第86話 花火の下にいる人々の思いはそれぞれなわけで(しょの2)
屋台の通りにいた人たちの多くは、花火を見に行ったのかまばらになり、お店の店員さんも少しホッとしたような表情を見せている。
「今なら買いやすいけど、心春ちゃんは何かいる? 射的再チャレンジする?」
「射的はもういいでしゅ。しょれより用事があるんじゃないでしゅか?」
本題に入りたい俺は、ひなみの誘いを断り急かす。
「まあ、落ち着いて心春ちゃん。先にさ、舞夏にも心春ちゃんの調子が悪いのを、伝えてもいいかな? もちろん中身がどうとかは抜きで」
「舞夏にでしゅか? 何ででしゅ?」
「学校始まったら、私じゃ心春ちゃん見れないじゃない。
運良く舞夏が同じクラスだし、学校で不調になった場合、舞夏に対応してもらいわけ」
ちょっとだけ考える。人間もそうだが、アンドロイドも直前まで普通にしていたのに、不具合で突然倒れることがある。
頭の中に問題を抱えていると、リスクが高いのは人間もアンドロイドも同じだったりする。
舞夏の知識がどれ程かは知らないが、面倒見のいい性格で、日頃からうっさ~♪ と一緒にいる彼女なら問題はないだろう。
正直、学校が始まったときのことは考えていなかった。この提案は体に不安のある俺にとって非常に助かるものだ。やはりひなみに打ち明けて正解だったと言える。
俺が頷くと、ひなみが舞夏とうっさ~♪ を連れて、屋台から少し離れ人気のない場所へ移動してから俺の体の状態を説明してくれる。
その内容に驚き、トラの文句を言う舞夏の口を押さえ、ひなみは話を続ける。
俺がトラの結論を見届けたいということを説明すると不満そうな顔をしながらも納得する。
「相変わらず女の子を追いかけてさ、心春ちゃんの不調にも気が付かないとかあり得なくない! あいつは何をやっているわけ?
まあ、心春ちゃんの思いを無下にはしたくないから、言わないけどさ」
とぶつぶつ文句言っているから、心の底から納得はしていないんだろうけど。
「でも、任されたからには責任持ってやるよ。うっさ~♪ もサポートお願い」
舞夏に言われ、深々とお辞儀をするうっさ~♪ 浴衣姿でもジェントルマンな奴である。
「それじゃあ、本題。私の大学の先生に、心春ちゃんの不調のことを話したら、それはも~怒ってね! 個人の趣味で思考を鈍らせる回路を入れるとか人間のエゴだ!、アンドロイドへの冒涜だーって!」
「うぅっ、反省してましゅ……」
ひなみの話に、自分のやったことの愚かさを感じてた俺は素直に謝る。その姿を見た舞夏は不思議そうに首を傾けている。
「先生、怒ってはいたけど、心春ちゃんのことを心配していてね。先生の伝手を使って、大きい整備施設のある大学にいる、知り合いの協力を頼んだって。
その返答があり次第、心春ちゃんに連絡するから。多分そのまま精密検査って流れになると思う」
俺はコクリと頷く。
「それで心春ちゃん、今の調子はどう? あれから症状進んでたり、新たな不具合とかはない?」
「症状は変わらないでしゅ。右手の人差し指、くしゅり指、小指に
右足は腱の部分に伸縮ラグが起きていると思うでしゅ。おしょりゃく、伸縮の遅れで体重移動の計算に誤差が生じていると思われるでしゅ。
今はしょれらが時々起きりゅだけでしゅ。
後は思考の速度が更に上がったくらいでしゅかね。
たぶん、すぐ動かなくなるようなことはないはずでしゅよ。油断はできないでしゅけど」
「ふむぅ、それだけ思考速度が上がったってのは喜ぶべき点でもあり、懸念すべき点でもありそうね。
そうそう、この間メールに添付してあった頭の構成パーツリスト見せてもらったけど、AMEMIYA製が多いじゃん? もし不具合にパーツ交換が必要なら、あの子の力も必要じゃない?」
「珠理亜でしゅか? う~ん、あんまり巻き込みたくないでしゅ。
わたちのことで、トリャの選択肢が狭まるようなことになるのは避けたいでしゅ。
今後トリャが生きていく上で、自分の気持ちをぶちゅけ、それに応える子と一緒になってほしいでしゅ。
しょもしょも、他のメーカーでも代用はできるはずでしゅから大丈夫でしゅよ。
しょれにパーツリシュトもそれで全部か曖昧なとこがあるでしゅから、あくまでも参考程度で、後は検査後考えるでしゅ」
「まっ、ここで話しても解決する問題でもないしね。もう少し待つとしますか。それにしても……」
ひなみは突然俺に抱きついてきて、頬を擦り寄せ始める。
「あぁぁ、その姿で、舌足らずで、知的なことを話す幼女って、可愛いわあぁぁぁ!」
「うぶぅぅ~、や、やめるでしゅうう!! おまえ、それがやりたいだけでしゅ、やめるでしゅ! 近い、苦しいでしゅ!! あちゅい! あちゅ苦しいーーっ!!」
「ああぁぁ、暴言幼女も可愛いいーーっ!!」
顔面を潰され苦しむ俺と、幸せオーラを放つひなみを、冷めた目で見る舞夏に見守られているとき、花火が上がり始める。
ひなみに頬をくっ付けられたまま上を見上げ、夜空を彩る花火に見とれる。
花火なんて見にいったことなかった……あ、いや小さい頃、母さんと行ったか。
すごく遠い記憶を思い出し、懐かしさの中、夜空に咲く花火の美しさを目に焼き付ける。
* * *
來実は小麦粉の入った袋を台車に乗せると、たこ焼きを焼いているおじさんに話しかける。
「ふぅ~、
日屋と呼ばれたおじさんは、たこ焼きを焼きながら來実の方をチラッと見ると
「ああ、駐車場に車止めてるから、入れといてくれるか? 場所分かるよな?」
「大丈夫です。鍵貸してもらえます?」
日屋はポケットから車の鍵を取り出すと來実に向かって投げる。それをキャッチし、來実は台車を押して駐車場へと向かう。
「はぁ~疲れた。屋台のバイトって割りは良いんだけど疲れんだよな」
肩を叩きながら、片手で台車を押していく。
その途中見知った顔を見かける。
「心春? と舞夏にうっさ~♪ それと知らない人……」
声を掛けようかとも思ったが、舞夏と仲がいいわけでもないし、あっちも気付いていないので、そのまま台車を押して過ぎ去ろうとする。
「それで心春ちゃん、今の調子はどう? あれから症状進んでたり、新たな不具合とかはない?」
知らない女の人の発言に足を止めてしまう。
聞いてはいけない気はした。でも、心春の症状? 進行? 不具合? それらの言葉を聞いて自分を押さえるの無理だった。
「──たぶん、すぐ動かなくなるようなことはないはずでしゅよ。油断はできないでしゅけど」
──動かなくなる。
その言葉に体が冷えるような何かを感じる。荷物を持っていくことを忘れ聞き入ってしまう。
やがて花火が上がり始め夜空を彩るが、來実の目に入らない。
心のなかでぐるぐる回る心春たちの言葉にどうして良いか分からず、ただ下を向いて台車を押していく。
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次回
『その子は突然やってくるわけで』
お祭りの終わりは寂しいものです。
現実に戻る感じがなんとも儚くてちょっぴり悲しくなります。
でもたまにあるから楽しいんでしょうね。
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