第116話 文化祭の出し物は決まるが鋭い視線を感じるわけで
文化祭。それは高校生活において大きなイベントの一つではなかろうか。
ただ俺の文化祭の思い出と言えば、一年のときはやる気がなくて、サボりまくって担任から小言を言われていたことしかない。
正直どうでもいいイベントだった。
だが今は違う。副委員長になってすぐにやってきた仕事は、文化祭の出し物を決めることだった。その中心となる俺は嫌が大にも関わらざるを得ない。
それ以前に今、こうして関われていることが楽しいのもあるけど。
「では、意見のある方は挙手をお願い致しますわ」
珠理亜が意見を求めると数人が手を挙げる。この場合男子が多いのは多分悪いことでしかないはず。
無視したいがそういうわけにもいかず、嫌々珠理亜が指名する。
「心春ちゃんと夕華ちゃんが中心となった女子総力を上げたメイド喫茶がいいと思います!」
「却下でしゅ」
「却下と」
俺の一言で黒板に書かれることなく意見は却下される。
「心春ちゃん&夕華ちゃんと一緒に回れるお化け屋敷! お化けに驚いて二人に抱きつかれて──」
「ボツ」
「ボツとな」
「はぁ、はぁ……こ、こは、心春ちゃんと、そ、添い寝、添い寝を……へへっ」
「くりゅみ」
「あいよ」
変態の息遣い荒々しい藪は、來実に摘まみ出され、教室から消えてしまう。
下らない意見を言う者を始末しつつ、意見を厳選していく。珠理亜、來実、俺のトリオによる文化祭の出し物決めの会議は淡々と進んでいく。
意見も出きったかなというところで、黒板を見ると、『唐揚げ屋』『ベビーカステラ屋』『綿菓子屋』『喫茶店』『プラネタリウム』『脱出ゲーム』の文字が書いてある。
演劇などがないのは、このクラスの特徴なのかもしれない。
「では、この中から決めていきたいと思いますわ。挙手による多数決で決めていこうと思いますが、他に意見はありませんかしら?」
珠理亜の問い掛けに、「はい!」とピシッと手を挙げる男の名は川内。元副委員長である。
「私たちのクラスには心春ちゃん、夕華ちゃんの2人がいます故、この2人を中心に出し物を考えるべきかと思います。
ですからここは心春ちゃんと夕華ちゃんがやりたいものにすべきかと。
あと、2人の衣装なんですが、夏にちなんで水着を中心としたラインナップでお迎えして……あっ、2人が食べさせてくれるサービスなんかもあると良いかもしれません」
収集が効かないほど、とち狂ったことを言い始める川内。
この男、マジでこえーよ。
そしてイライラしてきた。
「川内……お前、一回
椅子からピョンと立ち上がり、キレる俺に合わせるように來実が川内に向かって行く。
來実が行く途中で、
「わりい」
「良いってこと、話進まないし。あんたも大変でしょ」
話すのを見たことない2人が協力している姿は新鮮である。
今まで來実がクラスメイトと話すこと自体珍しかったから、これを見ただけで感動してしまう。
ちょっぴり潤んだ目の俺の背中にゾクリと悪寒が走り抜ける。
俺をじっくり観察し値踏みするような、ねっとりしつつも熱い視線。
男子どもが見る変態的視線とはまた違うが、俺を見ているのは間違いない。
視線を感じる方を恐る恐る見ると、そこには來実に摘まみ出され無人になった藪の机があるだけだった。
生き霊の類いか何かかもしれない。あの変態ならやりかねない。そう思わせるだけの執念があいつにはある気がする。
アンドロイドの体を持つ俺は得たいも知れぬ生き霊に怯え、なるべくそっちを見ないようにして会議を進めていく。
一応男子の面子の為にまともな奴もいるよ、とだけは言っておこう。
少ないけど。
邪魔物を排除した結果、スムーズに話は進み『ベビーカステラ屋』を出店するという結果に至った。
もちろん俺や夕華が食べさせるなんてサービスは無しである!
「それでは、本日決まりましたベビーカステラの出店に当たって必要な物、予算、担当、などを決めていきたいと思いますわ。
資料をまとめ次第、次のホームルームを開きたいと思いますので、ベビーカステラの知識やノウハウ等お持ちの方がいましたら、お声掛けしていただけると助かりますので、よろしくお願いしますわ」
珠理亜の一声でホームルームは終了し教室は解放感に満ちる。まばらに帰っていく人の中にいるトラと夕華を捕まえ、副委員長の仕事があるので、先に帰るよう伝える。
彩葉と帰る約束があると言って帰るトラと付き添う夕華を見送って、俺は珠理亜たちの元へ戻る。
「それでは、今日決まったことをまとめて、寺尾先生に提出する、その手順をお教えしますわね」
珠理亜が、副委員長と副副委員長になったばかりの俺たちに声を掛けて記帳するノートを取り出す。
説明は丁寧に進み実際に記入し終えたところで俺は、ずっと言いたかったことを珠理亜に伝える。
俺はトラのサポーター故に一緒にいるので、学校で珠理亜と話す機会があまりなかったので、今回の副委員長騒動はある意味良かったのかもしれない。
「珠理亜、わたちのけんしゃの事なんでしゅけど、お父しゃんたちに頼んでくれたって、ひなみと楓凛しゃんに聞いたでしゅ。
しょの、ありがとうでしゅ。お礼だけで
この体になってから涙もろくなった俺は、お礼を言っている途中で涙が溢れてしまう。
「わたくしに出来ることをやっただけですわ。
わたくしより、心春さんの症状を詳しく説明してくれ、力を貸して欲しいとお願いしてきた楓凛様やひなみ様に感謝してくださいな。
それに……」
珠理亜が來実をチラッと見て笑みを浮かべる。その笑みに思うところがあるのか、來実がみるみる赤くなり、珠理亜に飛び掛かるが、さらりかわされてしまう。
「実家にお願いすること、家の立場、お金を使うことに躊躇したわたくしに、
『そんなこと考えてる場合か、私たちは所詮高校で出来ることなんてたかがしれてる。
情けなくても利用出来るならするべきだと、今出来ることを全部やるべきだろう!』
っておっしゃってくれた、來実さんに感謝した方が良いですわ。
わたくしの心に響いたこの言葉、一言一句間違えずに覚えてますわ」
「ぬわぁ~!? 言うなって言っただろ」
頭を抱えて悶絶する來実を見て、うんうんと何度も頷く珠理亜。
「本当にありがとうでしゅ」
涙でうるうるする視界で2人に改めて感謝を伝える。
「心春さんこそ、わたくしに気を使って副委員長になってくれたのですわよね?
事前に先生から聞いていて、梅咲さんが副委員長になることを了承はしていましたが、やっぱりそのときになると躊躇してしまいましたから、わたくしの方こそありがとうございますわ」
丁寧に頭を下げて、お礼を述べる珠理亜を見て、あのとき副委員長になると宣言したことは少しは役に立てたんだと嬉しくなった。
「來実さんも嬉しかったですわ」
「う、あ、ああまあ、な。男子どもがウザかったってだけだし」
珠理亜にお礼を言われ、來実は頬を薄いピンクに染め頬をポリポリと掻く。
そんな來実を見て珠理亜はクスリと笑った後に、頬に手のひらを置き、ため息をつく。
「それにしても、クラスの男子には困ったものですわね」
「だよな、心春と夕華が絡むと暴走するからな。心春も大変だよな」
「むぅ、慣れはしないでしゅね。じーと見るのだけでも止めてほしいでしゅ」
3人でため息をつく。
「視線って言えば、心春お前、りりの奴に何かしたか?」
「そう、わたくしも気になってたんですわ。
「笠置? りり?」
俺は2人に言われ、クラスメイトの
眼鏡をかけてて、あまり目立たない子で、声の小さな女子。四足歩行の犬型アンドロイド、るるを連れている。
正直あまり話したことがない。
そのりりが俺を見て微笑を浮かべる? 謎だらけだが、ここで話し合っても解決しないので後日、本人に聞くことにして、3人で仕事を終わらせるのだった。
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次回
『才能を見出だされるわけで』
本編には書いてませんが、珠理亜が学級委員の仕事中、きな子さんは別の場所で待機中です。
学生の仕事は自分がするべきという、珠理亜の方針なのでお手伝いはしません。
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