第119話 バンドメンバー募集中なわけで

 笠置にバンドを一緒にやろうと言われて、「マジで?」と答える俺に笠置は答える。


「マジで」


 眼鏡の奥にある目を見ると、ジッと見返してくる。冗談ではないのか? 今だキャラの掴めない笠置のバンドしようぜ発言に困惑している。


「なんでわたちと、かしゃぎがバンドするんでしゅ。しょもしょもわたち、楽器使えないからバンドなんてできないでしゅ」


 笠置が俺の手をそっと取ると、


「大丈夫……心春ちゃん……ボーカル……楽器は無しだから大丈夫なの」


 ボーカルって俺、歌も下手で、全然大丈夫ではないじゃないかと思うんだが。そもそもなにを歌うんだ?

 不安そうな顔をしていたのか、笠置が暗闇に溶け込んでいた黒いパソコンを立ち上げ、動画を見せてくれる。


 ド派手なメイクして人たちが叫んでる……それに合わせ観客がヘッドバンギングをしている動画が流れる。

 こういう音楽があるのは知ってたけど、触れる……いや、歌う可能性が自分に振り掛かってくるとは思ってもみなかった。


「えぇっと、ヘヴィメタリュとか言うんでしゅっけ?」


「私の場合そこまではいかない……ロックとヘヴィメタの境界線は難しい……でも、魂を叫ぶの……それはどの音楽も同じ……表現の対象と、仕方の違いなの」


 なにやら小難しい話が始まりそうだったので、ここは本題に入る為にもズバッと聞く。


「なんで、かしゃぎは、バンドをやりたいんでしゅ? しかもなんでわたちがボーカルなんでしゅ?」


「私……声小さいの……喉が弱いから大きな声出せないの。だから大きな声出せる人……羨ましいの……」


「しょれで、シャウトしゅるバンドが好きになったわけでしゅか」


 笠置がこくこくと頷く。


「それでね……バンドを見てたら私もやってみたいって……だからギターの練習したの。少しできるようになったら……その……」


「みんなの前で演奏ちたくなった。自分もやってみたくなったってとこでしゅ?」


 再び笠置がこくこく頷く。そして前のめりになっていつもより勢いよく話し始める。


「心春ちゃんが屋上で叫んでいるの見たとき、この子だって思ったの。……男子が騒ぐのも小さな体で堂々と注意する姿……憧れなの。

 心春ちゃんに歌って欲しい……私と一緒にやって欲しいの」


 いつもより間を置かずに必死に訴え掛ける笠置を見て、ふ~とため息の声を出す俺。


 さて、どうしたものか。


 変な子だが真剣なのは間違いない。でも俺は本当に歌えないし、そもそも俺と笠置だけでバンドするっていってもな。


 悩む俺を、笠置は相変わらずの前のめりで期待に満ちた目を輝かせて見ている。


 そのとき、ドアをトントンと叩く小さな音がする。それは小さく、低い位置から聞こえる。

 笠置が立ち上がりドアをソッと開けると、銀色のボディーの小さなロボット犬が入ってくる。


「るる……足元気を付けて……障害物多いの」


 人型アンドロイドが身近になる前、ペット型アンドロイドが主流だった。るるはその第三世代ぐらいだろうか、自立的思考を搭載し自分で考えるといった思考を与えられた、当時は革命的なアンドロイドだ。


 といっても俺が生まれる遥か前の話。相当古くて、今となっては稼働している個体が珍しい。豆柴を模した銀色のボディ、声は出せないが目の位置にあるディスプレイに表示される、目のアイコンで感情を表現する。


「しょう言えば最近学校に連れてきてなかったでしゅよね?」


 銀色の短い尻尾をパタパタと不器用に振る、るるを抱く笠置はるるの頭を愛おしそうに撫でながら、優しい声で答える。


「るる、最近調子悪いから……おうちでお留守番なの……あっ!」


 るるが俺を見ると、笠置の腕からピョンと飛び出し俺に飛び込んでくる。


「おぶぅ!?」


 小さい犬といっても俺も小さいので、るるを受け止めようと試みるものの勢いに負けてひっくり返ってしまう。


「るる、ダメ」


 笠置の声を無視し、るるはひっくり返った俺の腹を蹴って部屋を走っていくと何かを咥え戻ってくる。


 俺の頭に口に咥えた物体を押し付けてくる。


「なんでしゅか? こりぇは、マイク……お前話聞いてたでしゅね」


 るるは首をふるふると横に振り、否定しながら俺にマイクを押し付けてくる。

 仕方なく手に取ると、上半身を起こし座った俺の足に手をつき、マイクを持った俺が似合っているとでもいうかのように片目をつぶるアイコンを表示し、ウインクすると大きく何度か頷く。


 主人である笠置と一緒にバンドをしてくれと言わんとする行動。


「かしゃぎ、りゅりゅるるはどこの調子悪いんでしゅ?」


「……るるはお年寄りだから……全体的に悪いの……あまり無理させたくないから……お留守番なの」


 俺はるるの頭を撫でる。大きな目が表示されキラキラ光っている。


 目は口ほどにものを言う。まさにその通りの目だけの会話。でも伝わる思いは確かにあって、それを感じてしまうのは俺がアンドロイドだからなのか、元人間だからなのか、中途半端な存在だからなのかは分からない。


 その目は言う。


 ──りりをお願いと


 俺は小さく頷く。


「かしゃぎ、バンドやるでしゅ」


「本当に!」


 今まで見せたことのない笑みを浮かべる笠置と、くるくる回って喜びを表現する、るる。


「ただち歌には、期待しないでほしいでしゅ。しょれでもいいならやるでしゅ」


「うん……ありがとうなの」


 ほわほわっと喜びに満ちた笑顔の笠置。そして俺に金属の体を擦り寄せてくる、るるの目は俺へのありがとうで満ちている。


 俺はるるを抱き上げると、ぎゅっと抱き締める。


「大しぇんぱい先輩にお願いしゃれたら、断れないでしゅ。かしゃぎのことは任せるでしゅ」


 俺の言葉にるるは笑ったアイコンを表示し、尻尾をぎこちなく振る。


「だかりゃ……長生きしゅるでしゅ。もう2、30年はいけるでしゅよ。まだしょんな心配する年じゃないでしゅ」


 るるは「もちろん」と頷く。


 そっとるるを置くと、夢心地な笠置を見る。


「かしゃぎ、バンドにひちゅうよう必要な人と物はなんでしゅ?」


「ギターがもう一人……ドラム……ベースがいてもいいかも……後ビジュアル面。……メイクとか」


 バンドメンバー3人に、メイク出来る人か。4~5人程度といったところだろう。

 乗り気ではなかったが、やると宣言したからにはやるしかないだろ!


「かしゃぎ、メンバー見ちゅけに行くでしゅ!」


「うん」


 地獄のような部屋を嬉しそうに尻尾を振りながら俺たちの周りを駆ける、るるの中心で俺と笠置のバンド活動がスタートする。


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次回


『集まるメンバーなわけで』

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