第104話 ネコの髪留めを付けてくれる人も同じで、尚尚嬉しいわけなのです

 黒髪でセミロングのはにかむ謎の少女……って別に謎でもなんでもない。


「くりゅみ、髪切ったんでしゅか。そりぇに色も戻したんでしゅ?」


「色は黒に染めたから地の色じゃないけどな。まあ、なんだ、心機一転ってやつだ」


 自分の髪を摘まんで、笑う來実は明るく見えるが無理はしているだろうなと感じてしまう、そんな感じが伝わってくる。

 ただ前に向かって進もうとしている彼女に、もう大丈夫? なんて無粋なことを言う幼女ではない俺は笑顔で言う。


「似合ってましゅ。前のくりゅみもしゅてき素敵でちたけど、今のくりゅみはもっと、しゅてきでしゅ」


「え、あぁそう、そうか。なんか面と向かって言われると照れるな……。

 うん、でもありがと」


 頬を赤く染める來実が、恥ずかしそうに笑う。


「あ、そうでしゅ。ここでくりゅみに会ったのも何かの縁でしゅ。くりゅみ、こっち、わたちの妹の夕華でしゅ」


 俺は隣にいる夕華を紹介すると、來実が驚いた表情を見せる。


「妹って……あいつが作ったのか?」


「ちがいましゅよ。夕華はAMEMIYAが開発した子でしゅ。わけあって今はわたちの家にいましゅ」


「そっか、珠理亜のとこがね。私は芦刈來実だ。よろしくな」


「私は、夕華と申します。來実さま、ことらこそよろしくお願いします」


 來実の自己紹介に夕華は丁寧なお辞儀をして応えた後、上目遣いでチラッと見た後目を輝かせて訪ねる。


「あの、差し支えなければ私も『くりゅみさま』と呼んでもいいでしょうか?」


「くりゅみさまねぇ……様付けはやめてくれると嬉しいんだけど」


「いえ、様付けは私らしいと、こはりゅお姉ちゃんに言ってもらいました。申し訳ありませんが、私のアイデンティティーに関わることなのでここは譲れません」


 自分の要求は求めるが、相手の要求に対しては優先順位がハッキリしているので断る。アンドロイドあるあるである。


 この場合、夕華の優先順位は俺が一番なので俺が言ったことは譲らないわけである。ただ、俺と同じように「くりゅみ」と呼びたい欲求と合わさって「くりゅみさま」になるのは面白い現象だ。


 と、冷静に分析してる場合ではない。困惑する來実に助け船をださねば。


「くりゅみ、ごめんでしゅ。夕華の好きにさせてもらえると助かりましゅ。しょれでお願いちゅいでなんでしゅが、夕華に髪留めを選んでつけて欲しいんでしゅ」


「まあ好きに呼んでいいけどさ。それより髪留め2人で買いに来たんだろ? 私が選んだらダメだろ」


「くりゅみに選んで付けてもらうことに意味があるんでしゅ。夕華、くりゅみはわたちに、このネコしゃんの髪留めを付けてくれた人なんでしゅ。

 でしゅから夕華も付けてもらうといいでしゅ」


 この言葉に夕華が來実の元にシュバッと間合いを詰め、祈るように手を組み、キラキラと懇願100%の視線をぶつける。


「くりゅみさま! 是非私にもネコしゃんの髪留めを付けて下さい! こはりゅお姉ちゃんの髪留めを選んでくれた人と偶然出会い、付けてもらえる……これって運命的だと思うんです!」


 120%の懇願率になった視線を來実にぶつける。來実に視線の効果は抜群なわけだ。


 それにしても、こういうとこ。「運命的」とか言う辺りがなんかアンドロイドっぽくない。この子実は使い分けてるんじゃないかって疑う瞬間である。


「そこまで言われると断りにくいな。まずはどれを選ぶかだけど」


 4匹のネコの髪留めを前にして2人が選び始める。來実もなんだかんだで楽しそうに夕華と話している。

 あの日の土手で泣いていた姿が過るが、少なくとも今この瞬間の笑顔は無理していないはず、だと思う。


「こはりゅお姉ちゃん! これはどうでしょう?」


 いつもよりはずんだ声で、俺は現実世界に戻ってくる。目の前にはハチワレネコの髪留めをつけてちょっと自慢げに見せてくる夕華がいる。


 ハチワレネコは俺のネコのようにつぶらな瞳に「ω」な口と違い、目付きが悪く口も「ヘ」である。


 てっきり俺と同じものを選ぶと思ったのに意外だ。


「それを選んだんでしゅね。似合ってましゅ」


「ふふふ、良かったです。このネコしゃん、こはりゅお姉ちゃんに似てませんか?」


「えぇ~っ、わたちそんな顔してましゅか」


 頬を膨らませ不満を伝える俺を見て夕華が、手で口を押さえくすくす笑う。


「とてもそっくりです! ですよね、くりゅみさま」


「ああ、心春は不機嫌になったとき、よくこんな顔してる。そっくりだ」


 2人がうんうん頷いて納得している。夕華の髪にいるネコも心なしか、その表情を俺に見せ「お前に似てるだろにゃん?」と訴えかけてきてる気がする。

 俺、本当にそんな顔してるのか? と思いながらも、嬉しそうに髪留めをつけた自分の姿を鏡に映す夕華を見て俺まで嬉しくなる。


 会計を済ませると、我慢できないといった感じで、早速髪留めを取り付ける夕華を、俺と來実、そしてファンシーショップの店員さんは同じ顔で優しい視線を送る。


 お店を出てすぐに前を歩く夕華がくるりと回って、俺と來実に向かうと満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう、こはりゅお姉ちゃん、くりゅみさま。ネコしゃんの髪留め大切にします!」


 夕華の笑顔を見て今日買いにきて良かったと。幸せだと感じて微笑む俺の頭をポンポンと來実が叩く。


「可愛い妹だな」


 そう言って俺を見る瞳は力強くて、優しさを感じる。小さく「頑張らないとな」と呟くその言葉は深くて、來実が前に進もうとする気持ちを感じた。

 そんな來実を応援すると共に、無理しないように見守ろうと思うのだった。



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 次回


『夏休み最後はご挨拶からなわけで』



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