第85話 花火の下にいる人々の思いはそれぞれなわけで

 彩葉は潤んだ目をごしごしと擦る姿に、焦るだけのトラ。そんな姿を見て彩葉は口を押さえ笑う。


「トラ先輩、なんか言おうと必死すぎなのが、分かりやす過ぎですって。こはりゅにも言われてたでしょ、言葉が出ないなら無理しなくていいんだって」


 トラは彩葉の言葉小さく頷く。


「私が勝手に泣いただけなんですから、別に気にしなくていいんですよ。それより花火見ましょうよ」


 彩葉が上を向くので、トラも上を向き花火を観賞する。

 トラは花火の迫力と美しさに心を動かされるけど、それでもなんとなく気になって彩葉を見てしまう。

 花火の光を浴び、照らされる彩葉の瞳に涙がないことに安心しながらもチラチラ確認してしまう。


 その視線に気付いた彩葉が、肘でトラの脇腹を突っつく。


「人のこと見すぎですって。私だからなにも言いませんけど、他の人見てたら普通に通報されますよ」


「ご、ごめん」


 彩葉は、しゅんとするトラを見て笑う。


「どうせ、私が泣いてないかぁーとか気になったんですよねっ。色々と分かりやすすぎですよ。こはりゅの苦労もわかっちゃいます」


 さらにしゅんとするトラを見て、くすっと笑う彩葉が再度、肘でトラを突っつくと上を見る。


「花火見逃したら、もったいないですよ」


 彩葉に言われ、トラも慌てて花火を見る。生まれて初めて見るこの光景をしっかり脳裏に焼き付けようと心に誓って。


 最後の大きな花火が上がり、夜空に花を咲かせると、静寂が訪れ、目に焼き付いた光を感じ余韻に浸る。


 空に漂う煙を夜風が追い払うと、さっきまでの熱気が嘘のように肌寒く感じる。周りを見ると沢山いた人たちはゾロゾロとそれぞれの方向へと散り始めていた。

 名残惜しそうに散っていく夜空の煙を眺める彩葉だが、トラの方を見ると、満足したような笑顔を見せる。


「今日はありがとうございました。楽しかったですっ」


「誘ったのは彩葉さ、あっ、彩葉でボクは、なにもしてないけど」


「トラ先輩がいなければ、お祭りに行こうとか、思ったりもしなかったから、ありがとうです」


 彩葉の笑顔に圧され頷くトラに、彩葉は笑顔で続ける。


「帰りましょ。あんまり遅くなると、こはりゅに怒られますよ」


 その言葉に背中を押されるようにして2人は帰路へつく。川沿いを離れ、片付けを始める屋台の間を歩く。


 トラはさっきまで楽しんでいた場所が、なくなってしまう寂しさを感じてしまい、視線がいってしまう。


「トラ先輩」


 隣を歩く彩葉がポツリと呼び掛ける声に、トラは慌てて彩葉に視線を移す。彩葉は前を向いたまま歩きながら言葉を続ける。


「私、実はまだよく分かってないんですよね」


 そう言う彩葉は少し視線を下に落とす。


「人を好きになろうなんて、思ったこともなかったんで、今、この胸にある気持ちが好きなのか、なんなのか分からないというか、自信がないというか……ないです。


 トラ先輩が家族になればいいって言ったとき、この人なに言ってんだろうって思ったんですよね。

 普通、付き合うとかをスッ飛ばして、家族になろうなんていきなり言う人いませんよね」


 トラをキッと睨む彩葉だが、直ぐに視線を正面に戻し話を続ける。


「まーでも、後で色々考えてみて、私に家族にならないかと言った人が、どんな人なのか興味を持ったのも事実です。


 あ、でも言っときますけど、これ、おばあちゃんがトラ先輩ならいいんじゃないかって言ったのと、こはりゅがいたからってのは大きいですよ。ここ大事です」


 歩みを止めると、くるっと振り替えってトラのお腹を軽く突く。


「未だに自分の気持ちが分からないのは本当です。でも、トラ先輩なら好きになれるかなぁて、今日お祭りに一緒に行って改めて思いました。

 嘘いっても仕方ないんで、これが今の素直な気持ちです。


 それで、トラ先輩は私のこと、どう思います?」


 突然の質問に慌てるトラ。珠理亜、楓凛と告白されたが2人ともトラの答えや、気持ちの表現をその場で要求してこなかった。

 その流れであろうと思っていたトラは、自分の考え方の甘さを痛感しながら考える。


 背の低い彩葉が見上げるように見て、答えを待っている姿にどぎまぎしながら考えるが、思い付かない。

 思い付かないから、彩葉と同じそのままを伝えることにする。うまく表現できない言葉を選び、纏め、丁寧に言葉にしていくが、すぐ崩れそうな脆い言葉を必死で掬い紡ぐ。


「ボクは人が好きで、皆と仲良くしたい、そう思ってきたんだ。だから一人の人を好きになるって気持ちがまだよく分かっていなくて。


 彩葉に家族になろうって言ったのは本心で、本当に家族になれたら心春とも一緒だし、楽しいだろうなって。

 前にボクのことバカだって言ったけど、バカでみんなが仲良くなれるなら良いなって。本気でそう思ったんだ。


 ごめん、変なこと言ってるよね」


 やっぱりうまく言葉が纏めれなかったことを、申し訳なさそうにトラは謝る。それを受けて彩葉は腕を組みトラを睨む。


「ええ、変なこと言っています。ちょっと頭おかしいんじゃないかって思います。

 私のことをどう思うのか? って聞いているのに、ボクはみんなが好きだーとか言い出したら、普通殴られますよ」


 どストレートな答えを受け、これ以上ないくらい目を大きく開き、驚くトラを見て彩葉は笑う。


「前に言ったの覚えていますか? 私、興味ないものは観察しないって」


 トラは彩葉の以前の言葉を思いだし頷く。


「興味を持って観察してたんですけど、嘘がつけない性格で、すぐみんなが言えないような本心を言って、周囲を驚かせる。

 自分のことは考えず人のことをばかり考えて、後から悩む。とんでもなく不器用な人間かな?


 どうです? あってませんか?」


 トラは一つ一つの言葉を頭の中で復唱し、頷く。


「第一印象は頼りなくて、ちょっと浮世離れした感じだったんですけど今は……やっぱり一緒ですっ」


 軽くずっこけるトラを見て笑う彩葉。


「まあ、そんな人だから興味を持ったのかなーて。トラ先輩も他人を好きになる気持ちが行方不明なら、私と一緒に探してみるのどうです? 私のこと嫌いじゃなければですけどっ」


 少し照れ臭そうに笑う彩葉は、トラのお腹を軽く拳で突っつく。


「やっぱ、答えは後で聞きます。今日せっかく楽しい一日だったんで、このまま終わらせてもらいます。でも答えはしっかり聞かせてもらいますからねっ」


 くるりと身をひるがえし、正面を向くと歩き出す彩葉の背中を追うトラは、胸の中にある自分の声に悩む。


(このまま、自分を偽ってて良いんだろうか……)



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 次回


『花火の下にいる人々の思いはそれぞれなわけで(しょの2)』


 次回(しょの2)、ええ、文字数2千字前後で納める予定の私は最近、納めきれなくなってきて調整に時間がかかるという事態に陥っています。

 サブタイトル変えてもいいんでしょうけど、今回は2つに分けました。

 前編、後編みたいなのもカッコいいからこれで良いかなと。

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