第81話 後輩は決意するわけで

 お茶の香るお店で、土間に座り、机にぼんやりと頬杖を突き、彩葉はトラのことを考える。


 あの日、トラから家族になればいいと言われた。家族という言葉にどう反応していいか分からず逃げてしまった。


「はあぁ、考えても分かんないっ」


 呟き天井を仰いだとき手にフサッと毛が触れる。


「ドランカー、昼寝してたんじゃないの? なんなの遊びたいのか、このっ」


 お腹を見せ転がる、猫のドランカーのお腹を撫でる。グルグル喉を鳴らし目を細める。


「お前、先輩のことどう思う? いつも撫でられて気持ち良さそうにしてるし、膝の上にまで乗っちゃってさ。気に入ってんでしょっ」


 相変わらずグルグル鳴きながら、頭を擦り付けてくる。

 そんなドランカーに向かって「悩みなんか無さそうでいいなぁ」なんて言ってみたけど、意外に悩んでいるのかもしれない。

 頭を撫でたら、いきなりスクッと立ち上がり、真顔でどこかへ行ってしまう。どうやら頭を撫でて欲しいわけではなかったようだ。


「相変わらず、勝手なヤツぅ」


「猫じゃからのぅ」


 ドランカーと入れ替わりにやって来たのは、久枝ひさえおばあちゃんだ。このお茶屋さんの店主である。


 お茶屋さん兼おばあちゃんの家で私はよくここにくる。お茶の香りが充満するこの空間が好きだし、時間がゆっくり進む感じがして落ち着くから。それに家に帰っても誰もいないし。


「ほう、夏祭りか。もうそんな時期か。早いのう」


 おばあちゃんは、商店街の人が持ってきて、置いていったポスターを広げ壁に貼りながら独り言をいっている。

 夏休みも中盤に向かいお盆も近い、そんな夏のイベントお祭り。これにトラ先輩を誘う、これが私のデートプランである。


 聞けば來実先輩から始まり、珠理亜先輩、楓凛さんはすでにデートに行ったらしい。後手に回ってしまったが、夏祭りに行くことを目論んでいたから仕方ない。

 他の3人はどこへ行き、どんなことをしたのだろうか? 気になる。

 今さら誘っても、時すでに遅し、とかだったりしたらどうしようか。そんな不安を感じてしまうが、心の中で首を振り、否定する。 


「ねえ、おばあちゃん。私の浴衣ってまだあったっけ?」

 

「浴衣か?……着とったの大分前じゃから、ちと、小さいんじゃなかろうか? 母さんのお下がりならあるかもの」


「お母さんのかぁ、う~ん聞いてみるかぁ。起きてるといいけど。ほっ」


 土間から勢いをつけて地面に降りると、店から家に繋がる廊下の影に潜むドランカーに手を振って出ていく。


 家に向かって歩く自分の心が、少し跳ねるような、そんな高揚感を感じていることに気付く。

 トラを祭りに誘い、一緒に回る。花火なんかも見れたらいいかも。そう考えるだけで、心踊る感じ。


 これが恋なのだろうか? 


 実際のところよく分からなかったりする。家族になるためには恋をして、結婚して……。

 でも現実、恋だの、愛だのしなくても子供はできて、血縁は出来て、書類上家族になってしまう。


 父親と母親は他人戻れるけど、子供はそうはいかない。どこまでいっても、どんなに時間が経っても、母は母であり、父は父でしかない。


 簡単に家族になんてなるものではない。好きだーだの、愛してるーだの、ましてや家族になろうとか軽々しく言う人間は信用ならない。それが私の行動理念。


 だったんだけど……どうにもトラ先輩に家族になろうと言われて以来、行動理念とやらはブレにブレまくっている。


 嘘、偽りのない、自然に言われた「家族になろうよ」その言葉は心に響いてしまった。

 信じてもいいかな? そう思わせてくれた。


(はぁ~、でも実際はさぁ。先輩たちがいて、お姉さんがいて、4人でトラ先輩を取り合う。ちょっと騙されたんじゃないかって思ちゃうよね、ホント)


 家に着くまでもう少し考える時間があったなら、結論が出たかもしれない、そんな言い訳をしながらアパートのドアに鍵をさして回す。


「あっ、また鍵かけてない! ったくぅもう」


 玄関を開けて中に入ると、お母さんが適当に敷いた布団の上に、適当に寝ている。


「あ~、お帰りぃ~」


 私の音に気付いて起きたのか、初めから起きてたのかは、分からないけど、だるそうな声で迎えてくれる。


「お母さん、鍵開いてたから、危ないって言ってるじゃん」


「ん~、開いてた? ごめんごめん、まあ取るものも無いしさぁ」


「そういう問題じゃないの、知らない人が入ってくること事態が問題なの! まったくぅ、眠たくなるとだらしなくなるんだから。お風呂は? どーせ入らずに寝たんでしょっ」


 私が怒るとお母さんは両手を合わせて謝ってくる。私のお母さん茶畑 虹花ちゃばたけ ななか。日頃はシャキッとしているが、眠たくなると後先考えず寝ることを優先する。


 まあ、お昼は事務仕事して、深夜は24時間スーパーの品だしやってるし、一日中働いているから年中眠いのは仕方ない。


「まだ寝る? 仕事は何時から?」


「もう少し寝るぅ。仕事、昼からだから12時には起こしてよ」


「ああ、はいはい。お昼食べる?」


「うぅん、食べるぅぅ……」


 お母さんは布団の上で、行き倒れた人みたいにして寝てしまう。私は溜め息をつきながら毛布をかける。


「あ、浴衣のこと聞くの忘れた。ま、後で聞けばいっか」


 一番大事なことを思い出すが、グーグー寝ているお母さんを起こさないように、お風呂を沸かしに行き、お昼の準備に取りかかる。


 冷蔵庫の中を物色し、あり合わせのものでお昼を作る。包丁で薬味を切り刻みながらふと思う。


 トラ先輩は今の私を見てどう思うんだろうか? 


 我が家は裕福でないし、お父さんはいない。

 生まれてから見たこともない、もし普通にいて一緒に過ごしていたらどんな生活していたのだろうか? 想像もつかない。

 正直、家族がなんなのかと聞かれても答えられない。そんな私に家族になろうといったあの人は、私の家庭事情を聞いても同じことを言うのだろうか?


 色々考えているうちに冷凍うどんを使った、冷やしうどんを完成させ、作ったおにぎりと一緒に運ぶと、うどんを啜りながら、続きを考える。


「彩葉がぼーとするなんて、めずらしぃ。どうかしたぁ?」


 大きなあくびをしながらお母さんがやってくる。時計を見ると11時40分ぐらい、どうやら早めに目が覚めたらしい


「あ、うん、ちょっとね。ご飯食べる? お風呂沸かしたけど先に入る?」


「ふわぁ~、うーん、お腹すいたから食べる」


 眠そうな顔のまま椅子に座ると、半目のまま、私の持ってきたうどんを啜り始める。


「あのさー、お母さん」


「んー?」


 眠そうな目で私を見てくる、お母さんに何となく聞いてみる。


「他人と家族になるって、どういうことだと思う?」


「それはまた難しい問題を。しかも盛大に失敗した人に聞いちゃダメでしょ」


 お母さんは、一気に目が覚めたように目を丸くして驚き、苦笑するがすぐに真面目な顔になる。


「お母さんは、おばあちゃんと彩葉、血の繋がった人としか、家族を築けなかった。他人とは、関係を作ることすら出来なかった。そんなお母さんだから、答えは持ち合わせてない。

 けど、彩葉のことは応援する。おばあちゃんから聞いたよ、気になっている人がいるんでしょ」


「うん」


「お母さんは彩葉迷惑かけてる身だから、あんまり偉そうなこと言えないけど、関係を急ぎ過ぎず、自分の今の気持ちを伝えればいいんじゃないかな? もちろん明るくねっ」


 自分の今の気持ち……分かるような、分からないこの気持ちを、どう伝えたものか?

 気にはなっている。これが好きなのかと言われると、断言できないのが悩ましい。

 正直「好きだー」と熱くなれる人が羨ましい。どこか冷静でいる自分がちょっと嫌だ。


「いーろーはー、眉間にシワよってるよー。

 よく分からなかったら、それも含めて全部話してみたら? その子がどんな子は知らないけど、彩葉の全部を話して、そこから2人の関係を考えてもいいと思うけど。

 なにが成功で、なにが失敗かだなんて誰も分からないわけだし」


「ま、考えても結論でないかぁ。ぶつかってみるしかないか。うん、ありがと、今度夏祭りに行こうと思うんだけど、浴衣持ってない?」


「夏祭りかぁ、いいね~。あー、昔のが、なん着かあったかなあ。どれ、時間まだあるし、探してみますか」


 お母さんは、お昼を食べ終わって立ち上がる。


「ありがと、それとさ、別に迷惑とか思ってないし。じゃあ私も片付けたらすぐ行くから」


 お母さんの顔を見ずに早口で言うと、急いで食器を片付ける。見てないから、お母さんがどんな顔をしていたのかは知らないけど、浴衣を探しているお母さんは楽しそうだった。



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 次回


『お祭りは朝から楽しいわけで』


 猫の気まぐれさに振り回される、そんな瞬間に癒しを感じるものです。もちろん犬も好きです。最近、フクロウとアルマジロに興味深々な私です。現実問題飼育は難しいでしょうけど笑


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