ話すのに無駄によく通る声。


 ん? よく通る声か……


「気になったんでしゅけど、かしゃぎって、歌えるんでしゅ?」


「……歌えるの。でも声が小さくて……魂がのらないの」


 魂がのらないってなんだよと思いながらも、なんとなく言った一言。


「わたち、かしゃぎの歌、聞いてみたいでしゅ」


 笠置は目をちょっぴり大きくして驚く。


「あぁ私も聞いてみたいな。りりが歌えるんなら、心春ちゃんと、りり一曲づつ、二曲あれば時間も丁度良いし」


 舞夏が俺の提案に乗ってくると、笠置はちょっとだけ戸惑いの色を見せるが、すぐに決心したように一人頷く。


「一曲だけ歌うの……ただ私が歌えるのは……シャウト……できない歌だけど……やるの」


 笠置がスタッフの人に何やら伝えると、バタバタと準備してくれマイクを手渡された笠置がマイクのスイッチを入れる。


 うっさ~♪ がタタンっと心地好いリズムから始まり夕華がベースを合わせ、きな子さんがギターでリズムに乗せてくる。


 なんでいきなり普通に演奏してるんだ。この人たちレベル高すぎだろ。


 ツッコミたくなるくらいレベルの高い演奏で、しっとりと艶やかメロディーを奏で、笠置は歌い始める。


 声は小さいけど、マイクを通ってスピーカーから流れる声はよく響く。


 少し前に流行った、片想いの女性の切ない恋心を歌ったバラード。

 流行に疎い俺でも知っているその曲は、笠置が歌うことで違った顔を見せる。


 原曲も勿論プロが歌っているんだからいい曲なんだけど、笠置が歌う方が俺の心に響く。

 波長が合うとでも言えばいいのだろうか。


 パチパチパチパチと室内に響く拍手の音で、歌が終わったことを知る。

 俺はぼんやりと見ていた目の焦点を定め笠置を見る。


 なんか不満そうである。


「りり! 良いよ! 絶対あんたも歌うべきだって!」


 舞夏が興奮して上げる声に皆が頷いて賛同する。


「でもシャウトできない……私の求める……音楽性と違うの」


 凄く綺麗な音当てられ、俺は柄にもないことを口走ってしまう。


「かしゃぎ! かしゃぎが歌うならわたちも何か楽器演奏ちたいでしゅ! 歌ってほちいでしゅ!」


 興奮して言ってしまった楽器を触ったこともない俺。なんか感動して、感情が高ぶって俺も演奏した~い! って気持ちになってしまったのだ。


 冷静にならそんなことを言わなかっただろうが、


「……心春ちゃんがそこまで言うなら……私もスカウトした手前……責任はあるの……じゃあ歌うの」


 と笠置が決意してしまった後では、もう遅いのである。

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 次回


『初めての楽器は懐かしく新しいわけで』





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