第117話 才能を見出だされるわけで

 俺は家の台所で踏み台の上に立ち、母さんによるベビーカステラの調理実習を受けている最中である。

 俺はメモを取り、隣に並ぶ夕華はスマホで撮影して記録を取っている。


 ベビーカステラの味にバラツキが出ないように材料の分量を細かく設定しつつ、難しくなく、簡単に作れるようなレシピを作る為に、作れる人や家族がいる人でレシピを出し合い、その中から一番いいやつを決めようというわけで、俺は母さんに頼んで勉強中なわけだ。


「はちみちゅは、いっしゃい一歳以下の子に食べさせはダメでしゅと……」


 右手の感覚を確かめる為にも積極的に右手を使う俺は、メモ帳に母さんに聞いたことを書き留めていく。


「お母しゃんありがとうでしゅ。これであちた、提出できるでしゅ」


「役にたったかしら。心春ちゃんもお仕事大変だけど頑張ってね」


 母さんに労いの言葉を掛けられ、素直に嬉しい俺は満面の笑みで頷く。


「こはりゅお姉ちゃんの副委員長姿カッコいいんです! お母さまにも見せてあげたいです!

 変態さんたちにビシッと注意する姿とか、私憧れます」


「へぇそうなの。それは見たいわね」


 俺は2人に誉められ恥ずかしくて両頬を押さえ首を振りながら悶絶する。

 

恥ずかしいけど、明日も頑張ろうと誓うのだった。



 * * *



 出し物が決まってからなにかと忙しい。数人から提出されたレシピを見比べながら、厳選していく。こういうときアンドロイドというのは食事をしなくて良いので、昼休みもフルに動けるのは助かる。


 たまに昼寝するけど、しなくても平気だし。それに昼休みは、彩葉にアドバイスを受けるチャンスなのである。


「こはりゅ熱心だね。へぇ~いろんなアレンジあるんだ」


 彩葉が俺の持ってきたレシピを数枚手にとって感心した声を出す。


「普通に焼くだけでいいと思ってたでしゅから、味のバリエーションで悩むとは思ってなかったでしゅ」


「これだけあると、悩むのは仕方ないね。


 それにしても模擬店って面白そうだね。私も来年は模擬店推そうかな」


「いりょはのところは展示でちたっけ?」


「ん、そう。地元の歴史を調べて展示するんだけど、まあ地味だよねっ。


 それよりベビーカステラに入れる材料だけどさ。味にバラツキを出したくないなら既製品のお菓子とか入れたらいいと思うよ。

 分量を統一するより簡単だし、味も数種類あれば広がるし、材料費もあまりかからないと思うけどな」


 料理上手な彩葉のアドバイスを受けて、俺は目から鱗が落ちる思いをする。レシピの中にチョコを入れるというのは数点あったのだが、それはあくまでもお菓子を作るためのチョコで、グラム計算が必要だった。


 だが既製品を使えば、粒チョコ2個入れるとかで済むわけだ。


「いりょは、ありがとうでしゅ! 参考にさせてもらうでしゅ」


「役に立てた? なら良いけどっ。それよりトラ先輩! ちゃんとこはりゅ手伝ってます?」


 もくもくとご飯を食べていたトラが話を急に振られ、喉が詰まったのか噎せている。夕華にお茶を渡され、涙目で胸を叩いている。


「こはりゅ、大変なんですからちゃんと手伝ってあげてくださいよ」


「う、うん。頑張る」


 彩葉に頷くトラは、既に尻に敷かれているようだ。


 こうなるのは分かっていたけど。


「トリャは真面目にやってましゅよ。他の男ちどもが酷しゅぎるのもありましゅけど……」


 思い出して憂鬱になってしまった俺は、ズンッと首をもたげる。

 そんな俺の横にきた夕華が、彩葉に俺がどんなに凄いのかを興奮気味に語り始める。


 誉めてもらえるのは嬉しいけど、『だまりぇー』とか『ちねー』や『ふじゃけんなぁー』って叫ぶ夕華を見て悪影響与えてないかと不安になってくる。


「──と、言うわけなんです。こはりゅお姉ちゃんが変態さんたちに注意する姿に憧れます!

 いりょはお姉さんも是非見にきて下さい!」


「それはちょっと見てみたいなっ。幼女に注意される高校生って図も面白そうだし。

 まあ、こはりゅ学校じゃ有名人だし。その噂が広まればみんな見にくるかもよ」


「私もみんなに、こはりゅお姉ちゃんの姿を見て欲しいです! 本当にカッコいいですから」


 何気に恐ろしいことを言う彩葉とそれに同調して、興奮気味に俺がカッコいいを連発する夕華。


 もうやめてと言おうとしたときだった。


「そうなの。カッコいいの……」


 ボソリと小さな声が背後から聞こえる。小さいのによく通る声。


 そして皆が驚きの表情で俺の背後に注目しているから、俺の後ろに何かいるってことだろう。


 恐る恐る後ろを振り返ると、メガネをかけた少女が膝を抱えて座っているではないか。


 なんでその格好? いつの間に来たの? と聞きたいことはあるが、膝を抱えて座ったままスススと俺の隣に移動してくる。


「私のこと……知らないと思うけど……笠置かさぎりり……なの」


 突然の登場に驚き声を失う俺らを置いて、笠置は俺の両肩をガシリと掴み俺と向き合うと、両口角を上げてニヤリと笑う。


 こ、怖い……


「心春ちゃん……才能ありなの。やろう……一緒に……」


「な、何をやるんでしゅ……」


 怯える俺を逃がすまいと掴んだ肩を更に強く握られる。見た目の細さに反してパワフルな子だ。


「魂を叫ぶ……心の有り様を叫ぶの……心春ちゃん、才能ありありっ」


 何を仰ってるのこの子は?


 困惑する俺を見てフフフと笑う笠置。普通の大人しいやつかと思ってたら、コイツこんなやつだったんだ。

 張りもなく抑揚もない声で淡々と語られる意味の分からない言葉たちに困惑する俺。


 逃げたくても、ガッシリ掴まれ身動きが取れない。


「心春ちゃん、前に屋上で叫んでたの……ひとーちゅって。そこからずっと気になってたの……そして今、副委員長になって確信したの。


 才能ありありなの。だからいくの……魂の桃源郷へ。


 放課後、待ってる……。いこっ、一緒に……フフフ」


 スッと立ち上がると、俺を見てクスッと笑みを見せて足音もなく去っていく。


 俺は笠置の背中を見送りながら、まだ夏の暑さが残る9月だというのに、薄ら寒さを感じてしまう。


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 次回


『バンド? しようぜ? マジで? なわけで』




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