第84話 花火は綺麗なわけで

 夕方4時ともなれば、祭りの設営も終わり今は発電機の音や、鉄板で食べ物を焼く音が響き、食材を焼いたり、並べたりで皆、忙しそうだ。


 日はまだまだ高く明るいが、祭りの熱気に圧されているのか、いつもより光度が弱く感じる。

 浴衣姿の人達も多く、朝は目立っていた俺たちも、今はちゃんと風景の一部になれているはずだ。


 歩きながら屋台を覗くと、朝は忙しそうにしている、普通の人にしか見えなかったのに、屋台に立つ人たちは、同一人物であることを感じさせないほど、屋台の人になっている。


 ちょっと歩いただけなのに、さっきまで高かった太陽は、地上で始まった人間の喧騒を見て空気を読んだのか、もう傾きかけていた。

空気の読める太陽に感謝しながら、いつもの駅のロータリーや商店街は、祭りの舞台へとその景色を変えていく。


「トラ先輩! 金魚すくいに夢を持つのは分かります!

 だけどちゃんと飼育出来るんですか? 家に水槽とか持ってないですよね! ほらっ、スーパーボールすくいにしましょう」


 トラは、ところ狭しと泳ぐ金魚の群れを、名残惜しそうに見ながら、彩葉に引っ張られていく。


 それにてくてく、ついていく俺は、射的をやりたいとせがむ。

 いや、普通にやりたいと言っているだけなんだが、周りから見るとやはりそう見えるみたいでちょっと恥ずかしい。


射的屋でコルクを渡され、備え付けの銃に弾を込める。意気揚々と銃を縦にして、レバーを引く。


「ふんぬっーー! 無理! トリャお願いでしゅ」


 非力な俺では射的の銃のレバーが固くて、最後まで引っ張れないから、トラにやってもらう。先に踏み台の上に上り、銃を手渡してもらう。


 袖をまくり、口角を上げニヤリと笑う俺を、可愛いとかいう声が聞こえるが、今の俺は間違いなく獲物を狙うスナイパーなのだ。


 ちょっぴり自信のある射的をやりたかった俺は銃を構え、的であるお菓子を狙う。

 コルクの詰め具合も再確認した。弾丸は5つ。1発目はどのような放物線を描くか様子見だ。

 そこから起動を導き、最適な射線軸を探る。


 引き金を引く指にも力が……力が……かてえっ~!? 引き金が引けねえ! 俺弱すぎ!!


「ぐぬぬぬぅ!」


 体全体を使って引いた引き金は、最早射線軸など関係なく、上を向いた銃口から発射されたコルクは、お店のおじさんの短い驚きの声をもたらし、的を置く台の角に当たり斜め上へ反れ、屋台の天井に当たり跳ね返り、俺の額にクリーンヒットする。


「おぶっ!?」


 台の上でよろける俺をトラが支えてくれる。


 彩葉はそれを見て笑う。大爆笑だ。


「ふふふ、ははははっ、ヤバっぃ、ツボに入ったぁ……ぷっ、射的で自分を当てるなんて、くくくっ」


「じゃ、じゃあ! いりょは、やってみやがれでしゅ!」


「ふふふっ、ふぅー、うん、いいよ。あんまりやったことないけど、こはりゅよりかは、マシでしょ」


 お腹を抱え笑う彩葉に、恥ずかしくて堪らない俺が挑発すると、彩葉は笑いすぎの涙を拭きながら銃を手にして構える。


「えーと、これを引けばいいわけかっ。ほっと!」


 パーンっと音を響かせ放ったコルクの弾は、的から大きく外れた方へ飛んで行く。


「おーけー、おーけーっ、もう分かった! 彩葉さんに任せなさいっ!」


 自信たっぷりに銃を構えると、躊躇することなく放たれた弾丸は、台の側面に当たり、およそ30度の綺麗な角度で跳ね返る。


「ふぎゃぁ!?」


 彩葉の隣で見ていた俺の額にクリーンヒットする弾丸。


「わざとでしゅか! この流れで、わたちに当てるなんてわざとでしゅよね!」


「ごめん、ごめん。まあ、こはりゅゲットってことで」


「むきぃ~! 何がゲットでしゅか!」


 俺が彩葉に抗議していると、後ろから両肩を突然掴まれる。


「心春ちゃんに当てたらもらえるの? 私も挑戦しちゃおっかな~」


「ひなみがやったら3キロ離れても当てそうで怖いでしゅ」


 聞き慣れた声に反応し、振り返ると白地に藤の花の浴衣を着たひなみと、同じく白地に花金魚の舞夏、うっさ~♪ が並んでいる。


「おひさぁ~、心春ちゃん。浴衣似合ってるねぇ」


 手を振る舞夏の隣で、いつものスーツ姿ではなく、紺の浴衣を着たうっさ~♪ が丁寧なお辞儀をする。


「賑やかだねぇ~。どこにいても、心春ちゃんすぐ分かっちゃう!」


「何度も言いましゅけど、ひなみが言うと、監視されているようで恐怖しか感じないでしゅよ」


 俺と話すひなみを、じっと見る彩葉の目は警戒の色が見える。そう言えばこの2人は初対面だった。

 舞夏は学校のクラスにいるから、見たことあるかも知れないが、この際だ、紹介しておくか。


「いりょは、こっちの人は久野ひさのひなみと、妹の舞夏まいかでしゅ。それとうっさ~♪ でしゅ」


「どうも、茶畑彩葉です」


 手を振るひなみに対し、警戒の色は緩めず、そっけなくお辞儀して挨拶する彩葉。そんな彩葉の視線を受けるひなみは、どこか楽しそうにも見える。


「彩葉ちゃん、突然で悪いんだけど心春ちゃん借りていくから。そっちの方がいいんじゃない? トラくんと2人っきりになれるし。んじゃ、行くよ心春ちゃん」


 俺はひなみに手を握られる。


「トリャ、いりょは、わたちはひなみと帰りましゅから、そっちも気を付けて帰るんでしゅよ」


 手をパタパタ振りながら俺は小さくなっていく2人に声を掛ける。



 * * *



「いっちゃいましたね」


「うん」


 残されたトラと彩葉は、手を振りながら人混みに消えていく心春たちを見送る。


「こはりゅ……なんか」


「彩葉さん、大丈夫?」


 ポツリと呟く彩葉に声を掛けるトラだが、心春を追いかける目をすぐにトラに向けると、キッと睨む。


「そーそー、前々から気になってたんですよ。なんで私に、さん付けするんです」


「え、だって年上だから……」


「トラ先輩が年上だからって偉そうにしない人だってのは分かります! でもこれは私の希望として言わせてもらいます。い・ろ・は、と呼んでください! さん付けとか慣れないんですよ」


「え、ええ~っ。じゃ、じゃあその、い、彩葉はボクのことを先輩付けしなくてもいいんじゃ」


「私はいいんです」


 フンッと胸を張る彩葉に圧され、観念したのか項垂れるトラ。


「じゃあ、どこへいきましょうか」


「えっとじゃあ、わたわめ食べてみたい」


「いいですねっ、いきましょ」



 * * *



 投入したザラメが熱に溶かされ、回転し糸になり、それをおじさんが割り箸で器用に絡めて、わたわめになっていく様子に2人で感激する。

 わたわめを買ったは良いが、どう食べれば良いのか悩み、顔をベタベタにするトラを彩葉が笑う。


 手にはヨーヨーや、くじ引きで当てたよく分からないオモチャ、失敗した型抜きの景品なんかが増えていく。

 どれも大切に、愛おしそうに扱う2人は川沿いまでやってくる。


 花火の時間が近付き、周囲には多くの人が集まり場所を取っている。


「出遅れちゃいましたね」


「うん、前の方は人がいっぱいで行けそうにないね。ここから花火見れるのかな?」


「どうでしょ? ちょっとは見れると思いますけどね」


 人混みに阻まれ、後ろの方で陣取らざる得ない2人は、勝手が分からず、周囲にも人がいるから大丈夫だろうと結論付け、期待を胸に空を見上げる。


 前が見えず、様子は分からないが、ざわざわし始め、更に増える人の数にもうすぐ始まる予感を感じ、見上げ続けたことによる首の痛みを我慢する。


 今か今かと、周囲のそわそわした期待感にあてられ、落ち着かない2人の耳に突然響く、花火が空気を掻き分け空へ昇る音。

 そして艶やかな光の花が夜空に咲き、遅れて破裂音がこだまし、空気が震える。


 トラはその光と音を体で感じ、なんとも形容しがたい、心の奥から涌き出る気持ちを感じる。

 それはとても嬉しくて、明るくて、大切なもの。

 この喜びを、どう表現していいか分からないが、伝えたくて隣にいる彩葉を見る。


 彩葉は、その小さな体で光と音を全身に浴びていた。

 目を大きく開け、瞳に花火を映すその目から頬に涙が伝う。


 彩葉はトラの視線を感じ、慌てて目を擦ると、少し赤い目で笑う。


「ちょっとね、そのね……お祭りおばあちゃんと行っても花火見たことなかったから。


 いつも家で聞くこの音は、こんなにも綺麗だったんだって。こんなにも近くに、こんなに綺麗なものがあったんだーって思ったら……なんか、ねっ」


 目を潤ませる彩葉を見て、トラは何か言わないといけない。

 そう気が焦るばかりで、言葉が突っ掛かることに、こんなにも自分は言葉が出てこなかったのか? 今まで皆に掛けてきた言葉はどこから出てきて、なぜ今出ないのか?


 そんな自分に驚き、少し苛立ちを覚えてしまう。


 ────────────────────────────────────────


 次回


『花火の下にいる人々の思いは色々なわけで』


 金魚すくいやりたいけど、育てることを考えると出来ない。毎回、葛藤します。

 やるならモナカの皮よりポイの方が得意です。そんなに大差ないですけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る