第102話 母と姉は優しく見守り成長を願うわけで

 きな子は、自室に籠る主の部屋の扉を目の前にして廊下の壁にすがる。


 アンドロイドは、現状における問題を解決するために、過去の経験から似たような状況、ワードを元にそれらを頭の中で整理し、解決を見出だす。

 それは整然と行われ、出てきた答えはあまりにシンプル。人によっては血が通っていない言葉に聞こえる。

 故に、自ら言葉を発することはなく、鮮明な記憶を宛てにして周りの人間から尋ねられ、それを元に人間が解決を見出だすことが多い。


 今のきな子の頭に並ぶ記憶のデータは、生まれたばかりの珠理亜から幼少期の姿、そして最近の姿。

 虎雄とのことを楽しそうに話す姿、遊園地での告白したときの姿、そして今の悲しみに暮れる姿。


 幼いころから現在までの珠理亜が笑ったり、泣いたりする姿を記憶の海で眺めながらホトホト困る。


「これでは解決できません……どうすればいいのでしょう」


 珠理亜が落ち込んでいるこの状況をどうにかしたいが、なんと声を掛ければいいか分からず悩んでしまう。


「きな子、珠理亜はどう?」


「奥様! お嬢様はまだお部屋にいらっしゃいます。お食事も少量ですが、食べています」


 珠理亜の母、美鈴みれいがきな子に声を掛ける。壁にすがっていたきな子は慌てて姿勢を正すと、頭を下げて答える。


「きな子には負担を掛けるわね」


「いえ、それが私の仕事ですので」


 美鈴が頭を下げたままのきな子の肩にそっと手を掛ける。


「きな子のお蔭であの子は真っ直ぐ育ったわ。仕事ばかりで構ってやれなかった私たちの代わりに側にいてくれて感謝してるのよ」


「勿体ないお言葉です。ですが私は今、お嬢様になんと声を掛けて良いのか分かりません。

 これではお側にいる意味がありません」


「そんなことはないわよ。今は声を掛けるより優しく見守るとき。恥ずかしい話、私よりきな子、貴方が側にいた方があの子も落ち着くわ」


「ですが……」


 落ち込むきな子の言葉を遮るように、美鈴は優しく語り掛ける。


「無理して言葉を伝える必要はないわ。あの子も今の気持ちを上手く表現できないでしょうし。

 最後はあの子自身が今の気持ちを整理して、区切りをつけるしかないと思うの。そのときまで側にいてあげて」


 頷くきな子を見て微笑んだあと、腕を組んでふぅと息を吐く。


「虎雄くんがうちに来ないのは残念だけど、まあそれは今の話。この恋に破れたからといって終わったわけじゃあないのよ。

 今はダメでも最後にものにしてしまえばこっちのものだと思わないきな子? 


 諦めきれないなら奪ってしまえ! って貴方からそう伝えてもらえる? もちろん伝えれそうなくらい元気になったらね」


「お、奥様それは、その、返答に困ります……」


「ふふっ、本当にきな子面白い反応するようになったわね。じゃあ、珠理亜をよろしくお願いね」


 きな子の肩をポンと叩いて、廊下を颯爽と去っていく美鈴にお辞儀をした後、珠理亜の部屋のドアの前に立ちすくむ。


「お嬢様、虎雄さまのハートを再び……違いますね。もっとこう強い言葉……逆襲路線的なものを。

 戻ってこい? わたくしを捨てたことを後悔しても、もう遅い……なんですかこの何かのタイトルみたいなのは」


「きな子……センス最悪ですわ」


「お、お嬢様!?」


 きな子は僅かに開いた扉の隙間から覗く珠理亜にジト目でみつめられ、あわてふためく。


 扉が大きく開くと、呆れた顔で珠理亜がきな子を見つめる。目の下が腫れて、髪はボサボサだがきな子を見る目には、数日前にはなかった光が見える。


「お母様との会話、全部聞こえてますわ。お母様もわざとなんでしょうけど、わたくしの部屋の前で奪ってしまえ! など言わないでほしいものですわ」


「も、申し訳ありません」


 慌て謝るきな子に珠理亜が抱きつく。突然のことに驚き目を丸くするきな子。


「わたくしのことを心配してくれてありがとう、きな子」


 きな子の胸に顔を埋めると顔を擦り付ける。


「久しぶりにこうして、きな子に抱きついた気がしますの。懐かしい匂い、幼い頃よくこうしていたのを思い出しますわ」


 きな子に抱きついたまま顔を上げた珠理亜は、きな子を見つめる。


「きな子、少し小さくなったかしら? 昔はきな子の丁度お腹辺りだった気がしますのに」


「お嬢様が大きくなられたんです、それにしても懐かしいです。どんなに泣いていても、エプロンのポケットの中に入れてあったお菓子を見つけて食べると、機嫌を直してくれたのを思い出しました」


「そうでしたかしら? あ、今はお菓子では機嫌直りませんわよ」


 きな子の思い出話に頬をピンクに染め、恥ずかしそうに笑う珠理亜。


「きな子、いつも側にいてくれてありがとう。感謝してますわ」


「いえ、これは……」


「仕事なんて言わないでほしいですわ。わたくしはきな子のこと家族、姉として思ってますわ」


 自分で言って少しだけ恥ずかしいのか、誤魔化すようにきな子に抱きつく。


「もう少しこうさせて……きな子の匂いは変わりませんわね」


 きな子は、自分に抱きつく珠理亜におそるおそる手を回して抱き締める。

 幼い珠理亜が抱きつく度にどうして良いか分からず、たまたま預かってポケットに入れていたクッキーを珠理亜が見つけて喜んでくれて、その日からお菓子を隠し持つようになったことを思い出す。


 今、自分の手にある珠理亜の温もりを感じながら胸の奥から込み上げる、何かを感じとる。それが何かは分からないがすごく温かいもので、好きで、そして大切にしようと思うのは理解できた。


「きな子、美容院を予約してもらえるかしら?」


 胸に顔を埋めていた珠理亜の声で我に返るきな子。


「ええ、それは構いませんが、何をなさるのです?」


 珠理亜は自分の長い髪を握りきな子に見せる。


「バッサリ切ってみますの。失恋の後は切るとスッキリするそうですわ」


「そうなのですか? でも大切に伸ばされた髪を切るのは勿体ないのでは」


「そんなことないですわ、切ってもまた伸びますもの。

 それにもう泣くのは疲れましたの。折角失恋したのですから、少しくらいこの状況を楽しむ、そんな心の余裕が欲しいですわ」


 目を丸くして珠理亜を見たきな子が笑う。


「きな子が笑ったの初めて見た気がしますわ。何がおかしかったのかしら?」


 きょとんとする珠理亜にきな子は口元を押さえ、笑いを堪えるようにして答える。


「いつまでも泣いてばかりかと思ったら、しっかり成長なさったのですね。そしてその強さは奥様そっくりだと、そう思っただけです」


「それは誉めてますの? ふふっ、でもきな子の貴重な姿が見れたから良しとしますわ」


 珠理亜が笑いきな子に抱きつき、きな子は珠理亜に優しく手を回すのだった。



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 次回


『ネコの髪留めは嬉しくて新たな予感を感じさせるわけで』







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