第87話 その子は突然やって来るわけで
祭りの後、トラは深く考えている様子を見せる。今までならすぐ俺に聞いてきたのに、今回はなにも聞いてこない。
少し寂しい気もするが、トラ自身が答えを出そうとするその姿勢は尊重したいので、分かりやすいぐらい悩んでいる姿に気付かないフリをしておく。
パソコンで今、書きたいことを書き終えた俺は、トラを置いてリビングにいく。
台所では母さんがお昼を作っていた。そういえば祭りが終わってから彩葉、来てないな。トラは朝、走りにはいっているが、楓凛さんとも走っていないみたいだし。
俺が求めた流れではあるんだけど、4人娘とワイワイとやっていた頃が懐かしく感じてしまう。
ほんの一瞬、短い間だったけど、濃い日々。人間関係は変わっていくんだって身をもって実感する。
ちょこんとリビングのソファーに座って、台所で忙しそうにする母さんを眺める。
ピンポーン! インターフォンが鳴り画面に映し出されるのは、建造さんの顔。珍しいお客さんに驚きながら、母さんと一緒に俺は玄関へと向かう。
玄関を出ると暑苦しい笑顔の建造さんと、その後ろに俺と同じ年齢くらいの女の子が立っていた。
「突然の訪問申し訳ありません。私は雨宮珠理亜の父、雨宮建造です。こういうものなのですが」
建造さんは母さんにお辞儀をして、名刺を渡し挨拶を交わすと、俺の方をくるりと向き女の子の肩を押して、前に出るよう促す。
黒く長い髪に、少しタレ目の女の子は丁寧にお辞儀をする。
「心春さま、初めまして、
見た目の幼さとは違い、丁寧で落ち着いた挨拶。この体になって、こんなに丁寧に挨拶されたの初めてではなかろうか。
「こはりゅでしゅ。こちらこしょ、よろしくお願いしましゅ」
ちょっと緊張してしまい、上ずった声でペコリとお辞儀する俺の手を、そっと夕華が握ってくる。
「事前情報として、心春さまの喋り方、行動パターン、好み等が登録されています。
ですがこうして本物に触れ、建造様のいう他の個体との違いを検出できました」
「しょの喋り方と内容、夕華はアンドリョイドなんでしゅか?」
「はい、私はAMEMIYAグループが作った、完全試作型故に型番なしのアンドロイドになります」
挨拶をする夕華の後ろから、ぬっと健造さんが姿を現し、申し訳なさそうに話してくる。
「感情領域拡大を目指して、心春くんを参考に作ったのだがね。一般的領域の30%を超えた32%の思考、感情領域を実現したんだ。
これによって、より人間に近づいたんだが、それ以上は厳しくてね、どうしても心春くんの領域までいけないわけなんだ、これが……」
そりゃそうだろうと思いながら、嫌な予感を感じつつ続きを聞く。
「そこでだ、夕華を少しの間、預かってほしい。開発者として情けない話なんだが、心春くんと触れ合うことで、なにか変化が起きるんじゃないかと期待しているのだよ」
まあ、アンドロイドを生命として考える、アンドロイド心理学なるものが設立された今、健造さんの言う「他者との接触による、性格の変化」はありうる話だから、別段情けないことではない。
だが技術者として、存在しているものを再現できないのが悔しい気持ちは分かる。
俺が母さんを見るとちょっと悩んでいて、健造さんはキョロキョロして、トラを探しているようだ。
「トリャは今ちょっと忙ちくて、夕華は……」
俺が母さんを見ると、意図を察してくれたようで頷いてくれる。
「分かったでしゅ、夕華をしばらく預かるでしゅ。わたちと同じせいかちゅリズムで問題ないでしゅね?」
「あ、ああ、お願いできるかね。心春くんと一緒に行動してくれればそれで問題ないよ。
おっとそうだ、えっと奥さん、こちらが今回の実験協力費用になってまして」
母さんにお金の話を始める健造さんは置いておき、俺は夕華の手を取る。
「荷物を持って家に入るでしゅ」
「えっ、健造さまお待ちに……」
「いいんでしゅよ、家の中案内するでしゅから」
躊躇する夕華を促すと、小さな鞄を一つ持ってついてくる。一般家庭の家の案内などすぐに終わる。
1階の案内を終え、2階に上がるとトラの部屋をノックするが返事がないので、勝手にドアノブに手をかけ開ける。
俺の行動に慌てる夕華を連れてズカズカと中に入ると、驚くトラが俺と夕華を見て更に驚いている。
「トリャ、こちらの子は建造しゃんから預かった、夕華でしゅ。今日からしばらくこの家に滞
「ご紹介に預かりました夕華と申します。虎雄さま、宜しくお願いいたします」
「え、ええっと、ボク、ボクは梅咲虎雄です。よ、宜しくお願いします」
深々とお辞儀をする夕華に、慌ててトラがお辞儀を返し自己紹介をする。そんなトラに手を組んで祈るようなポーズを取る夕華。
「虎雄さまは、心春さまを作った凄い方だと伺っています。健造さまも虎雄さまのことをお褒めになっていました。私も尊敬しています」
「えっ、あぁまあ、ありがとうございます?」
ぐいぐいくる夕華に困惑するトラはなぜかお礼を述べている。どれだけテンパっているんだよ、と思いながら夕華の手を引く。
「夕華、トリャは記憶が曖昧なとこがあるでしゅから。そのへんにしてあげてくだしゅい。しょれよりも……」
俺は夕華を改めて観察する。俺に似せて作ったことから外見の年齢は近い。日本人ベースで作られていてロングの黒髪が映える。
「ふむぅ、夕華。まずは呼び方から変えてみるでしゅ」
「呼び方ですか?」
「そうでしゅ、呼び方を変えるだけで印象は変わるものでしゅ。形から入ってみるでしゅ。
まずわたしちは、こはりゅ! でトリャはトリャ!」
「こはりゅさまに、トリャさまですか」
あ、俺が言ったらダメなパターンだ、これ。
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次回
『妹になるわけで』
中高生のとき、鍵付きの部屋を夢見たものです。付けてもらえませんでしたが。
トラの部屋の扉は以前付いていましたが、破壊された後は鍵なしです。
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