第103話 ネコの髪留めは嬉しくて新たな予感を感じさせるわけで
ウキウキする人を見ると、こっちまでウキウキしてくる。
俺に比べて表情の変化には乏しいけど、昨日の夜から夕華はソワソワしているのを感じる。
そして朝からワクワクが止まらないといった感じで夕華が母さんと楽しそうに服を選んでいる。
そんな夕華に母さんも楽しそうだ。
「こはりゅお姉ちゃん! この服に合う上ってなんでしょうか?」
母さんたちを微笑ましく見ていた俺に夕華が服を持ってやって来て、自身に当てて見せてくる。
「ふむぅ、ネイビーのレースの縁取りのショートパンツでしゅか。大体どの色でも合うと思いましゅけど、わたちの好みは白に差し色、黒のストライプなんてどうでしゅ?
夏でしゅから
俺は母さんが出していた数ある服から合いそうなのを見繕って床に服を並べ、コーディネートを確認する。
「こはりゅお姉ちゃん、さすがです! 私、今日はこれでいきたいです!」
夕華が母さんを引っ張ってきて俺のコーディネートを自慢げに見せる。
「良いセンスしてるわね心春ちゃん」
「お母しゃんの指導のお陰でしゅ」
謙遜し照れる俺の頭を母さんが、撫でながら誉めてくれる。
「お母様、こはりゅお姉ちゃん! どうでしょうか」
早速着替えた夕華が、俺と母さんにその姿を御披露目してくる。
似合ってるよと俺が言おうとしたときだった。
「あ、可愛い! 夕華、後ろ見せてよ」
「はいっ、どうぞ」
どこからともなくやって来たトラが夕華を誉め、後ろ姿を見たいと言ってくる。
それに応えくるりと回って背中を見せる夕華を見ながらフムフム言っているトラ。
「へぇ、襟の辺りは──!?」
トラが夕華の長い髪に隠れた襟元が見たいのか手を伸ばしたとき、母さんの手がトラの腕を握る。いや、握り潰しにかかる。
「トラ! なに然り気無く触ろうとしてんの! 心春ちゃんが手強いからって、素直な夕華ちゃんに手を出して! あんたがそんなんだから心春ちゃん激しい言葉を使うようになったんでしょ!」
「あいたたたたっ! いや違うんですっ! ホントに気になっただけで、いたたたたぁ!」
「気になる? あんた興味持ったものにすぐ手を出さない! 彩葉ちゃんの為にも、もう少し厳しく躾るべきね」
「ひぃぃ、ごめんなさい。気を付けますって。腕がぁ、腕がっ」
母さんに腕を潰されるトラを目を丸くして見つめる夕華の手を引いて、俺はこの場からの脱出を計る。
「夕華、ほりゃ、ここから逃げるでしゅ。お母しゃん、トリャ、行ってきましゅ!」
「え!? ええっ、良いんですか? トリャお兄ちゃんが」
「いつものことでしゅ。トリャの間とタイミングの悪さを克服してもりゃう為にも必要な痛みでしゅ」
笑顔の母さんと痛そうに笑うトラが俺と夕華に手を振って見送るのを見て、不思議なものを見たような驚きの表情と同時に楽しそうに微笑む。
「本気で喧嘩しているわけではないんですね。人の距離感、加減って難しいです」
「大きな声を出してりゅ、痛がってりゅ。だから喧嘩してる、というわけではないでしゅ。
アンドリョイドにとって人間の本気と冗談の
感情起伏が少なく、スイッチのオンオフで考えるアンドロイドにとって、お笑いや、皮肉、冗談なんかを理解するのは難しいだろうなと思う。
そう考えるとトラは随分進歩したな。というかその微妙な加減を感じとる夕華はかなり高性能ではなかろうか。
色々と考える俺の手を夕華が握ってちょんちょんと引っ張ってくる。
「こはりゅお姉ちゃん?」
「ごめん、考えごとしてたでしゅ、行くでしゅか」
俺は夕華の手を握り返し2人で歩いて、目的のファンシーショップへ向かう。
「こはりゅお姉ちゃん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしゅ?」
「さっきの冗談と本気の境目、アンドロイドには難しいと言っていましたけど、こはりゅお姉ちゃんは分かるのですか?
今、色々試行錯誤してみたのですが、パターン化出来なくて困っているんです。
どれ程のパターンがあるのか、こはりゅお姉ちゃんが現在算出している分の結果を教えてもらえませんか?」
「パターン!? えっとその場の流れといいましゅか、慣れといいましゅか……」
戸惑う俺の手を握ったまま夕華が進路を塞ぎ俺の前に立つと、俺の右手を両手で包み込むように握ってくる。
目がキラキラ輝いていて、やや興奮気味なのか?
「やっぱりこはりゅお姉ちゃんはすごいです! データを構築しパターン化し様々な状況に事前情報を引き出して対応するのではなく、その場の状況で瞬時に対応するということですよね? 尊敬します!」
「そ、そうでしゅ? ま、まあそれは置いておいて早く行くでしゅ。
夕華知ってましゅか。ネコしゃんの髪留めは2種類追加しゃれて全4種類なんでしゅ! 夕華に似合うネコしゃんを見ちゅけて、髪留めをちゅけている夕華を早く見たいでしゅ!!」
「本当ですか!? こはりゅお姉ちゃんがそんなに楽しみにしてくれるなんて嬉しいです! 早く行きましょう」
嬉しそうに手を引く夕華の顔を見て、話が反れたことにホッとする俺はファンシーショップへと急ぐのだった。
* * *
俺は少し前に、ネコの髪留めがまだ売っているか確認に来たので目新しさはないが、夕華は人生初のファンシーショップ。
小さく「ふわぁ~」と甘美の声を出して店を見渡す。
「なんと表現すればいいのでしょうか。楽しい? 嬉しい? でしょうか。ネコの髪留めはどこにあるんですか?」
「こっちでしゅ」
いつもより浮き足だった感じのする夕華の手を引き店の奥の方へ向かうと、小さな子供向けのコーナーがあり髪留めやネックレス、指輪などがザックリ置いてある。
「えーと、これでしゅ」
「白、黒、八割れ、ブチですか」
4つの髪留めを並べて俺と夕華は悩み始める。
「悩むより、付けてみればいいんじゃないか? そこにある鏡で合わせてみればいい」
「それもそうでしゅね、夕華合わせてみるでしゅ……っておまっ だれ!?」
声の方を向いた俺の前に立っていた黒髪、セミロングの少女は少し恥ずかしそうにはにかみ、俺は驚くわけで。
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次回
『ネコの髪留めを付けてくれる人も同じで、尚尚嬉しいわけなのです』
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