第120話 集まるメンバーなわけで

 今日の出来事、笠置にバンドをやろうと言われたことを夕食時に話す。母さんは「凄いじゃない」と「見に行きたい」と頻りに言ってくる。


 俺は隣に座っている夕華をチラッと見ると、夕華が満面の笑みで俺を見つめている。


 この先の言葉を期待している。そんな感じしかしない表情である。


「夕華、バンドしゅる?」


「はい、喜んで!」


 待ってましたとばかりに元気よく答えてくれる。


「楽器は何かできましゅ?」


「う~ん、ピアノとかは問題なく出来るのですけど、ギターとベース、ドラムの中でしたら……」


 思考中の夕華、アンドロイドの場合は自分の中にあるデーターの中から検索をかけている最中である。俺には出来ないので、どうにかして出来ないかコッソリ試していたりする。


「ベースが出来るかもしれません。一応ギターのコード等も記録されていますが、私はあまり激しい動きができませんので、ヘヴィメタルにおけるベースの立ち位置ならいけそうです」


 優秀な妹を持つと非常に助かる。メンバーが増えた勢いそのまま俺はトラを見る。


 意図を察したトラは首をブンブン振りながら全否定する。


「ボ、ボクは無理だよ。楽器とか出来ないし」


「無理でも何でも、それをやるのが、兄としての役目でしゅ!」

「そうです! 役目です!」


「えぇ~、でも文化祭の日、その彩葉と一緒に回るって約束が……」


「けっ、リア充はこっちからお断りでしゅ!」

「リア充お断りです!」


 約束があるなら無理強いは出来ないと、トラのリア充っぷりに妬みをぶつけつつ、メンバー候補から外す。楽しそうな夕華が一緒に腕でバツを作りながら否定してくれたお陰で、トラへのダメージが大きくなった。


 最近夕華が俺の影響を強く受けているような気がして、時々反省するのだが今回は良いだろう。寧ろよくやったと誉めたい。


 この騒ぎの中、一人で考えていた母さんが、なにか良いことを思い付いたのか、パッと明るい表情になる。


「ねえ心春ちゃん。バンドの衣装お母さんが作ろうか?」


「え! 本当でしゅか!? 正直衣装もどうちようか考えていたんでしゅ。あっ……でも衣装作るの大変じゃないでしゅか?」


 思わぬ提案に飛び付いてしまったが、よくよく考えれば衣装を作るなんて大変な作業を軽々しく頼むのは気が引ける。


「いいのよ。お母さんね、自分が作った衣装を心春ちゃんと夕華ちゃんが着るのを見られるだけでも嬉しいんだし。それに心春ちゃんの役にたてるなら張り切ってやっちゃうな!」


「むぅ、それじゃあお願いしましゅ」


「任せて! なんだがテンション上がるわね」


 片腕でガッツポーズする母さんなんて初めて見た。断らない方が良いのかなと思いながらお願いしたけど、楽しそうな母さんを見ていると頼んで良かった気がする。


「あのさ、心春。さっき言ってたメイクのことだけど」


 おどおどと、時々母さんをチラ見しつつトラが俺に話しかけてくる。


「迷惑じゃなければ、楓凛さんがメイクとか上手じゃないかなと思うんだけど。ネイルとか凄く凝ってたし。聞いてみるだけでもどうかな?」


 何でおどおどしていたのかと思っていたけど、トラの口から、まして母さんの前で楓凛さんの名前を出すのは言い出し辛かったと言うわけか。

 母さんを見ると気にしてないのか、気にしていない振りをしてくれているかは分からないけど、また一人でなにか考えている。


「そうね、いいかもね。あの子、絵とか上手いし、結構器用なのよ。時々ドジするけど……。相談だけでもしてみてもいいかもしれないわね」


 時々ドジするけど……の言葉が凄く気になるけど有力候補が一人できたことは間違いない。


「後はメンバーを探しゅでしゅ。明日学校に行って知り合いを当たってみるでしゅ」


「うん! こはりゅお姉ちゃん!」


 出だしから幸先がいいぞ。楓凛さんにはまた後でお願いしてみるとして、後はギターとドラムの2人を探さなければならない。



 * * *



 彩葉はトラ繋がりで誘ったら当日回れないか候補から外すとして、まずはこの人たちだろう!


「という訳なんでしゅ。どうでしゅ、珠理亜、くりゅみ!」


 朝出会って、開口一番にこの2人に事情を説明し協力を仰いでみる。


「心春さんの協力はしたいのですが、わたくしはギターやドラムはできませんわ」


「私も同じく。それにこの3人全員がバンドに参加したら、模擬店の方が疎かにならないか?」


 む、確かに。俺はレシピの厳選が主な仕事で、ここからは人員の指揮と現場での作業がメインとなるが、全体を統括する珠理亜と、器具や材料の調達を担当する來実が抜けるのはよろしくない。


「私でよろしければ、ギターの演奏できますが」


 諦めて次にいこうとしたとき、思わぬ人物から声が掛かる。その声に皆が注目し、中でも珠理亜はかなり驚いた表情で、声の主であるきな子さんを見ている。


「きな子、あなたが演奏できるなんて聞いていませんわ」


「ええ、お見せする機会がありませんでしたから。

 お嬢様がお生まれになる前に、旦那様よりお嬢様の将来、何が役に立つか分からないと私は音楽のプログラムを一通り受けています。

 ヘヴィメタルは歌えませんが、ギターならエレキもいけます」


 なんと思わぬところに、強力な助っ人がいた!


「しょれは、じぇひお願いしたいでしゅ! えっと珠理亜、良いでしゅか?」


「そうですわね……わたくしもきな子の演奏する姿を見たいですし、わたくしの方からお願いしますわ」


 おおっ! これで新たなメンバーが!


 喜ぶ俺に、更に嬉しい一言が。


「きな子がお世話になるわけですから、なにかこちらからも助力しないわけにはいけませんわね。心春さんたちに楽器を提供できるように手配してみますわ」


「えっ、でもしょんな、お金もかかるでしゅし──」


「気にしなくていいですわ。きな子がお世話になるんですから、これくらいさせてもらいますわ。これはもう決めましたので、心春さんは受けてくださるかしら」


 嬉しいけど金銭面で負担をかけるのは悪いと断る俺の言葉を遮り、強引に珠理亜が決定させ話を決定させる。

 最近珠理亜は前とは違った迫力を感じさせるときがある。有無を言わせないって感じだ。

 でもこれは優しい気持ちが籠った申し出で、断る方が失礼なのだというのは俺でも分かる。


 母さんを初めとし、人の親切を受けてちょっぴり嬉し涙目の俺は、


「ありがとうでしゅ」


 と心からお礼を言うのだった。



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 次回


『誕生! DESYU SYAIZU……英語じゃないよローマ字だよなわけで』

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