第101話 お姉さんの気持ちと親友の葛藤とお誘いなわけで

 ひなみは、何度目か分からない大きなため息ををつく親友の姿を見て心が痛む。

 楓凛の姉、氷芽華ひめかから、ここ数日楓凛はかなり落ち込んでいたという話を聞いたことを思い出し、心がズキズキする。


 ひなみは楓凛がトラと一緒に走るのをやめようと言って次の日に、彩葉と歩いているのを見かけている。

 見たときはすぐに楓凛に知らせようと思った。


 だが、心春とトラの事情を知っている者として考えてしまう。今のトラの中身は元AI。心春が元に戻らない選択をしたとはいえ、今後どうなるかも分からない。


 そもそも、トラは人として生活できるのか? 今は高校生だが、社会人になって働けるのか? 純粋なだけで生きていけるほど社会は甘くないはず。

 ましてや恋愛なんて、楓凛の負担になるんじゃないかって考えてしまう。


 そう思って躊躇してしまった。もし、自分が知らせるのが早かったら、今目の前で大きくため息をつく親友の姿を見なかったかもしれない。

 笑顔で話していたかもしれない、そう思うと罪悪感に苛まれる。


「珍しいね」


「ん?」


「紅茶冷めてるよ」


 ひなみは、楓凛に言われ湯気の立たなくなった紅茶のカップを眺める。


「ひなみがなに考えてるか当てよっか。私がフラれたのは自分のせいじゃないかって、もっとなんかできたかも、とかでしょ」


 いつもの元気こそないが、少しいたずらっぽく微笑む楓凛を見て、ひなみは大きくため息をつく。


「はぁ、楓凛って変なところで鋭いよね。まあそんなところかな」


「ひなみって日頃、つかみ所ないのに、真面目な顔するときは単純なんだもん。そのときだけは、何を考えているか当てるのは簡単だよ」


 少し楽しそうに微笑む楓凛は紅茶を一口飲むと、大きく息を吐いてひなみを見る。

 その瞳には少し悲しみが見え隠れするが、真っ直ぐひなみを見つめる。


「虎雄くんにフラれたのは、私のこと。ひなみは関係ないから気にしないで。それより、聞きたいことあるんだけどいいかな?」


 悲しみを無理に押し込んで隠した瞳に見つめられ、ひなみは楓凛が言わんとすることを悟る。


 数日前に心春とのやり取りで、楓凛を含む4人が心春の調子が良くないことを知っていると聞いた。

 楓凛が話すのは十中八九それだと当たりをつけ、心春とどこまで話していいかの擦り合わせのやり取りを思い出す。


「心春ちゃんのこと、なにか知ってるよね? 詳しく教えて欲しいんだけど」


「やっぱりそれか……」


 分かっていてもため息がでてしまう。


「來実ちゃんだっけ? まさかあの子が聞いていたとは、油断してたわぁ」


 背もたれに体重をかけふんぞり返るひなみが、体制をもとに戻すとキッと楓凛を見る。


「言っとくけど、全部は教えれないよ。心春ちゃんだってプライバシーはあるんだし。それに聞いたからには楓凛、手伝ってもらうから」


 そんなひなみを見て、くすくすと楓凛が笑う。


「その感じ、めんどくさいときのひなみだ」


「めんどくさい言うな」


 少し元気になった楓凛にホッとしながら、ひなみは慎重に話せる範囲で心春の状態を説明する。


 黙って真剣に聞く楓凛はひなみの話が終わった後も黙って、カップに入った紅茶が揺れるのを見つめる。


「ひなみが、脳や、神経系を専門にする先生に話を聞きに行ってたのも、心春ちゃんのためだったわけか。結局打開策はありそうなの?」


「精密検査してみないとなんとも言えないけど、手術事態はそんなに難しい話じゃないとは思う」


「じゃあ何で、早くやらないの?」


「そこは、万が一自分の脳に不具合が起きて初期化され記憶が消えることを恐れたから、トラくんがちゃんと女の子たちと向き合えるかを見届けてから手術したいって希望したからね。


 電脳の部品交換時における記憶の初期化。ほぼないけど、あり得ない話じゃないからね」


 2人とも見つめ合う。どちらからともなくカップに入った冷えた紅茶に口をつける。

 ソーサをカップで鳴らすと楓凛が先に口を開く。


「で、いつ精密検査するの?」


「一週間後。先生通して相手に無理言って頼んでるからちょっと遅くなったけど。

 高校の夏休みは終わっちゃうけど、心春ちゃんなら問題ないでしょ」


 ピッと楓凛を指差すひなみ。


「でさ、楓凛。ここまでの話、精密検査受けて結果出て、手術するまでもっと磐石にことを進めるのに、どうすればいい?」


「どうすればいいって、はぁ~」


 大きなため息をつく楓凛は少し呆れた顔でひなみを見る。


「珠理亜ちゃんを巻き込めってことでしょ。家がAMEMIYAってのもあるんだろうだけど、この間話をして、あの子自身の知識は凄いなって思ったもの。

 ひなみのことだから使えるものは使えでしょ。


 未来の後輩になるかもしれないし、いいよ私から声かけるよ」


「助かるっ! 心春ちゃんは、珠理亜ちゃんに気を使って協力要請するなって言うしさ、私じゃAMEMIYAの伝が先生経由で弱いんだよね。

 その点、楓凛ならバッチリ!」


「それは良いけど、心春ちゃん嫌がるんじゃない?」


「今さらだね! 楓凛も既に協力するって言ってるわけだし、更に珠理亜ちゃんが協力するって言って断れるわけもないでしょうよ。仲間にしたもの勝ち!

 それに私らより、技術屋の珠理亜ちゃんが近くにいた方が心春ちゃんも安心するでしょ。


 後さ、精密検査終わった後、おばさんに説明して説得しなきゃいけないことがあるんだけど、正直楓凛もいてくれた方が助かるんだ。でさ、──」


 語り始めるひなみを見て楓凛は少し微笑み、今から長くなりそうな話を聞くために、冷めた紅茶に口をつける。


 心がほんの少し軽くなったのを感じながら、熱く語るひなみの話を真剣に聞くのだった。



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 次回


『母と姉は優しく見守り成長を願うわけで』

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