第124話 初めての音合わせなわけで
バスに揺られる俺は隣の席で、窓に張り付いて外を眺める夕華を見て癒される。
真ん中にいる俺を挟んで隣にいるのはうっさ~♪ 背筋をピシッとして今日もジェントルマンである。
通路を挟んだ席には笠置と舞夏が音楽の未来について語っている。
一番後ろの席には母さんと楓凛さんが楽しそうに話をしている。
運転席には、雨宮家で働いているできる男、
この面子の意味するところは、バンドのメンバーなわけである。余談だがひなみは行きたがっていたが、用事があるから楓凛さんに動画を送ってもらうと言っていた。
トラがいないのは、彩葉と遊びに行くと言ってたからである。最近仲のよい二人であり良いことだ。
話が逸れたが、なんでバスに乗っているのかというと、俺らに珠理亜の計らいで楽器の提供を兼ねて、スタジオを借りて音合わせをしませんか? と打診があった。
世界を見れば、バンドをやるアンドロイドは既に存在している。
だがそれはバンドをするために作られたアンドロイドであって、それぞれがバラバラに生活していて、偶然に集まったアンドロイドがバンドを組んで行うというのは例がない。
故に楽器の提供、スタジオを貸す代わりにAMEMIYAグループ独占で取材、まあ要は研究の為観察したいってことだ。
色々と面倒を見てもらっているし、これくらいはやっても良いだろう。
それに俺個人としては、珠理亜の両親でAMEMIYAグループ社長の建造さんと奥さんの
腕に抱えている菓子折りをぎゅっと抱きしめバスに揺られる。
* * *
やがてバスがついたのは郊外の大きなホール。
その横にある建物に案内され、中へと入ると皆がそれぞれ「うひゃぁ~」とか「ほぇ~」と間抜けな声を出してしまう。
文化祭で演奏するだけの、ど素人がやるバンド。しかもまだ一回も演奏したことのないバンドが音合わせするにはあまりにも立派なスタジオ。
「みなさまこんにちは」
上品に挨拶しながら出てきたのは珠理亜ときな子さん。
珠理亜は最近落ち着きが出てきたというか、前より芯がしっかりしている感じがする。髪を切ったからだけではないと思うが。
「雨宮さん、ありがとうなの」
一番後ろにいたはずの笠置が音もなく珠理亜の手を取りお礼を述べている。ってあいつどうやって移動してんだ? みんな呆気にとられ、珠理亜は目を大きくして驚きながらも平静であろうと努めている。
「え、ええっ、わたくしはお父様に頼んだだけですわ。お礼ならお父様に言っていただけるとうれしいですの」
世のお嬢様キャラにあるまじき謙遜っぷりを見せる珠理亜の後ろから現れるのは、お父様こと建造さんと美鈴さん。
「今日はようこそおいでくださいました」
挨拶しながらお辞儀をする建造さんと美鈴さん。日本を代表するアンドロイド製造の社長だというのに腰が低いというか、丁寧だなと改めて思う。まさにこの親ありてこの子ありってやつだろうか。
建造さんは俺と夕華を見るとニコニコしながら近づいてくる。俺は慌てて持ってきた菓子折りを両手に持つ。
「あの、こりぇ。えっと……色々とわたちの為にありがとうでしゅ」
そういえば笠置とか俺の体のこと知らなかったと直前で気付き、何とも曖昧なお礼を述べてしまうが、建造さんは優しく微笑みながら俺の頭を撫でてくれる。
そして俺がおどおどと差し出した菓子折りを受け取ってくれる。
そしてそのまま、むぎゅっ!! と美鈴さんに抱きつかれ頬ずりされ、むぐむぐと唸る俺。
「ああ、久しぶりこの感触! 心春ちゃん元気してた? あらっ?」
むぎゅーっとなってる俺をジーと見つめる夕華に気が付いた美鈴さんが、夕華に手招きすると、パッと明るい表情をしてトテトテと歩いてきて美鈴さんに俺とまとめてむぎゅ~とされる。
そんな様子を興味深そうに、そして感心してみる建造さんと、俺の母さんが嫉妬の炎をちょっぴり見せてくる。
これは帰った後でもみくちゃにされるパターンだ。そんなことも思いながらも、嬉しそうに俺の頬に頬を寄せる夕華を見て考えるのを止めておく。
「お母様、心春さんたちは今日はバンドの練習に来たのですわ。抱きしめるなら終わってからでもよろしいのではないですか?」
「はぁ~い、じゃあスタジオに行きましょ」
美鈴さんは珠理亜に促され名残惜しそうに俺と夕華を開放すると、俺たちの手を取り両手に繋いで案内してくれる。
スタジオにつくとスタッフに迎えられそれぞれの楽器の場所へ案内してくれる。
壁の一面に大きな鏡が設置され、大きなスピーカーやそれぞれの担当する楽器が置いてある。休憩するためなのかカウンターやテーブルなんかも設置されている。
鋭い光を放つ照明に照らされ、今まで味わったことのない独特な空気に触れながらきしむ床を踏みしめて歩き、マイクスタンドの前に案内され立つとマイクを渡される。
周りを見回すと右にはきな子さんが、エレキギターを持ってアンプとの接続を確認している。簡単に弾いているが既に上手い。メイドさんがエレキギターを弾く姿ってのは意外に様になるものだ。
左では夕華がベースの弾き具合をみているようだが、初めて弾く人の動きではなく完璧に使いこなしている。
学習ソフトによるラーニングとかチーとじゃん! と文句を言いたいところだが、ワンフレーズ弾いて「えへっ」って俺に嬉しそうに笑みを見せるからよしとしよう。
夕華の後ろにはドラムを軽く……いや、目にも止まらぬスティックさばきでクールに叩くうっさ~♪ の姿がある。ハリセンで訓練してたとか言っていたがその成果なのか? 指導者である舞夏が拍手しながら、頭を縦に振って頭で叩けと言っているがうっさ~♪ は首を横に振って断っている。
きな子さんの近くで自前のエレキギターをアンプに繋ぎ、恐る恐る弾いて響いた音に目をキラキラさせているのは笠置。
唯一素人感が出て好感が持てると思ったのも束の間。
日頃のおっとりした感じの笠置からは想像もつかない激しい音を響かせる。
その激しい音に皆が注目する中、上を向いて頬を桜色に染め響いた音にうっとり酔いしれる笠置。
みんなレベル高くねっ!?
やばい、俺何も出来ねえよ。ど素人集団のお遊戯会レベルかと思ったらこれはまずいぞ。俺も何かしなくちゃ、ってボーカルって言われても何を歌えば良いのだ?
とりあえずマイクを握ってスイッチを入れると、マイクからジッーと低い音が響いてきて「早く何か喋れ」と訴えてくる。
「てしゅ、てしゅ……マイクテシュトでしゅ」
喋ると言っても何も言うことないし、歌うのも恥ずかしい。
「こはりゅでしゅ」
恥ずかしいんでボソッとマイクに話しかける。
視線を感じ周りを見るとスタッフを初めみんながほわぁ~っとした表情で俺を見ている。
その視線が恥ずかしくて下を向く俺だが、突然肩をガッシッと掴まれ、「うひゃぁぁ!」と叫ぶ俺の声がスタジオに響く。
「心春ちゃん、良いシャウト、完璧なの。世界へ羽ばたけるの」
「なに言ってんでしゅ! 驚いただけでしゅ。しょもしょもこんなんで良いなら世の中チョロすぎでしゅ!
マイクを通してスタジオに響く俺の声を聞きながら、うんうんと頷く笠置。
「世間の理不尽さを表す良いフレーズなの。その調子なの」
満足そうに自分の持ち場に帰って行く笠置。そして俺を「その調子だ」的な視線を送り頷くバンドメンバー。
……いや、普通にダメだろ。
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次回
『優しい音』
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